第19話 甘い花の香りに包まれて始まったお茶会

 お伽話に出てくるような秘密の庭園が似合いそうな、美しい銀髪の男性──ヴィンセント・ロックハートに私は見とれていた。

 ヒグマのような大男だとか、にこりとも笑わず、眼光だけで人を殺せるなんて、誰が言ったのよ。

 ご年齢は二十八歳と聞いていたけど、年齢不詳の輝きをまとった美丈夫イケメンだわ。断られても諦めきれずに縁談を持ち掛けるのは、家柄云々だけじゃなくて、彼の美しさにご令嬢たちが酔ってしまってのことなのかもしれない。


 ただ、その高身長のためか、隣に立っている時は、何だか居心地が悪くて委縮してしまうのよね。何て言うか、亡きお父様が私を冷たい眼差しで見下ろした時を彷彿とさせるというか。

 だから、こうして椅子に座ってしまえば、平気みたいだわ。


「今日は、ヴェルヘルミーナの為に、特別な茶葉を取り寄せましたのよ」

「ありがとうございます。私、お茶会の席に出たこともありませんし……紅茶は詳しくないので、精一杯、学ばせて頂きます」

「まぁ、そんな固く考えないで。まずは楽しむことが大切よ」

 

 用意された庭園で開かれたお茶会の席で、しばらくローゼマリア様が話題をふって下さる歓談が続いた。

 ヴィンセント様は寡黙な方なのか、問いかけにはきちんとお答えになるけど、私とはほとんど目も合わせて下さらない。

 私も、これは政略結婚だと割り切っているし、変に甘い言葉をかけられたら対応に困るから、むしろありがたいと言えばそうなのだけどね。

 

 を伝えるタイミングを探って微笑んでいると、ふと小さなクッキーが目についた。それには小さなすみれの砂糖漬けが飾られてる。

 小ぶりだから一口で食べられそうだわ。

 クッキーの粉を散らすのも失礼だろうしと、一思いにそれを口に頬張ると、仄かに花の香りが広がった。クッキー生地はサクサクと軽やかで、甘い砂糖漬けが紅茶にもとても合う。何てお洒落しゃれなお菓子かしら。


「ヴェルヘルミーナ。そのクッキー、気に入ってくれたかしら」

「はい。とても香りが豊かで見た目も素敵ですね。お花の砂糖漬けは、初めていただきました」

「まぁ、そうなの? こっちはバラの花びらの砂糖漬けよ。ふふふっ、作っておいた甲斐がありましたね」

「作って……ローゼマリア様がお作りになられたのですか?」

「えぇ。本邸の庭の花で、毎年作っているんですよ」


 驚く私を見て、ローゼマリア様が嬉しそうに微笑まれていると、そのすぐ傍に歩み寄ったレスターが小声で何か話しかけた。

 柔和だった瞳が、途端に凛とした侯爵のものとなる。


「──早かったですね。今すぐ向かいます」


 そう言い、ティーカップの紅茶を飲み干したローゼマリア様は私を見た。


「ヴェルヘルミーナ、ごめんなさいね。来客の対応をしなくてはならなくなりました」

「……来客、ですか」

「あなたは気にせず、お茶を楽しんでね。ヴィンセント、後はよろしく頼みますよ」


 静かに席を立ったローゼマリア様は、私が話しかける間もなく、レスターと共に中庭から立ち去ってしまった。

 この屋敷は、ヴィンセント様が主ではなかったのかしら。それとも、初めからどなたかがローゼマリア様を尋ねてくる予定だったのか。疑問に首を傾げていると、ふと頬に突き刺さるような視線を感じた。

 そちらを振り返ると、ヴィンセント様の琥珀色の瞳が私をじっと見ていた。


 今気づいたけど、彼と何をお話すればいいのかしら。

 ここで唐突に政略結婚のお話を持ち掛けるのは、いささか不利になりそうよね。商談だって、相手の良いところを知った上でご機嫌を取ったり、話を引き出してから交換条件を提示するものだから──悶々と考えながら黙っていると、ヴィンセント様は唇の端を上げて小さく笑った。

 体が大きくて威圧感があると思ったけど、微笑まれると優しそうにも見えるわ。きっと綺麗な顔をしているからね。


 思わず、その顔に見とれてしまうところだったけど、まじまじと殿方の顔を見る訳にもいかないわ。

 勇気を出さなければ。まずは、会話をして好印象を持たせて、それから、レドモンド家の事情を話して──。


「あの、ヴィンセント様……」


 勇気を出してその名を呼んだというのに、彼は大きな肩を小刻みに揺らして顔を逸らした。

 ちょっと、何なのかした。さらに、その大きな手で顔を覆ってしまって表情はさっぱり分からないわ。小さく、ふっと笑い声まで聞こえてきたんだけど。

 えっ、私、笑われている──!?

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