濁った『白』




「…………30分遅刻、お寝坊さんですわね」

「テメェが用意した服がキワどすぎんだよっ、馬鹿野郎!」


 水着の代わりに外で歩きやすい服を用意してくれって言ったのに、なんで恥部チクビだけ紐で隠せるような服を用意してんだよ……‼︎

 超々ミニの水着を着てたアドゥルテルといい、魔術師には露出狂しかいねぇのか⁉︎


 お陰で、着るかどうかで30分悩んだ。結局、昨日と同じで水着パーカー痴女スタイルに落ち着いたのだが。


「……ま、服を買ってくれたこと自体は感謝しとく。あと、ホテル代と飯代も。金は絶対に返すから」

「気にしなくていいですわよ。巻き込んだのはこちら側ですし。それより、貴方の家まで帰せなくて悪かったですわね」

「そりゃ仕方ねぇよ。オレの家は機密も多い関係上、セキュリティランクがたけえ。逆に魔術オカルトで自由に不法侵入された時の方が恐ろしいよ」


 現在、オレ達は空港付近のショッピングモールにいた。

 空港付近は丸々一帯が観光特区となっており、このショッピングモールにも1000を超える免税店が軒を連ねている。そのため、この辺りはいつも大量の人で混雑している。

 人が多いということは、人混みに紛れやすいということだ。オレ達は魔術師の追手から身を隠すためにここへ来ていた、のだが──


「──人がっ、多すぎますわっ⁉︎」

「来週の日曜から万博エキスポも始まるしな。特に今回の万博エキスポは、七大学術都市の一角たるAIランドウチが会場で注目度も高い。……知らねぇでここに来ようって提案したのか?」

「知ってたらっ、こんな迷子になりそうな場所には来ませんでしたわよっ! だいたい貴方、TS病とやらに感染してるのでしょうっ? こんな人混みにいて大丈夫ですの⁉︎」

「感染防止用の抗菌薬を飲んでるから唾液中のウイルスは死滅してるし、そもそもTS病の感染力は飛沫感染するほど強くねぇよ」

「うぅっ、人混みに流されますわぁぁぁ‼︎」

「テメェが尋ねたんだから聞けよ! ほら、手を取れ。ヴィルゴはケータイ持ってねぇんだから、逸れたら一巻の終わりだぞ」


 右手を差し出して言う。

 ヴィルゴはオレのてのひらを見つめると、汗を擦るようにゴシゴシと自分の手を服に押し付ける。頬は少し赤く染まっている。


「なんだ照れてんのか?」

「違いますわよっ! 魔女としてッ、魔術的に重要な意味を持つ手を預けていいのか迷っただけですわっ‼︎」

「なら服の袖でも掴んどけ」


 ヴィルゴは葛藤するように表情を変え、渋々とでも言いたげにちょこんと後ろからオレの裾を掴む。

 じわり、とヴィルゴの指先から汗が裾に滲む。それを見て、ぽろっと本音が溢れる。



「……汗っかきなんだな」

「デリカシーがありませんわねこの男……‼︎」



 おっと、マズイ。怒らせたっぽい。

 しかし、そうは言いながらヴィルゴは裾から手を離すことはないので、そこまでの怒りではないのだろう。


「……貴方、わたくしに手首を掴まれている状態でよく軽口を叩けますわね。接触は最も初歩的な魔術発動の条件トリガーですわよ?」

ワリい、ちょっと魔女の生態に興味があってな」

「しかも実験動物マウス扱いですわ⁉︎」


 こちとら未知の生物には目がない生粋の科学少年だ。

 ツチノコとか河童とか、ワードだけでもう心惹かれる。魔女もまあそこら辺と大体一緒だろう。


 それで? と、目で話の続きを促す。


「…………わたくしの一族……というか、魔女の薬は魔女の体液と混ぜて使いますわ。ですので、わたくしは体液が多く分泌されるように調整されているのですわ。だからっ、わたくしが魔女の中でも特別に汗っかきな訳じゃありませんわよ!」

「へ〜」

「信じてなさそうな声ですわね⁉︎ ほっ、ほんとですわよ‼︎ 現にっ、わたくしは汗だけじゃなく潮の量だって……‼︎」

「しお?」

「………………………………………………、この話はやめにしましょう」


 気まずい沈黙が支配する。

 話を逸らすため、さっきから気になっていたことを尋ねる。


「本当に歩いてるだけでオレ達の痕跡を消せるのか?」

「いいえ、痕跡を完全に消すことは不可能ですわ。魔力の痕跡は、匂いのように残り続けますもの。『科学』でも、匂いを完全に取り除くのは不可能でしょう?」

「いや、最近の消臭剤ならできるけど」

「………………そもそも、占いなどは回避不可能ですものね」


 誤魔化したな。

 完全消臭を謳っている消臭剤なんて、今時珍しくもない。コンビニでいくらでも売ってるし、今では完全消臭は当たり前の前提として、除菌などの付加価値を付けて売っている。

 完全消臭するだけの液体なら、オレだってデパートにある材料だけで作れる。


「じゃあ、今は何をやってんだ?」

「この人混みにいる者全てをわたくしだと誤認するように偽装し、魔術の効果が他所に流れるように仕向けていますわ。罪や穢れを形代かたしろに託す『大祓おおはらえ』に近いと言えば伝わりますわね?」

