第3話 弟から届く手紙を読むことが、無能な私の幸せです。
アデルハイム現国王は御年五十六歳。まだご健在で国務の中心にいらっしゃる。
お姉様が第三王子殿下とご成婚された折、一度だけお話をすることが出来た。とても優しく微笑まれる方だったのを覚えているし、お父様に爪の垢を煎じて飲ませたいって、幼かった私は思ったものよ。
だって、お父様はいつだって継母の味方で、私には冷たい眼差ししか向けてくれなかったんですもの。
頭を撫でてなんて我が儘を言わないから、せめて、昔のように私をヴェルって呼んで欲しかった。
でも、そのお父様も、お姉様のご成婚から三年後に、急な病で──もう一度だけで良いからと願った幼い私の小さな夢が叶うことは、未来永劫失くなってしまった。
月日が過ぎるのは早いもので、あれから三年も過ぎたのね。
亡きお父様の執務室で、届いた手紙を仕分けながら物思いに耽っていると、一通の手紙が目についた。帝国のファレル伯爵領にいらっしゃるお祖母様のもとで、勉学に励む弟のセドリックからのものだ。
手紙の束を執務机の上に置き、それを開くと無意識に口元が緩んだ。
父の葬儀の後、お祖母様と一緒に帝国へ行ったきり会えていないけど、弟からは毎月のように手紙が届く。それを読む時間は、何よりも幸せなひと時だ。
今月の手紙には、秋から帝国の魔術アカデミーに通うとか、お祖母様の植物園で薬草を育てる手伝いをしているとか、楽しそうな様子がびっしり綴られていた。
最後に、
これは、俗にいう恋の相談というものかしら。
泣いて私と離れるのを嫌がったセドリックだけど、お祖母様に預けて正解だったわ。
少しだけ寂しさと共に弟の成長を感じ、私は胸の奥を熱くした。
ライサには、あなたの選んだリボンと一緒にお菓子を贈ったらどうかしら。そう手紙を書こう。豪華なものでなくても良い。宝石とドレスを贈るにはまだ早いでしょうからね。
手紙をそっとしまうと、見計らったように執務室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「ヴェルヘルミーナ様、お茶をお持ちしました」
姿を見せたのは、私の幼馴染でもある侍女のダリアだ。デール子爵の三女で、私の三つ年上になる。
そろそろ結婚をしたらと言っても「ヴェルヘルミーナ様が良き伴侶を得るまで、お側に仕えます」の一点張りなのよね。
栗色の髪は、髪一筋のほつれも許さないとばかりに、きっちりと濃紺のリボンでお団子に結い上げられている。服装も飾り気のない紺のドレスで動きやすさ重視。何から何まで頑固なダリアらしい格好をしているけど、切れ長の緑色の瞳は、夏の山々を思わせるような深い色をしていて、とても美しいの。
せっかくの美人なのに、行かず後家になるなんてもったいないわ。
じっと視線を送っても一切動じないダリアは、運んできた質素なティーセットを机の端に置いた。その横には、可愛らしい焼き菓子の載る小皿が置かれる。
「お菓子をつける必要はないって言ったでしょ?」
「朝食を、あまりお召し上がりになっていなかったことを、料理長が心配していました」
「気を遣わせてしまったのね」
今朝は、いつも昼近くまで起きない継母が、珍しく朝食を食べると言って食堂に現れた。そのため、私は食事を始めたばかりで退席した。
無能の顔を見ていると食事がマズくなる。そう言われるに決まっているから、食卓が騒然となる前、私がいなくなるのが最善策だったりする。
「朝のお食事を
「ダリア、私を早朝からここに軟禁するつもり? まぁ、そのことはまた後で話しましょう。それより、このお茶会への誘いへの代筆をお願いしたいの。私の分はお断りで」
「分かりました。ケリーアデル様へのお誘いは、いかがいたしましょうか」
「お継母様の分は、日にちが早いものから出席のお返事を。日が重なるものは、お伺いを立てます」
「かしこまりました。早急に取り掛かります」
手紙の束をざっと見て、送り主を確認した彼女は小首を傾げた。
「お嬢様、また、ロックハート侯爵家からお誘いが来ています」
「お断りして」
即答すると、ダリアは切れ長の瞳を少し見開いた。
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