第14話 よぎる初恋の思い出と、バラの城
「そのお姿で、何を言われるんですか。自信をお持ちください」
「姿って……」
ダリアは、本当におかしなことを言う。
私の身長は152センチ。あと5センチ伸びてくれたらと、何度、夜空の星に願っただろうか。だけど、十五歳の頃からは1ミリすら伸びていない。
踵の高い靴を履けば、なんとかそれなりに見える程度の伸長だけど、元から背の高いダリアの様な女性に、とても憧れるものよ。
ほうっとため息をついてダリアを見ていると、そっと手が握りしめられた。
「自信をお持ちください」
「……ダリアくらい背が高くてすらりとしていたら、ドレスも似合って素敵だったでしょうね」
「ヴェルヘルミーナ様は、世界で一番、可愛らしいです。私は足元にも及びません」
「……美しいって言われてみたいわ」
爽やかに微笑むダリアを見て、毎朝鏡に見る自分の顔を思い浮かべた。
大きな緑の瞳が、もう少し切れ長だったら良かったのかもしれない。ふわふわの赤毛だって、さらさらのハニーブロンドだったら上品だったと思うの。
お母様似の髪や瞳に文句がある訳じゃないけど、どうも子どもっぽく見られるのよね。
ロックハート侯爵様とヴィンセント様には、私の姿をどう見るだろうか。
馬車の窓から覗いた街中で、仲睦まじく微笑む男女の姿が目に付いた。
「ヴェルヘルミーナ様?」
「幸せな夫婦とは、どういったものなのかしら……」
「あまり難しく考えずともよろしいかと」
「嫁ぐのであれば、妻の役割というものがあるわ」
「そうですが、ヴィンセント様は女性に全く興味がないと噂です。危険魔獣討伐の最前線に赴かれる死にたがり、という噂まである変わった御仁です」
「ダリア……その噂は、殿方の前では決して口にしない方が良いと思うわ」
「こういった秘密の話は、ヴェルヘルミーナ様にしか話しませんので、ご安心を」
ふっと笑ったダリアは、握っていた私の手をそっと放した。
女嫌いで、危険な魔獣討伐に向かう死にたがり屋。
本当にそんな方が、この美しいリリアードを治めているのかしら。
「ヴィンセント様は、まるで、お父様のようね」
「亡きアルバート様ですか?」
「お父様は、政務こそお母様任せだったけど、あの第五師団をまとめていたのよ」
「第五師団は、昔から荒くれ者が多いで有名でしたね」
「ふふっ、お父様もなかなかの戦歴だったわよ。でも、魔術師の皆さんはとても優しくて……」
ふと幼い時に合った若い魔術師を思い出した。
当時、お父様と訪れた第五師団の砦には、屈強な戦士と見間違いそうな魔術師もいて、幼かった私は怖くて泣き出してしまったのだ。皆が困っていると、その青年が、幻影の魔法を見せてくれたのよね。
殺風景な砦の一角に花が咲き、蝶や小鳥の幻が私の周りに現れて、びっくりした私の涙は引っ込んでしまった。
美しい銀髪が風に揺れ、彼はにこりと笑って、幻の花を私の髪に挿してくれたのを覚えている。
幼い娘も令嬢として扱うスマートな振る舞いだったから、どこか名のある貴族のご子息だったのかもしれないわね。
今もまだ、あの砦にいることはないでしょうけど──思い返せば、あの時に感じた驚きが、初めての恋だったのかもしれないわね。
「ヴェルヘルミーナ様?」
「……何でもないわ。お屋敷につくのは、あとどれくらいかしら?」
「もう間もなく到着します」
ダリアの言葉にうなずき、一度深く息を吸いこむ。
おぼろげな幼い記憶などに縋っている場合ではない。私の目的は、セドリックの為にレドモンド家を守ること。
継母を追い出せるなら、政略結婚も辞さないわ。
しばらくして馬車が停まった。
決意を新たにし、外に足を踏み出した私は、そのお屋敷を見上げて息を飲んだ。
バラの蔦に彩られた姿は、まるで絵本に出てくるような美しいお城だわ。馬車道を挟んで広がる庭園も、隅々まで手入れが行き届いているし、妖精がひょっこり顔を出しそう。
「やっと、会えましたね。ヴェルヘルミーナ嬢」
美しさに飲まれるようにしていた私に、穏やかな笑みを浮かべたご婦人が声をかけてきた。
優しい声は、まるで亡き母を思い出させるように、胸に響いた。
「お初にお目にかかります。ロックハート侯爵様」
ドレスの裾をそっと上げ、足を引いて
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