バキューム・フェラチオンヌという怪物(3)




「……お前はナニを、言っているんだ……?」



 『神を殺したかった』。

 バキュームの告げた言葉に理解が及ばない。

 だって、なんて言葉は科学者の口には全くと言っていいほど似合わない。


「カミサマだって? バキュームはそんなもの信じてんのか?」

「あら、それは魔女として聞き捨てなりませんわよ。‼︎」

「………………………………へぇー」

「全然信じていないですわねその顔⁉︎」


 一体オレはどんな顔をしていたのやら。

 カルト宗教に洗脳されてインターホン越しに布教してくる信者を見るような表情でもしていたのかもしれない。


 生憎とオレは神を観測したことはなく、そもそも目にしたからと言ってその存在が証明される訳でもない。

 オレが考えるに……『神』とは信じるモノで、『科学』とは疑うものだ。

 だからこそ、オレは神を受け入れられない。神託機械ハイパーコンピュータの公表を避けたのと同じように。


「神という概念が受け入れ難いのなら、上位存在でも秘密の首領シークレット・チーフでも何でも構いませんわ。蟻にとってヒトが天災の如き超越存在であるように、ヒトにとってのなのですわ」

「…………つまり、神話的なカミサマなんかじゃなくて、圧倒的な力を持った宇宙人みたいなモンを神格化して崇めてるだけってことか?」

「厳密には違うのですが…………ま、まぁ? その理解でもいいと思いますわ。しかし、神の殺害を目的として『科学』を使うとは……合理的ですわね」

「それはどういう……?」


 魔術が神の力を使っているだって……⁉︎

 それはおかしい。オレが聞いていた話と食い違う。

 魔術は『感染』と『類感』の原理によって成立する技術のはずだ。


「オレは魔術を使ってて全く神とやらを実感した記憶はねぇけど……」

「それは貴方が原始的な呪術──『感染』と『類感』の原理のみに則った極めて簡単なしか使っていないからですわね。第一の魔術にも到達していませんわ。未開人ですか?」

「……意味は分からねぇけど、馬鹿にされてることだけは分かった」


 『感染』と『類感』は基礎中の基礎で、魔術にとっては1+1みたいなものなのかもしれない。


「そもそも、どうして魔術が『魔』の『術』と表記されるのか、魔女が一神教から迫害されたのか知っていまして?」

「…………いや」

「答えは単純、魔女や魔術とは


 それこそが全ての捩れの始まり。

 古代において、魔術──当時はまだそう呼ばれていなかった神の力を利用する術──は数ある技術の一つに過ぎなかった。工術や算術と同じように、専門の者が専門の技術を待っているだけのことだ。


 そもそもの話、『魔術』と『科学』に明確な境界線はない。

 錬金術が化学の始まりであったように、魔術もまた科学と地続きの技術であった。


 だが、一神教は他の神々を認めなかった。

 故に神は悪魔となり、神秘の御業は邪悪な魔術となった。


「だっ、だけど、それは魔術師の理屈だろ? やっぱりバキュームがカミサマなんて信じてるのはおかしい‼︎ バキュームは科学者なんだぞ⁉︎」

「いやぁ? ヴィルゴちゃんの説明は正しいよぉ?」


 その時、オレの頭にある考えが過ぎった。

 荒唐無稽な考えだが、オレは何となく自信があった。

 だからこそ、こう尋ねた。



「──お前、初めっから魔術師だったのか?」

鹿



 全然違った。

 まさか組み伏せているバキュームにすら罵られるとは……。


「ソーセージちゃんは知ってるよねぇ? 学術都市にはそれぞれ専門としている分野がある」

「あっ、ああ」


 突然の話題転換に戸惑い、一瞬吃る。

 指を一本ずつ折っていき、七大学術都市の専門分野を思い出す。


 ノアズアークは自然科学。

 ララ・ラピュータは応用科学。

 蒐郷地しゅうごうちは社会科学。

 SSSS-114514は形式科学。

 オーシャン=セントラルは人文科学。

 AIランドは唯一例外で、特定の分野に特化する事なく複数の分野を跨る学際的な都市だ。



SECRET?」



 秘匿機関SECRETは専門分野すら秘匿されている。

 だが、今度こそ直感が囁いた。今の話の流れからして、専門分野なんて一つに決まっている。


「ま、さか……⁉︎」

「秘匿機関SECRET、その研究分野は──」


 一息溜めて。

 バキューム・フェラチオンヌはこう告げた。



「──魔術オカルトだよ」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆原始魔術とは、『感染』と『類感』の原理に基づいて行われる魔術。呪術や第0の魔術とも呼ばれる。

