第31話 ついに感動の再会……?

 全て終わった。

 連れていかれるケリーアデルの姿を見てほっと胸を撫で下ろした直後、私は突然の脱力感から、その場で膝を折った。

 もう大丈夫。レドモンド家から継母を追い出せたのよ。セドリックの家を、私は守れたのね。

 

 不思議な解放感に頭が朦朧としてきた。かと思えば、身体が鉛になったように重くなった。

 あぁ、あんなに空が青いというのに、それを見ているのも億劫だわ。

 

「ヴェルヘルミーナ!」

「お嬢様!」

!」

 

 ヴィンセント様やダリアが私を呼んでいる。その中に、懐かしい声を聞いたような気がした。

 今、私をと呼んだのはセドリック?

 あぁ、ついに幻聴が聞こえるようになってしまったのかしら。帝国のお屋敷で勉学に励んでいるセドリックが、ここにいる訳がないわ。

 会いたい。セドリックに会いたい。あなたがいたから、私は今日まで頑張れたの。早く、会いたい──次第にぼやける視界の中、懐かしいさらさらの赤毛が揺れたように見えた。


 *


 目が覚めた私は、ふかふかのベッドに横たわっていた。

 まるでそれは、ヴィンセント様と出会ったあの日のようだ。まさか、あの日に戻ったなんてこと、ある訳ないわよね。そんな、巷の大衆文学じゃあるまいし。

 ぼんやりする意識の中、小さく笑った私はハッとしてシーツを跳ね除けるようにして、体を起こした。


「ここは……ダリア、ダリア!」


 結婚式の真っただ中だったはず。なのに、私の姿は寝間着だ。

 そんな、まさか。継母を追い出したのは夢だというの。あんなに鮮明な夢があって、堪るもんですか!

 ベッドを抜け出そうとすると、私の手を誰かが引っ張った。


「姉様、落ち着いてください」

「……え?」

「今、ダリアを呼んできますね」


 にこりと笑った赤毛の少年は、私の手を放すとベッド脇の椅子から降りた。

 今、この子は私を姉様と呼んだわ。年は十歳くらいかしら。くりくりとしたつぶらな瞳は濃紺で、その虹彩には金砂を散らばしたような、美しい魔力の星が見られる。お母様にそっくりな瞳は、まるで宝石ラピスラズリのようだわ。離れていく後ろ姿で揺れたさらさらの赤毛に、私は釘付けとなった。

 幼いセドリックの姿が重なる。

 

「……セドリック?」


 小さく呼ぶと、少年は振り返ってにこりと笑う。

 お母様が亡くなってから、手紙でしかやり取りが出来ず、一度も会えなかったけど、私には分かるわ。彼が愛しい弟セドリックだと。


「セドリック!」


 はしたないと言われても良い。お行儀なんて知らない。

 シーツを跳ね除け、素足のまま飛び出した私は彼に手を伸ばしていた。

 腕の中に引き寄せた彼は、私より少し背丈が低いけど、離れ離れになった時よりもうんと大きくなっていた。背中に回された手も、あんなに柔らかかった小さな手と違い、しっかりとしている。


「ミーナ姉様、急に動くのは危ないですよ」

「セドリック……セドリックなのでしょ!?」

「はい。やっと、会うことが出来ましたね」


 顔を上げると、可愛らしく微笑んだセドリックが私の髪に触れて撫でてくれた。

 それだけで、今まで頑張ってきたことが全て報われたように感じ、胸の奥に熱いものが込み上げてきた。

 再び、セドリックを強く抱きしめようとすると、「お嬢様」と淡々とした声が降ってきた。


「……ダリア」

「感動のご対面はよろしいのですが、ヴィンセント様がおいでです」

「えっ……?」


 視線をずらすと、少し困った顔をしたヴィンセント様がそこにいらっしゃった。

 慌ててセドリックから離れた私は、寝間着姿であることを思い出し、羞恥心に全身が熱くなっていった。


「目を覚まして良かった」

「あ、あの、お見苦しい姿をお見せしてしまい……」

「何を言っているんだ。結婚したのだから、これからは毎晩見せあうだろう」

「え……えっ、あ、あの!」


 ヴィンセント様らしからぬ発言にドキリとしていると、大きな手が私の腰に回された。次の瞬間、突然の浮遊感と共に、私の足は床を離れた。


「もう少し、横になった方が良い」

「あ、あの、ヴィンセント様──」

「ヴィンス……そう呼んで欲しいと言ったことを、もう忘れてしまったのかい?」


 目の前で綺麗な微笑みを浮かべるお顔を前にして、私はどうしたら良いか分からず、ダリアとセドリックに視線を向けた。だけど、それを遮るようにしてヴィンセント様は歩き出してしまった。


「愛されているようで、ようございました」

「ええ、本当に」

 

 淡々と言うダリアの横で、明らかに笑いを堪えているセドリックの声がした。

 愛されてるって、どうしたらそういう話になるのかしら。

 ベッドに降ろされた私は、ヴィンセント様の手が髪を撫でてくるのが気恥ずかしくて、もぞもぞとシーツを引き上げた。

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