バキューム・フェラチオンヌという怪物(2)



 ッッッッッッッッッ‼︎‼︎‼︎ と。

 機関電磁砲マシンレールガンが炸裂する。

 もはや、それは音ですらなかった。

 空気の振動が『圧』としてヴィルゴを揺さぶる。


 厚さ0.08mmの紙でさえ、43回折れば70万km先の月にまで届くのだ。

 元から馬鹿げた威力の機関電磁砲マシンレールガンが倍々ゲームで強化された成れの果てなんぞ、想像することすらできない。


 ヴィルゴは咄嗟に気絶している宗聖司そうせいじとそのクローンを抱え、柱の影に飛び込んだ。

 だが、それも長くは保たない。


「いつまで撃ち続けますの⁉︎ 流石にもう弾切れですわよね⁉︎」

って知ってるぅ〜? 時代に取り残された魔術師達は神の力を手にする事ばかり考えているけど、『魔術』ってヤツを本当に知っているのならばそんな空想も実現できるのさ☆」


 バキュームは何か返答したようだが、あいにくと機関電磁砲マシンレールガンの轟音に掻き消されて聞こえない。


 もはや、室内──決闘空間内に存在するあらゆる物は木っ端微塵に砕かれた。

 幸い、床や壁は戦闘区域に存在するが決闘空間と外界との境界に位置するため傷ひとつない。よって、建元自体が倒壊する最悪の事態は免れた。

 

 ヴィルゴは機関電磁砲マシンレールガンを防げないことを潔く認め、頭を迎撃から回避へと切り替える。

 左腕が吹き飛んだ時の出血を円形に広げて自身を囲み、血文字で神の名を刻む。そして、出来上がった即席魔法円に魔女の膏薬を塗りたくり、仕上げに自身の陰毛を一本落とす。

 もし魔法円作成RTAが存在したのなら、ギネス記録にでも登録されてそうな早業であった。



「これよりなかは我が子宮しろ。我がもんは未だ姦淫かんらくを知らぬ未通むてき処女じょうさいなれば、我がからだだんがんなどたらぬと知れ‼︎」



 弾除けの術式。ベースとなる伝承は処女の陰毛を使ったお守り。『類感』によって、男性の玉が当たっていないことから、弾除けの効果を持たせる魔術である。

 ヴィルゴは更に魔法円としての要素を加えている。防ぐのではなく、逸らすための魔術だ。


「…………考えたねぇ〜?」

「これで、貴方はわたくしに手出しはできませんわ」

「それはどうかなぁ〜? 弾丸が当たらないだけで、外界からの干渉を防ぐわけじゃあないよねぇ? この決闘空間が解除されない限り、逃げ場なんてないんじゃなぁ〜い?」


 ニタニタと、バキュームは怪しい笑みを浮かべる。

 例えば、と。ルールの穴を突くように、思いつく手段を語り始める。


「決闘空間は密閉されてるから、酸欠を狙うとかぁ〜? 換気ができないなら、毒ガスや生物兵器もいいよねぇ? 後は、送風し続けて気圧を無理矢理上げるとかもどうかなぁ?」

「…………?」

「いやいや、事実を述べているまでさ☆ 〈魔術決闘ペニスフェンシング〉に囚われている限り勝ち目はないよぉ〜?」

「成程、合点がいきましたわ。この遠回りな仕掛けは?」

「勘がいいねぇ……──めんどーな女だ」


 初めに宗聖司そうせいじが黒幕だと誤認させようとしたのも。

 クローンが〈魔術決闘ペニスフェンシング〉を始めたのも。

 全てはその為だ。


 ヴィルゴは宗聖司──ホンモノの方──の傷を見て、ため息をつく。

 



「ベースは丑の刻参りですわね? 同じ遺伝子・同じ見た目のクローン……『



 先程、バキュームへの呪いが不自然に受け流されたのも似たような理由だろう。

 つまり、彼女の死体を偽装していた今なお吊るされているバキュームのクローンへと呪いが流れた。そちらの魔術のベースは『大祓おおはらえ』だろうか。


「貴方はどうしても宗聖司そうせいじを殺害する必要があった。しかし、わたくしが側にいる限り暗殺する隙も呪殺する隙もなかった」

「……ほんとーに、怖いよねぇ〜。二十にも満たない小娘おぼこの癖に実力は魔術世界でもトップクラスときたぁ。千年もの間、たった一度たりとも負けたことのない魔女の一族アイアンメイデンは流石だと褒めた方がいいかなぁ〜?」

