第15話 ロックハート侯爵様は着せ替え人形がお好き?

「ヴェルヘルミーナ、これはどうかしら?」

「あ、あの、ロックハート侯爵様……」

「奥様、こちらはいかがでしょうか」

「そうね……もう少し可愛らしいデザインが良いわね」

「こちらの紺のドレスはどうでしょう!」

「それでは、今日のドレスと変わり映えがしないわね。似合うけど……」

「こちらの深緑はいかがですか?」


 上品な銀糸で刺繍があしらわれた緑のドレスを私の体に当てたロックハート侯爵様は、広い衣裳部屋で侍女たちに思い思いの衣装を運ばせている。その中心にいるのは、私だ。

 出会ってすぐにお茶を頂くのかと思えば、突然、着替えようと言われてここまで連れてこられたのだが、かれこれ一時間近く、あれでもないこれでもないと着せ替えが繰り広げられている。

 着せ替え人形よろしく立ち尽くす私は、ダリアに助けを求めようとその姿を探した。


「ロックハート侯爵様、僭越ながら、私も選んでみました」


 ダリアは、表情一つ変えず、ドレスを手に持っていた。

 私が着たこともないような、薄紅色のドレスには可愛らしいバラの刺繍が施されている。とても美しいものだ。──ではなく、なぜ私の傍にいないで、ちゃっかり着せ替えごっこの仲間入りをしているの!?


「さすが、ヴェルヘルミーナ付きの侍女ですこと!」

「お褒めいただき光栄です」

「さぁ、着替えましょう、ヴェルヘルミーナ!」


 ご機嫌なロックハート侯爵様の号令と共に、侍女たちが私を取り囲んだ。

 ちょっと、ダリア。これはどういう事かしら。遠巻きに見てないで、助けて頂戴。ねぇ、ダリア!

 声に出せない叫びを視線に込めたが、その視界を遮るように見知らぬ侍女が「失礼します」と言って前に立つ。

 抗う間もなく、私は紺のドレスを脱がされて、花のように美しいドレスに着替えさせられた。


 着替えを終え、化粧を直された私は鏡の前に立って言葉を失った。


「まぁ、とても綺麗よ、ヴェルヘルミーナ!」


 後ろに立ったロックハート侯爵様は、手に持っていた宝石を私の首に飾った。深い紅のバラのようなルビーだ。


「侯爵様、こ、これは!」

「ヴェルヘルミーナ、わたくし名はのローザマリアよ。そんな他人行儀はやめて欲しいわ」

「……ローザマリア様、あ、あの、これは一体……」

「親子になるんですもの、これくらいの贈り物は当然でしょ?」


 にこにこ笑うローザマリア様は、この衣裳部屋のドレスは私のためにあつらえたものだと言うと、侍女に次々に宝石を運ばせ始めた。どうやら、それら全てが私への贈り物のようだ。

 これは一体どういうことか。

 ドレスなんて、私の寸法を知っていたとしか思えないほどぴったりだけど──ハッとしてダリアを見ると、誇らしそうにして控えていた。おそらく、やり取りをしていた時にサイズを事細かに報告していたのだろう。


「あぁ、本当に可愛いわ。うちの子は男の子ばかりだったから、女の子が欲しかったのよ」


 薔薇の花を模した髪飾りを、自らの手で私に飾るローザマリア様は本当に幸せそうに微笑んだ。

 

「ヴィンセントは小さい時から体が大きくて威圧感があって……あぁ、顔はクレアに似て綺麗ですよ」

「……クレア、様?」

「ヴィンセントの実母ですよ」

 

 突然の言葉に、私は唖然となった。

 今、クレア夫人は何て言ったのかしら。ヴィンセント様の実母と言われた?

 言葉を失っていると、まるで聖母のように微笑んだローザマリア様は私の手を引くと、場所を変えましょうと言って歩き出した。


 どういうことかしら。

 ローザマリア様は、前ロックハート侯爵様の御長女で、フォスター公爵家から入婿を迎えた。弟に当たられる方々も、フォスター家や国外の有力貴族とご成婚されている。そして、旦那様に当たられる方は第三魔術師団の長を経て、今は王城に住まわれて公務に携わっていると聞いていたが──


「もう三十年以上昔のことになりますね。私と夫の間に、五年、子どもが出来なかったのです」


 もしかしたら、その時に外で女性と浮気をされたのかもしれない。不躾にも、卑しい想像をしてしまった私は、思わずローザマリア様の手を握りしめてしまった。

 私はどれだけ不安そうな顔をしていたのだろうか。

 驚いた顔をしたローゼマリア様は足を止めると、私の頭をそっと胸元に寄せた。


「優しいのですね、ヴェルヘルミーナ」

「もっ、申し訳ございません!」

「何を謝るのですか?」

「……不躾にも、旦那様を悪く思ってしまいました」

「まぁ! ヴェルヘルミーナも、女の子ですね。心配しないで。私に跡継ぎが出来ないのであれば、外に作りなさいと夫に言ったのは、私ですよ」


 にこにこ笑うローゼマリア様は、再び私の手を引いて歩き出した。そして訪れた部屋は、執務室のようだった。

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