第27話 恋にうつつを抜かす暇もなく──いざ、決戦の場へ!

 顔を上げ、静かに笑みを浮かべるヴィンセント様を見た。

 昨日は、その大きな姿を見ていると、父を思い出して怖かった。だけど今は、幼い日の思い出が重なって、怖さより胸の奥が苦しくなって困っている。あの日の恋心を思い出しているような、そんな気がするの。

 でも、よく考えたら、ヴィンセント様と初めて出会ったのは、私が十歳に満たない頃よ。彼が私に恋心を抱いた訳はないし、妹とか身内の子ども程度にしか思っていなかったに違いない。

 私は何を期待していたのだろう。


「……ありがとうございます」

「数日ここでゆっくりして、能力を使いこなせるようウーラに手ほどきをしてもらえば良いのだが」

「申し訳ありません。私がなばかりに……」


 感情の急降下に、思考が不安定になっていたのだと思う。

 思わず「無能」と口走り、内心と焦り、顔を隠すように再び俯いた。

 心を落ち着けようと、首に下げた水晶のペンダントを握りしめていると、ヴィンセント様が横に腰を下ろした。

 ベッドが揺れ、真横に彼の体温を感じる。

 どうしよう。魔法が使えないと知られたら、私はどうなっちゃうの。


「心配することはない。ウーラも言っていたが、能力を授かっても、すぐに使いこなせるものばかりではない。気づかない者も時にはいると言っていただろう?」

「は、はい……」

「君の能力にすべてがかかっているが、無理をすることはない」


 ヴィンセント様の顔を見ることが出来ず、頷くにとどまった私だけど、大きな手が肩を抱いてきたことに驚き、堪らずに顔を上げた。

 すぐ側に、端正な顔があった。二十八歳とは思えない、肌も張りがあって、美しいお姫様だってかすんでしまうような綺麗な顔だ。と言うか、近すぎるんですけど。


「私は、頼りないか?」

「そ、そんなことはありません!」

「心配することはない。ケリーアデルを、必ずレドモンド家から追放する」


 そう言われて、私を抱きしめたヴィンセント様は、私の髪に口付けると「おやすみ」と言って離れていった。

 この夜、ヴィンセント様がベッドに入られることはなかった。


 *


 それから、慌ただしく一か月が過ぎた。

 ヴィンセント様への恋心がどうのこうの、言っている暇もないくらいだったわ。

 結婚式は私の証人として、帝国のお祖母様をお呼びすることになった。それはつまり、ロックハート家が継母を証人として認めないと宣言したも同じだった。当然、彼女は激高したけど、ペンロド公爵夫人が抗議してくることはなかった。


 ロックハート家の証人は当然ローゼマリア様になるのだけど、その場に、フォスター公爵様とペンロド公爵様がご夫妻で立ち会うことになった。お姉様も出席したいとお手紙を頂いたのだけど、ヴィンセント様が、お披露目のパーティーに招待する旨を伝え、丁寧にお断りをしていた。


 そう、これはただの結婚式ではない。王子妃になられたお姉様を巻き込むわけにはいかないわ。


 婚礼衣装をまとった私の姿が、鏡に映し出された。

 真っ白な婚礼衣装の裾には、金の魔法糸で細かな装飾が施されている。ヴェールを飾る宝石と花は派手過ぎず、慎ましやかだ。


「ヴェルヘルミーナ様、よくお似合いですよ」

「ついにこの日が来たわね、ダリア」

「はい。今日から、お嬢様の新しい人生が始まるのですね」

「大げさね」

「そんなことはございません!」

「でも、それも全て……私自身にかかっている」


 首に下げていた水晶のペンダントを握りしめ、大きく息を吸いこんだ。

 大丈夫。今日の為にたくさん、ヴィンセント様に魔法について学び、能力を発動させる訓練をしてきたんだもの。

 神様がいるなら、きっと成功させてくれるわ。たとえ、今まで一度も発現していない能力だとしても。


 継母ケリーアデルを追い出して、愛しの弟セドリックを迎え入れるのよ。この結婚式は、その為の儀式。

 ペンダントを胸の谷間に隠し、私は決戦の場に向けて足を踏み出した。

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