第11話 無能な私に突きつけられたのは滑稽な役目だった

 亡霊のように現れる冷たいお父様の顔を振り切るように、私は愛しい弟セドリックの笑顔を思い出した。

 無能と罵られても、弟の為に私は闘わなければ。継母に負ける訳にはいかないのよ。

 震える手を握りしめ、カラカラに乾いた喉に唾液を流し込んだ。

 

「長いこと、お前を隠してきたかいがあるってものね。お前は望まれながら嫁いだ先で、無能な子を産むのよ」

「仰る意味が、分かりません……」

「本当に無能だこと」


 閉ざされた扇子の先が、とんっと私のお腹を叩いた。丁度、子宮の辺りを、とんとんっと何度も軽く叩く。

 それが意味していることを考え、思わず頬を染めてしまった私は、継母から顔を逸らした。


「お前の価値なんて、子を成すことくらいじゃないか。それも、無能な子をね」

 

 この人は何を言ってるのかしら。

 子を成す以前に、私なんかが嫁いでも喜ぶはずがないじゃない。


「無能なお前の血が混ざれば、ロックハート家の次代は能力が下がるでしょ」


 私の子となれば、光を灯すことも出来ない、憐れな子が生まれるかもしれない。

 だけど、ロックハート家も由緒正しい魔術師の家系よ。その血を濃く受け継ぐかもしれない──って、待って。そもそも、なんで結婚を通り越して子を成す話になっているの。確かに、結婚となれば、そういうことだろうけど。

 それにヴィンセント様は、魔術師団の長を勤める方よ。私が魔法を使えないなんて、すぐ気が付くに決まってる。知られたら最後、すぐに離縁されるわ。

 

 恋愛小説すら読む暇がない日々を送って来た私にとって、結婚と出産の二文字は未知のものだ。

 混乱しながら継母の話を聞いていると、再び、お腹のあたりを扇子で叩かれた。今度は少し強く。

 鈍い振動が、身体の奥に響く。


「無能な子を産むのよ。それがお前の役目」

「……役目? どういうこと、ですか?」

「次男の婚約者は病に臥せっている。三男はまだ婚約を結んでいない……これで、無能な次代が生まれたら、ちょっとした騒動になるでしょ?」


 私に、騒動の種となれということか。その騒動を利用して、継母、あるいはペンロド公爵夫人が何かを仕掛けようとしているのだろうか。

 継母の話がうっすらと見えてきて、私は背筋が冷えた。


 赤い唇がつり上がる。悪女と呼ぶに相応しい醜悪な顔だ。その手袋に隠れた指先も、きっと赤い唇と同じように染まっているのだろう。

 扇子の端が、私の顎をくっと持ち上げた。

 

「ペンロド公爵夫人のためよ。無能なお前も、顔と体は良いのだから、女の武器を使って骨抜きにしてきなさい」

「……わっ、私なんか、きっとすぐに離縁されます!」

「ふんっ。離縁されたら、お前は修道院行きよ。二度と、この家に踏み入ることが出来ないようにしてあげる」


 修道院──そんなことになったら、何も出来なくなってしまう。

 嫁いだ方が、まだ、外からレドモンド家を援助することだって出来る。家同士の交流を理由に返ってくることも可能だわ。でも、修道院に送られたら、待っているのは祈りの日々。新たに嫁の貰い手が見つからなければ、外との交流はなくなってしまう。

 

「無能なお前に、嫁ぎ先が出来たのだから喜びなさい」


 継母は高笑いしながら私の横をすり抜けた。

 不快な声が遠ざかると、その場で棒立ちになっていた私は膝から崩れ落ちた。


「ヴェルヘルミーナ様、お気を確かに」

 

 控えていたダリアの声と、背中に添えられた手の温かさを感じて、辛うじて意識を保った。


 どうしよう。私には嫁ぐしか道はなさそうだ。

 セドリックの為に、私が出来ることを考えなくては。このままでは、継母に家をいいように扱われてしまう。

 混乱する私の耳元にダリアがそっと耳打ちをしてきた。


「えっ……でも、それは……」

「他に手はありません。早急に、ロックハート侯爵様とお会いしましょう」


 ダリアの真摯な眼差しに促され、私は頷いていた。

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