「伝わらねぇな」

「……日本人がみな知っている行事ではないですのね。ええと、身代わり人形みたいなものですわ。『感染』の応用で同一人物判定をさせているだけですが、ばら撒けば多少の時間稼ぎにはなりますわ」


 ネットセキュリティ会社を立ち上げたヤツに、似たような話を聞いたな。

 インターネット上に公開されたデータは、完全に消すことはできない。故に、ネット上に流出した機密情報を本気で隠したいなら、大量のダミー情報をばら撒いた方が確実だと。

 『科学』も『魔術』も、極めれば行き着く先は同じ場所になるのだろうか。


「随分と念入りなんだな」

「当然でしょう。セージ、昨晩アドゥルテルから聞き出したことを忘れましたの?」


 もちろん、忘れちゃいない。

 だけど、忘れていたかったのは事実だ。


 なんせ──



?」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆AIランド万博エキスポとは、2119年3月26日から同年9月25日までの184日間に渡って行われる国際博覧会。正式名称は、The International Exposition, Assembled Intelligence Island, 2119。

◆「宇宙と人間が共存する未来世界」が博覧会統一主題テーマ。メイン会場とメイン展示物は、宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉。

◆万博マスコットとして、コスモソーセージくんが存在する。このキャラについて、モデルであろう天才少年科学者はノーコメントを貫いている。




 ◇◇◇◇◇◇




 話は昨晩まで遡る。


 アドゥルテルは『灰』の魔術師……お金で依頼を受ける傭兵みたいなヤツらしい。

 ヴィルゴは魔力枯渇テクノブレイク?に陥って命令を拒む精神力を失ったアドゥルテルから依頼者を聞き出し、背後でどんなヤツが暗躍しているのかを探っていた。


「依頼者の名前、もしくは勢力は知りませんの?」

「…………負けた時のため……、……個人情報は聞かないようにしてるぜ…………」

「用心深いですわね。では、依頼内容は?」

「…………依頼内容……それは、『宗聖司そうせいじ』の殺害…………」

「…………ッッッ⁉︎」


 オレからすりゃ驚くまでもない当然の言葉。そんな事だろうと、状況から察することができる。

 オレの命が狙われているという状況に竦むことはあれど、反応はそれ以下でもそれ以上でもない。

 だが、ヴィルゴは大きく表情を変えて驚いた。


「何を驚いてんだ? コイツは宇宙エレベータが目当てで、設計者のオレを狙ってるんだ。それを防ぎにお前が来たんじゃねぇのかよ」

「ええ、わたくしは『黒』から貴方を守る為に此処へ訪れましたわ。?」

「……は? そもそも『黒』って何だ???」

「魔術優生思想、魔術師自分達が世界を支配すべきだと思ってる邪悪な魔術師の集まりみたいなものですわ。ヤツらの目的は宇宙エレベータ。破壊したいのか、それとも何らかの魔術に利用したいのかまでは不明ですが……」

「………………待て、確かに不自然だ」


 目的は宇宙エレベータの破壊か利用。

 だとしたら、オレを殺す必要はない。


 何故なら、『黒』とやらがオレを狙うのはオレが宇宙エレベータの設計者だからだ。もっと言えば、オレの頭の中にある設計図に宇宙エレベータの脆弱性が記してあるからだ。

 破壊と利用のどちらが目的だとしても、達成には宇宙エレベータに侵入するのが最短ルート。しかし、『科学』に疎い魔術師は宇宙エレベータの最新セキュリティを突破できない。故に、オレの設計図があって初めて侵入経路が考案される。


 つまり、宇宙エレベータの設計図を必要とする『黒』がオレを殺そうとするはずがない。


「頭の中を読み取る魔術を使っていた……いえ、それは有り得ませんわね。アドゥルテルはそこまでの力量を持った魔術師ではありませんわ。だとすると………………これは、つまり、ピラミッドの設計者を王の副葬品として埋めるようなものですわね」