「科学者の癖に誰よりも魔術に詳しい貴方に言われると、皮肉にしか聞こえませんわ」


 ヴィルゴの反論は無視し、バキュームは凶悪な笑みを浮かべる。


「でもでも、カラクリが分かった所で意味はないよぉ〜? もう〈魔術決闘ペニスフェンシング〉はヴィルゴちゃんかソーセージちゃんのどちらかが犠牲にならないと終わらないぜ☆」

「………………………………、」

「まぁ、別にぃ〜? こっちとしては二人仲良く酸欠で死んでもらっても構わないんだけどねぇ〜♪」


 だが、ヴィルゴはなんて事ない顔で。

 とんでもないことを告げた。



?」



 

 


「────はぁ?」


 さしものバキュームも理解できない。

 だって、それは、余りにも理解不能だった。


(なんだぁ? ナニが起こったぁ? 決闘空間が解除されたぁ? なんでぇ? どうやってぇ? どちらかが敗北したぁ? どちらの魔杖ペニスが破壊されたぁ? 少なくともクローンソーセージちゃんじゃあない。──まさかヴィルゴちゃんの悪魔の乳首クリトリス代用魔杖ディルドだった……?)


 どちらかが魔力枯渇テクノブレイクに陥らないと脱出することのできない決闘空間の中。

 バキュームとしては当然、〈鋼鉄の処女アイアンメイデン〉たるヴィルゴが宗聖司そうせいじを切り捨てると考えていた。それは魔女が彼を見捨てるだろうという希望ではなく、そちらの方が合理的だという単純な予測によるものだ。


 そして、それさえ達成できたなら他はどうだって良かった。

 宗聖司そうせいじ魔力枯渇テクノブレイクに陥れば、生物として必要最低限の精神防壁も失われる。その状態の彼を呪殺することなど容易い。

 その後にヴィルゴに倒されようが殺されようが、バキュームには関係のないことだ。


 だけど、結果はどうだ?

 ヴィルゴは魔力枯渇テクノブレイクに陥って仰向けに倒れ、宗聖司そうせいじは未だ意識は戻らないが助かった。


「はっ、はぁ〜〜〜〜⁉︎ ヴィルゴちゃんが魔力枯渇テクノブレイクに陥って、ソーセージちゃんだけが残っても何の意味もない‼︎ 気絶している彼にナニができるッ⁉︎ 不合理すぎるッ‼︎」


 鋼鉄の処女アイアンメイデン〉が情に絆されて選択を誤ったのか。

 そう考えたバキュームだが、機体からだが収集したデータが彼女を現実に引き戻す。


(なんだぁ? 視覚情報が熱源感知からごく僅かにズレているぅ……? …………っ、⁉︎)


 決闘空間内から外界へ干渉することはできない。

 それは必ずしも真ではない。正しくは、だ。


 外に出られずとも、内から外へ伝わるものもある。

 例えば、光や音といった

 そうでなければ、ヴィルゴとバキュームは会話することすら不可能であっただろう。



 そして、内から外へ光が伝わるとしたら。

 



 バキュームは咄嗟に外界知覚手段を、音波探知ソナーに切り替えた。


(ヴィルゴちゃんが倒れているこの光景は魔術によって魅せられた幻覚‼︎ ならッ、ヴィルゴちゃんはやっぱりソーセージちゃんを切り捨てたって────)

「──……ぁッ⁉︎」

「起こしてくれたのは感謝するけどさ、気付け薬ハーツホーンソルトの臭いがキツすぎやしねぇか?」


 だが、遅い。

 それよりも早く、


「なぜソーreie7$%3|\=kom,3×¥9#jッ⁉︎⁉︎⁉︎」

わりぃが、ハッキングさせてもらった。とっととっちまえッッッ‼︎‼︎‼︎」


 一瞬の接触。

 ただそれだけで、言語中枢までもが掌中に収められる。

 全身義体改造人間オーバーホール・サイボーグは脆弱な人間の肉体を捨てた強者のように思えるが、それは逆だ。


 生物の肉体ほど精密で強靭なものはなく、機械は大雑把で脆弱だ。それはパソコンや家電を買い替える時間を思えば、その弱さが分かるだろう。

 故に付け入る隙も多く、


「……ぁ、なぜっ⁉︎ 幻覚で惑わせられたのならっ、魔力枯渇テクノブレイクに陥ったのはソーセージちゃんのはずだよねぇ⁉︎ ヴィルゴちゃんの自己犠牲が現実なんてッ──」

「…………何の話だ? 

