第25話 落ちた二つの星と夜に咲く花

 アーリック族の長──ヴィンセント様の伯母・ルイーゼ様は、屋敷の外にある大きなサンルームへと私たちを案内された。

 見事なガラス張りのドームの中に並ぶのは、たくさんの花々が植えられた鉢だ。他にも、見たこともない植物が整然と並べられている。


「ここは、お婆の仕事部屋なんですよ」

「……お仕事部屋、ですか?」


 物珍しくきょろきょろしていると、ルイーゼ様はサンルームの中央を指差した。釣られて見ると、植物のつるで編まれた大きな椅子に、老婆ウーラが深く腰かけて息をついたところだった。


「お婆は、アーリックの導き手です」

「……導き手?」

「そう。町で言うところの、司祭になりますかね。山の言伝えを守り、森の声を伝えるのが役目です」

「森の、声……?」


 初めて聞く話に、僅かな緊張を感じていると、しわしわの手が私を側に招いた。


「魔法とは何か、知っておるか?」

「体内で生み出される魔力を、別のエネルギーに変えて行使するものです」

「うむ。その魔力は、火を灯すのがやっとの者がおれば、海をも割ることの出来る者もおる」


 そう、魔力は生まれもって神から与えられる祝福だとも言われる力だが、個人差がある。貴族はその力を維持するために、競って魔力の高い血統との婚姻を好み、庶民で稀に生まれる有能なものを見つければ、囲うようなこともしてきた。


 だから、貴族の血を引く者で、魔法の使えない無能が生まれたなど聞いたこともないくらいには、長いこと貴族の間で血統が重んじられてきた。

 その通説を覆す存在が、無能の私になるのだけど。


「その中でも、特殊な能力を開花させるものが稀におる。生まれてすぐのこともあれば、死ぬ間際の場合もある」

「……特殊な能力? 魔法とは、違うのですか?」


 私の問いに頷いたウーラは、持っていた杖で足元を叩いた。すると、風もないのに花々がさわさわと動き出す。まるで、何かを囁いているようだ。


「十年前、二つの星が落ちた夜に、二つの花が咲いた。一つは月夜の光を浴びて輝く白き花。一つは星の下でもくらく深い闇に染まる花」

「二つの星と、花……」


 夜に花を開く植物があると聞いたことはある。でも、闇色の花については聞いたことがないわ。その花というのは森の声が伝える吉凶を表すのかしら。もしそうなら、闇色だなんて不吉すぎるわ。

 手を握りしめて話を聞いていると、目の前に一つのペンダントが差し出された。とても綺麗な水晶のペンダントだった。


「これは、十年前に死んだクレアの残したもの。ヴェルヘルミーナ嬢、そなたに託そう」

「えっ……どうして、私に?」

「そなたが、クレアの力を継いだ者だからに他ならぬ」

「私が? な、何かの間違いです! だって、私は……」


 火一つ灯すことが出来ないのだから。そう言葉にすることなんて出来なくて、手を握りしめていると、ウーラはヴィンセント様を手招いてペンダントを渡した。

 カタカタと震える手を握りしめ、ぎゅっと目を瞑って俯いた。

 無能な私がクレア夫人の能力を知る訳もなく、そのペンダントを渡されても、どうすることも出来ない。


「あの夜に落ちたもう一つの星、そして闇の花は……幻惑の魔女で間違いない」

「……幻惑の、魔女?」

 

 ウーラの伝える言葉に、私は聞き覚えがあった。

 まさか、ここでその言葉を聞くとは思ってもいなかった私は、恐る恐る顔を上げた。すると、握りしめていた手に、ヴィンセント様がそっと大きな手を重ねてきた。

 仰ぎ見た顔はとても真剣で、真っすぐな眼差しが私に向けられている。


「聞き覚えがあるだろう?」

「……はい。お父様が、追われていた大罪人です。ですが、幻惑の魔女は捕まり、断罪されたと──」


 言いかけて、私はハッとした。

 確か、その処刑は十年前の話だわ。私はまだ十にも満たなかったから、詳しい話は聞かせてもらえなかったけど、捕まった魔女が処刑された日の王都は大層なお祭り騒ぎだったそうだ。


「そう、レドモンド卿は魔女を捕まえた。しかし、その命の灯が費えた時、再びその力は花開いたのだ」


 何の因果なのだろう。

 大罪人となった魔女の能力が、再び、この世に現れるなんて。

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