「どういう、ことだ?」

「ですから」


 ヴィルゴは目を伏せて言った。



「貴方の持つ設計図を『黒』に渡さないために貴方を殺す。これは『白』の……

「………………………………あ?」



 思考が、止まった。

 犯罪者にも、正義の味方にも命を狙われる状況。

 警察に見捨てられたと言えば、状況が最も近いのだろうか。


わたくしの所属している『白』も一枚岩ではありませんわ。わたくしのような穏健派もいれば、周囲の被害も考えずに暴れる過激派もいますわ。……と言っても、ここまでくさっているとは思いませんでしたが」

「おま、えも……『白』ってことは…………」

「……わたくしも『白』の一員たる白魔女ホワイトウィザード。組織の方針自体には逆らえませんわ」

「…………っ‼︎」


 目の前の少女が敵に回る。

 絶対的な味方だと盲信しかけていた魔女を失う。

 それが、何よりも恐ろしい。


「で・す・が」

「へ?」

「無辜の民を守るためとはいえ、何の罪もない貴方を殺すなんて気に食わないですわね。わたくしは暫し『白』においとまを頂き、

「…………ッ‼︎」


 溢れそうになる涙を堪える。

 魔女が女神のように見える。喜びたい。彼女に全てを預けて、眠ってしまいたい。


 だけど、この小さな少女に縋ってはいけない。背中の火傷がジクジクとそう訴える。

 たった一人の魔術師との戦闘だけで、彼女は負けかけた。これ以上の負担なんてかけさせられねぇ。


「オレを見捨てろ、ヴィルゴ。オレのために人生を棒に振るなんて……‼︎」

。貴方の為に言っているのではありませんわ。わたくしは魔女として恥じない生き方をしなければなりません。わたくしの生き方です、貴方に指図される謂れはありませんわよ」

「そんなのオレだって知るかバーカ‼︎ テメェの人生をめちゃくちゃにして生き残っても何も嬉しくねぇつってんだよッ‼︎」

「はぁぁぁぁぁッッッ⁉︎ わたくしが助けてあげるって言ってますのよ⁉︎ 貴方に選択肢なんてありませんわ‼︎」

「なーにが助けてだ! こっちは頼んでねぇよ‼︎ テメェがそれでもオレを助けるってんならッ、テメェをブン殴ってオレはトンズラしてやらァ‼︎」


 直後。

 ジュワッ‼︎ と、閃光が瞬いた。


 眩い閃光に目を灼かれ、周囲が見えなくなる。

 最初、状況が何も分からなかった。気付いたらオレは尻餅を付いていて、燃える臭いが鼻につく。

 つまり、それはヴィルゴの視線がオレの髪を焼いた音だった。


「なに、を」

「外送理論。端的に言えば、目から出た光──によって周囲を視認しているという理論ですわ。ただ、それに魔力を乗せただけ。『射精魔術』の使い手なら歯牙にも掛けない攻撃ですわよ」

「………………………………、」

「そ・れ・で、わたくしをぶん殴るとおっしゃいましたか? この程度も防げない貴方が? 大言壮語も、ここまでくれば笑えてきますわね」


 ヴィルゴは笑いを含ませた声で告げる。

 怖い。勝ち目が見当たらない。膝が情けなく震える。


 でも、それでも。

 オレだってここは引けない一線だった。


「………………それでも、オレは……‼︎」

「そもそも、人生を台無しにというのは勘違いですわよ」

「あ?」

「『白』による貴方への刺客は一時的なもの。『黒』の主犯格が討伐されるまで時間稼ぎをすれば、貴方もわたくしも晴れて自由の身ですわ」

「…………なんだ、よかった」


 安堵と共に体から力が抜ける。

 地面にへばりつくように横たわる。

 良かった。この少女がオレなんかの犠牲にならなくて良かった。


「あぁ? てことは、オレたちは刺客とやらを撃退するだけでいいのか?」

「そうですわ。恐らく、一週間もかかりませんわよ」

「そりゃ嬉しい。来週の日曜日までに終わってくれたら万々歳なんだけどな」

「だから安心してくださいませ」


 ヴィルゴはオレの頭を撫でると、子供を寝かしつける母親のような優しい声でこう言った。



「『黒』だろうが『白』だろうが、全部わたくしがぶっ飛ばしてやりますわ」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆魔術師の勢力は、大まかに分けて白・黒・灰の三つに分類される。魔術世界の九割以上が、いずれかの勢力に属する。

◆『白』とは、魔術の悪用を罰する警察機構ポリスフォースのこと。「世界の保守と魔術師の統一」を理念に掲げ、魔術世界の四割を占める勢力。

◆『黒』とは、666の魔術結社ヤリサーが集まった犯罪組織シンジケートのこと。「世界の革新と魔術師の栄進」を理念に掲げ、魔術世界の三割を占める勢力。

◆『灰』とは、白にも黒にも属さず、報酬によって動く民間軍事会社プライベートミリタリーの総称。理念はなく、魔術世界の二割を占めるが仲間意識は無い。



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