「────ッ⁉︎」


 幻惑の術式から解放された眼球カメラが現実を捉える。

 


「ありえ、ない」

「まぁ、何言っていますの?」

「二人とも生き残るなんてあり得ない‼︎ そんなご都合主義なんかッ、〈魔術決闘ペニスフェンシング〉の規則ルールが許すはずがないッ‼︎」

「あらあら、目の前の真実を信じずに貴方の頭の中にある思い込みを押し付けるなんて……科学者の名折れですわね」


 バキュームは指一本、髪一本すら自由に動かすことができず、それでもなお必死に状況を理解しようと情報データを掻き集め続ける。


 そして、気づく。

 幻惑から逃れたミクロ単位の動きさえ観測する眼球カメラが、ヴィルゴの表面で蠢くを知覚する。



「魔女の使い魔ファミリアっ……ッ⁉︎」

「──正解ですわ」



 


 宗聖司そうせいじとバキュームは散々〈魔術決闘ペニスフェンシング〉の規則を悪用してきた。

 魔術に慣れ親しんだ〈鋼鉄の処女アイアンメイデン〉が同じことをしてこない保障など何処にある。


 バキュームはその一文を思い出した。




 ◇◇◇◇◇◇



〈ルール参照〉


◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。




 ◇◇◇◇◇◇




 なるほど、ヴィルゴを対戦相手に指定することなど出来るはずがない。

 使


「いっ、いや、まだ矛盾があるよぉ⁉︎」

「まだ納得がいかないようですわね」

「いくらヴィルゴちゃんを視認できていなかったからといって、細菌が対戦相手では決闘は成立しない‼︎ 魔杖ペニス代用魔杖ディルドも持たない細菌は対戦相手に指定されても即座に敗北扱いとなるはずだよねぇ⁉︎」

「あら、科学者ともあろうものが細菌の──?」

「──────あ」


 細菌、バクテリアbacteria

 語源はギリシャ語のバクテリオンβακτήριονであり、それが意味するのは



 ──



代用魔杖ディルドの条件は魔力が篭っていることと、棒状であることだけですわ」

「…………つまり、ヴィルゴちゃんの魔力を得た使い魔ファミリアで桿状型細胞のその細菌は──」


 バキュームは思わず息を呑んだ。

 だって、それは、ヴィルゴが代用魔杖ディルドを無数に携えているということでもあるからだ。


 最初に襲撃して来た『灰』の魔術師アドゥルテルは、全てのディルドを破壊しない限り倒されなかった。

 同じように、ヴィルゴは全ての細菌を死滅させない限り倒せない魔女かいぶつだ。


(ああ、なんて恐ろしい──)


 機械の体に恐怖が宿る。

 宗聖司そうせいじに取り押さえられているという事以外の理由で機体からだが動かなくなる。


「なぁ、バキューム」


 そんな時に、彼の声が聞こえた。


「なんでこんな事をした?」


 彼の声は優しかった。

 彼の声は温かった。

 


「オレ達はさ、仲良くやれてたじゃねぇか。確かに衝突することは何度もあったけど、それでも致命的な亀裂だけは避けられてた」


 飴と鞭、良い警官マット悪い警官ジェフ

 使い古された手には使い古されるだけの理由がある。

 それは全身義体改造人間オーバーホール・サイボーグにさえ通用する人間が築いた知恵だ。


「だから、オレに教えてくれよ。バキュームがこんな凶行に及んだワケをさ」


 バキュームはその言葉に抗えない。

 機械の躯体は既に宗聖司そうせいじの支配下にあり、人間の精神は魔女ヴィルゴの恐怖に気圧けおされている。


「──ぁ、たしは……か、みを…………」


 黒幕はんにんはバキューム。

 それはもう確定した。

 だから、次に知るべきものは一つしかない。

 黒幕はんにん動機WHYである。


 そして、少年少女は真相に至る。

 そして、バキュームの唇から真実が溢れる。






 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆神とは、人知を超えた超自然的・絶対的存在のこと。上位存在、高次知性体、秘密の首領シークレット・チーフとも呼ばれる。

◆科学において、未だ観測されていない存在。魔術において、逆説的に証明されている存在。

◆第一の魔術において、神とは崇めるモノ。第二の魔術において、神とは目指すモノ。第三の魔術において、神とは貶めるモノ。


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