◆通常の魔術とは異なり、神の力を利用することがない。よって、効果が小さい上に成功率も低い。

◆既に秘匿機関SECRETによって、科学的に再現されている。




 ◇◇◇◇◇◇




「別に驚く事じゃないよねぇ〜? 遥か昔は雷だって神話の領域だった。ヒトの手が届かない圧倒的な神秘だった。だけど、その権能チカラも今となってはヒトの技術モノに堕ちた。それと一緒さ☆」


 当然のように。

 常識のように。

 なんて事ないようにバキュームは言う。


「オカルトなんて気取っているが、それは結局だよぉ? 科学で解明できないないモノなんて存在しない。もちろん世界の全てが科学で説明できるワケじゃあないけどさ。でも、必ず、いつか科学は未知なんてモノを征服する。☆」


 科学万能主義。

 それこそは現代を席巻する覇権スタンダード

 もはや狂信とさえ言える『科学信仰』は、『科学』を名乗りながらも疑うことなく『科学』を信じている。


「そんなのッ、あり得るのか⁉︎ あんな摩訶不思議な現象が現代の科学で説明出来るとでもッ⁉︎」

「…………魔術を科学で解明するという試みは有史以来何度も行われましたが、そんなものが成功したことなどたったの一度もありませんわ。科学なんかじゃ原始魔術すら──」

「いつの話をしてるの〜? ?」

「……⁉︎」


 21世紀なんて何十年前だと思っている⁉︎

 オレはまだ産まれちゃいないし、前半ともなれば100年くらい前だ。


「例えば『感染』の原理は量子もつれから、『類感』の原理はユングのシンクロニシティから説明できるねぇ〜♪」

「ヴィルゴの使う魔術は⁉︎ 魔力とかいう意味不明なエネルギーはどうなるッ⁉︎」

「魔女の膏薬も薬学の延長線上にあるものだし、魔力だって不確定性原理におけるゆらぎが大きくて観測者によって状態が変わりやすい特殊なエネルギーと考えればソーセージちゃんも納得がいくんじゃないかなぁ〜?」

「…………っ⁉︎」


 何か言い返したかった。

 だけど、口から出るのは意味のない吐息だけ。

 天才であるオレ自身がバキュームの理論に納得していた。説明は足りないが、きっと彼女の理論に瑕疵はない。


 納得できるはずだ。

 間違いなんて存在しない。

 それなのに、オレはまだ言葉を紡ぐ。


「…………だったら、『射精魔術』は……?」


 苦し紛れの反論。

 だけど、その返答は意外なものだった。



「…………は?」



 思わず、言葉が途切れる。

 オレの考えなしの発言は、バキュームの核心を射抜いていた。



「『射精魔術』──



 第三の魔術。

 神に祈るだけの魔術を第一、神に成ろうとする魔術を第二とした時、三番目に当たる最新の魔術様式。


「そもそも『神』ってヤツが『科学』で定義できないんだぁ。それは本当に気まぐれで、なのに現実に与える影響が大きい。が関わるだけで、観測結果はめちゃくちゃなのさ」

「…………まさか」

「第一の魔術はまだマシだった。神へ祈願するだけの魔術は成功率が低い。第二の魔術は大したことはなかった。神へ至ろうとする魔術も結局はヒトの力から逸脱していなかった。でも、だけど、だけはダメだったんだよねぇ」

「まさかテメェ……⁉︎」

所長チーフは人知が及ばないからこその神なんて嘯いていたけれど、そんなモノ許せるはずがないよねぇ? 

ッ⁉︎」


 隙間の神とは、現時点での科学知識で説明できない隙間に神が存在するという思想だ。

 言い換えれば、『


 バキュームの目的はその究極だ。

 即ち、世界全てを『科学』で解明し尽くすことで神の居場所を消し去る計画。さしづめ『虚空の神』とでも言ったところか。


「神を直接観測することはできない。神を明確に定義することはできない。だったら、外堀から埋めていくしかないよねぇ? つまり、☆」

「観測できない場所にこそブラックホールが存在するようなもんか……」

「そして、それには多くのデータと高性能な演算装置が必要なのさ☆ AI?」


 つまり、それがバキュームの動機。

 オレはバキュームにとって釣り餌に過ぎなかった。

 『黒』の勢力に神託機械ハイパーコンピュータの情報を流し、『黒』の動きを『白』の勢力に伝え、このAIランドを舞台に魔術戦を繰り広げさせる。そのデータを集め、神託機械ハイパーコンピュータによって解明する。

