第26話 婚前旅行の夜はドキドキがいっぱい?

 歓迎の食事の後、今夜は泊っていきなさいとルイーゼ様が仰られ、客間を用意してくださった。用意してくださったのは良いのだけど──


「どうして、ヴィンセント様とご一緒なの!?」


 着替えを手伝ってくれるダリアを問い詰めた私の後ろには、二人で寝るには十分すぎる大きさのベッドがある。

 天蓋はついていないけど、とても丁寧な作りで、支柱には美しい花の彫り物が施されている。並んでるクッションやカバーには綺麗な刺繍がされてるし、とても素敵な客間だと思うわ。

 問題なのは、ヴィンセント様と二人で使うように言われたこと。


「ご夫婦になるのですから、問題はないでしょう」

「大ありよ!」

「ヴィンセント様はいい大人です。昨日の今日知り合ったばかりのお嬢様に、手をお出しになることもないと思いますよ」

「手をって、婚前に通じるのは教えに反するわよ!」

「……それを守っているのは、珍しいですけどね」


 さらりと怖いことを言ったダリアは、てきぱきと荷物を片付ける。


「でも、良かったではありませんか」

「良かった? 何のこと?」

「アーリック族が味方になることです。ヴィンセント様との関係も良好のようですし」

「それは、そうね」


 亡きクレア夫人はアーリックの禁を侵してヴィンセント様を生んだのだから、もっと、険悪な間柄かと思っていたし、正直、簡単に森に入れてもらえるとも思っていなかった。


「私は、ヴェルヘルミーナ様が結婚に前向きなことにも、ホッとしております」

「そ、それは……」


 脳裏に幼い日を思い浮かべ、思わず頬を赤らめていると、ダリアはしたり顔でと呟いた。

 ダリアは小さい頃からずっと一緒だから、全部知ってるのよね。


 まだ恋なんて知らなかった幼い頃、ヴィンス様が、ヴィンス様がって無邪気に話していたのを、うっすらとだけど思い出すわ。

 恥ずかしすぎる──ベッドの端に腰を下ろし、隠れたくて俯いていると、ダリアは私の目の前にしゃがんで、そっと手を握りしめてくれた。


「無事に婚礼が済むまで、お家のことはご心配なく。我が父をはじめ、古くから仕える者達がお家を守っております」

「ダリア……」

「お嬢様は、何もご心配なさらず。私たちが、お守りいたします」

「ありがとう。皆を信じるわ」


 ダリアは、私がまた家を心配してると思ったのね。

 優しい手を握り返せば、微笑んだ彼女は飲み物を取りに部屋を出ていった。


 ──ちょっと待って。

 私にたくさん協力者がいることは分かったけど、肝心の、今夜一晩はどうしたら良いかの答えは出てないんだけど。

 一人取り残された私は、全身からどっと汗が噴き出すのを感じた。


 待って、待って、こんなに汗をかいてしまって、匂いは大丈夫かしら。ヴィンセント様が不快に思わないかしら。汗を流したいけど、でも、そんな二度も湯浴ゆあみをしたら、それこそしていますと言っていると勘違いをさせてしまうかもしれない。

 違うの。そうじゃないのよ。

 どうしたらいいのか考えれば考えるほど、冷たい汗が滴り落ちた。


 ややあって、ドアがノックされた。

 ダリアが戻ってきたのだと思ってほっと胸を撫で下ろし、迎え入れたのだけど──


「ヴェルヘルミーナ、まだ起きているか?」

「は、はひぃ!?」


 現れたのはヴィンセント様で、思いっきり声がひっくり返った。


「どうした? 起こしてしまった……訳ではなさそうだな」

「あ、あ、いえ……」


 そう言われて、寝たふりをしていれば良かったのかと気づいた。だけど、もうどうすることも出来ず、恥ずかしさが込み上げて全身が熱くなった。

 訪れた沈黙は、ほんの一瞬だったのかもしれない。でも、私には途方も長い時間に感じた。


「今日は疲れただろう。ゆっくり休むと良い」


 だけど、降ってきた言葉は甘くもなんともない労いの言葉で、一瞬にして、熱がすっと引いていった。

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