第22話 「どうか、お力をお貸しください」

 声が聞こえた気がする。

 何か、大切なことを話していたような気がするわ。誰かに目を覚ましてと声をかけられて……。

 

「あなたの──を思い出して」

 

 嗚呼ああ、肝心な部分が何だったのかを思い出せないのよ。

 霧がかかっているようで、風が轟々ごうごうと吹くように言葉を消してしまうの。

 私は何を忘れているというの。何を思い出さなくてはならないのかしら。それは、ヴィンセント様のことなのか。それとも、もっと別の何か──


 目が覚めた私は豪勢なベッドの上に横たわっていて、しばらく、ぼんやりと夢と現を漂っていた。

 ベッドはとてもふかふかで、頭がたくさんのクッションに埋もれている。シーツも真っ白でさらさら。仄かに香るのはラベンダーの精油を薄めたものかしら。とても心地が良いわ。


 こんなに気持ちのいい寝具で眠るのは何時ぶりかしら。お母様がお元気だったころ以来──再び目を閉ざしそうになった私は、ハッとして体を起こした。


「お目覚めですか、ヴェルヘルミーナ様」

「……ダリア。ここは、リリアードのお屋敷……?」

「はい。気を失われましたので、お借りしたお部屋にお連れしました。ご気分はいかがでしょうか」


 水を注いだグラスを差し出したダリアは、少し心配そうに尋ねてくる。


「大丈夫よ。それよりも、気を失うなんて……ヴィンセント様に失礼なことをしてしまったわ」

「馬車の旅での疲れが出たのでしょう。では、お嬢様がお目覚めになったことを、伝えて参ります」

「私も一緒に行くわ。非礼をお詫びしなくては──」

「いいえ、お嬢様はお休みください!」

「で、でも……」


 ぴしゃりと言うダリアは、私の背とベッドの背もたれの間にクッションを挟むように立て、ベッドからは下りないようにと釘を刺した。


「ほら、もう元気だから──」

「駄目です!」

「そんな……」


 空になったグラスをダリアに渡しながら、どうしても駄目かと目で訴えるも、彼女は頑なに「お休みください」と言った。

 そんな押し問答をしていると、部屋のドアが静かにノックされた。

 さっさとドアに歩み寄ったダリアは、そっと開けると「ヴィンセント様」と僅かに驚いた声を上げた。


「そろそろ目を覚ます頃かと……あぁ、やはり起きていたか。入って良いかな?」


 顔を出したヴィンセント様は、少し申し訳なさそうに微笑んで吐息をついた。


「申し訳ありません、このような姿で」

「いや、そのままでいい。今、少し話を──」

「ヴェルヘルミーナ! 気分はいかが?」


 入り口で穏やかに話していたヴィンセント様の言葉を遮り、割って入ってきたのはローゼマリア様だった。今にも泣き出しそうな顔で、私の横になるベッドまで小走りで近づいてきた。


「ローゼマリア様──!?」

「長旅で疲れていたのに、休ませもせず振り回してしまって、ごめんなさい。熱はない? どこか痛いところがあったら、遠慮なく言うのですよ」


 ローゼマリア様は、少しシワの刻まれた指で、私の頬に触れ、額を撫でるとほっと安堵の息を吐いた。熱がないことを確認したかったのだろう。その柔らかな指が心地よくて、私は微笑みながら頷いた。


義母はは上……ヴェルヘルミーナと話をしたいのですが」

「何を言っているのですか。今は、ゆっくり休ませなければならないでしょう。そもそも、貴方に頼むと私は言いましたよ。大切な嫁の体調に気づけないなんて、情けない!」

「それは……」


 矢継ぎ早に出てくるローゼマリア様の小言に、ヴィンセント様は困ったように口籠った。

 大きな体をされていても、母親の言葉には逆らえない姿は、ちょっと滑稽というか、可愛らしく見えてくる。何と言うか、大人しい大型犬が尻尾をたれているような感じだわ。


 そう考えると、ヴィンセント様が少しだけ不憫にも思えてきた。

 確かに、彼と幼い頃に会っていた、それも幼いながらに好意を寄せていた相手だと知ったのは、何かと、ショッキングだったけど。


「ローゼマリア様、私はもう大丈夫です。少し疲れが出ただけでしょうから……それよりも、ご相談があります」

「ヴェルヘルミーナ……レドモンド家のことですか?」


 ベッド横の椅子に腰を下ろしたローゼマリア様は、私の手をそっと握りしめた。その顔は、私を案じているからか、まだ少し不安そうな表情を浮かべている。

 ヴィンセント様には交換条件があると伝えてはいるが、きちんとお話をして、継母を追い出す手立てを一緒に考えてもらわなければ。


「どうか、お力をお貸しください」


 ローゼマリア様の手に、片手を重ねた私は、継母がこれまで行ってきたことを全てお話した。

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