第4話 頑固な侍女は無能な主人の幸せを願う

 お姉様がご成婚されたことで、ロックハート家とレドモンド家の関係は近しいものとなった。とはいえ、ロックハート侯爵様とペンロド公爵夫人の仲はあまりよろしくない。

 あこ継母が、どういうわけかペンロド公爵夫人に目をかけて頂いてることもあり、ロックハート家との関係を上手く築けずにいるのよね。

 

「本当に、お断りしてよろしいのですか?」

「お茶会は、お継母様が許してくださらないわ」

「ですが、これほどご執心ということは、お嬢様とご令息の縁談をお考えなのではありませんか? 確か、三男様が十六歳になられたはずです」

「まさか! いくらなんでも、それは考え過ぎよ」

「そうでしょうか? それに、ミルドレッド様のお立場を考えれば、もう少し交流を持たれた方がよろしいかと」

「……それはそうなんだけど」


 珍しく一歩も引かないダリアは、厳しい眼差しを私に向けた。


「いい加減、ご自身の幸せをお考え下さい」


 それは、結婚しろってことかしら。

 返答に困って押し黙ると、ダリアは小さくため息をついた。

 

「お嬢様、ご縁談の話がいつまでも来ると思ってはいけませんよ」

「……その言葉、そっくりダリアにお返しするわ」

「私は、一生ヴェルヘルミーナ様をお守りすると誓いましたので」

「結婚しても、私に仕えることは出来るでしょ?」

「お嬢様の助けとなれる縁談であれば、応じましょう」

「そうじゃなくて!」


 思わず声を荒げ、すぐに深く息を吐いた。

 ダリアは本当に頑固だわ。


「結婚だけが幸せとも限らないのですよ。私は、こうしてヴェルヘルミーナ様にお仕え出来ることが一番の幸せなのです」

「……だったら、私も、セドリックがこの家に戻るまで、ここを守ることが幸せよ」

「家を守るための後ろ盾を手に入れ、かつ、良き伴侶を得られれば、最善ではありませんか?」


 いくつものお茶会の誘いが綴られているだろう、手紙の束を扇子のように広げたダリアは、にこりと笑った。


「……そうね。後ろ盾とするなら、伯爵家かそれ以上の爵位をお持ちの家でなければならないわね」

「子爵家では心もとないですし、男爵家はもってのほか。どこも、お嬢様をお嫁に欲しいと云いますが、ここの領地を狙ってのことでしょう。となれば」


 私へとお茶会の誘いが綴られている手紙の中から、子爵家、男爵家のものをダリアは引っ張り出して脇に置いていく。

 最後、その手に残ったのは、たった一通だ。


「やはり、ロックハート家が最良でしょう」

「無理よ。お継母様が許さないわ」


 そう告げれば、ダリアは小さく舌打ちをした。時々、ものすごくガラが悪くなるのよね。私以外には見せない姿だけど、この淑女レディらしからぬ態度、いつか誰かが見るのではと心配でならない。

 

「ご縁談は難しいとしても、ロックハート家とは懇意にすべきだと思います」

「でも、ロックハート家はフォスター公爵家の家門よ。あまり深入りしたら、ペンロド公爵夫人の怒りを買う可能性もあるわ」


 ロックハート家から届いた一通の手紙を見て、私は小さくため息をつく。

 貴族社会というのは、どうしてこうもややこしいのだろうか。

 

 アデルハイム王国には、王族を祖にもつ公爵家が十二ある。その中でも最も力を持っているのはフォスター家だ。

 古くから王国を支えて来た由緒あるフォスター公爵家は、現国王だけでなく、他の有力貴族からの信頼も厚い。そのフォスター家に近年対抗しているのがペンロド家で、我がレドモンド家はその家門になる。確か、お父様のお祖父様の奥様がペンロド家縁のお嬢様だったとか。

 

 古くても血の繋がりとか、やけに大切にするのよね。特に、魔術師を輩出している家門は。


 レドモンド家も、古くから有能な魔術師を輩出してきた。私としては、この古いしがらみを断ち切って、大好きなお姉様の為に新しい繋がりを大切にしたい気持ちが、当然、強いのだけど。


「夫人の怒りを買ったら、やっと安定した商会との繋がりも危うくなると思うのよ」

 

 書状の束から、今まさに頭痛の種となっているものを、私は引っ張り出してダリアに渡した。

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