 なるほど、科学者の目的としては納得ができる。バキュームの目論みは途中まで上手くいっていたのだろう。


 唯一の予想外と言えば、オレの生存か。

 実際に『黒』がオレを手に入れることはバキュームの本意ではないだろうし、逆にオレ自身が神託機械ハイパーコンピュータを占有することもまた避けたい。

 故に、オレの命を狙ったのか。ヴィルゴとの直接戦闘を避けるために、遠回りな方法で。


「お前の知識欲……探究心か? それには共感できるな……」

「……セージはこの方の所業を肯定するという事ですの?」

「いや、そういう訳じゃないけどさ。世界のことを考えろ、なんて……〈MAI:SoNマイサン〉を創ったオレが言えることではないしな」

「でしょでしょ〜? 命を狙われた事で怒るのは当然だけどさぁ、ここは見逃してくれないかなぁ〜?」

「だけだ、一つ疑問に思うことがあってな。お前の目的は神の解明なんだろう?」

「? そうだけどぉ〜?」


 単純な疑問。

 ハッキリとオレは尋ねた。



調?」



 神は観測も定義もできないから外堀から埋める?

 寝ぼけてんのか? 


神託機械ハイパーコンピュータを何だと思ってやがる。。観測とか定義とか、そんな言い訳ばっか重ねやがって……‼︎」

「…………ッッッ‼︎‼︎‼︎」


 ピキッ、と。

 バキュームの表情筋が固まる。

 表情を機体からだに出力するほどの余裕が失われる。


「結局さ、それは探究心なんかじゃなくてただの嫉妬だよ。テメェが人生をかけて研究していた題材テーマで、オレがあっさりと答えを出せそうで焦ったんだろ?」

「ちッ、ちがっ……⁉︎」

「何が『科学』だ。何が『神』を殺したいだ……‼︎ 全部テメェの見栄を守りたいがための戯言じゃねぇかッ‼︎ オレに魔術を打ち明けてッ、研究の為に神託機械ハイパーコンピュータの使用をお願いしてッ‼︎ それだけで全部解決した問題なんじゃねぇのかッ⁉︎」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ⁉︎ 黙れぇッ‼︎」


 バチバチッ‼︎ と。

 機体からだをハッキングしているオレの腕まで、バキュームの電流かんじょうが逆流する。

 感情出力機能がバグるほどの怒りが彼女から発せられたのだ。


「ソーセージちゃんに長々と自分語りをしたのは何の為だと思ってる⁉︎ 自爆シークエンスの時間稼ぎをするためさッ‼︎」

「へー」

「この機体からだは脳以外を全部機械化した全身義体改造人間オーバーホール・サイボーグさ‼︎ だけどッ、脳みそがここに収まってるとは一言も言っていないよねぇッ? 機体からだは幾つだってあるッ、あたしは何度だってやり直せるッ‼︎」

「ほーん」

「余裕ぶっていられるのも今のうちさッ‼︎ この研究室ごと全部吹き飛ばしてぇ…………────ッ⁉︎」

?」


 バキュームの言葉が途切れる。

 それも当然だ。自爆シークエンスが作動しているのにも関わらず、


「研究室を吹き飛ばすほどの自爆? そんなもん、とっくに対処済みに決まってんだろ」

「なっ、なんでぇ……ッ⁉︎」

「脳みそがここに無いなんて、んなこともとっくに分かってんだよ。? 

「────ッッッ⁉︎」


 複数の端末を経由して煙に巻いているが、そんなもんでは〈MAI:SoNマイサン〉の目は誤魔化されねぇ。

 バキュームの居場所は南極にある氷山の内部だ‼︎ きっと、そこには秘匿機関SECRETの本拠地が存在している。


「どうやってぇ……⁉︎ あたしは位置座標は単純な演算力じゃ割り出せない‼︎ ハッキングの腕だけじゃ説明できないッ、幾重にも魔術防壁を重ねていたはずなのに……ッ‼︎」

「今更ナニを言ってんだ? 魔術を科学的に解明したのはテメェだろ」

「……………………ッ? さわりの部分を教えただけでぇッ、この一瞬で秘匿機関SECRETが100年かけて積み上げてきた叡智を⁉︎」

?」


 オレは魔術を理解できていない。

 だけど、その解き方だけは分かる。神託機械によって答えをカンニングすればいい。


 それがどんな複雑な魔術であれ、『神』を解明できていない秘匿機関SECRETの使用する魔術は人知が及ぶ範囲にあるのだから。


「どっ、どうするつもりかなぁ? あたしの位置が分かっても、AIランドからじゃ14000kmは離れている。ソーセージちゃんの科学でも、ヴィルゴちゃんの魔術でも、ここまで手は届かないでしょ?」

「何の問題もねぇよ。この機体からだを通してテメェの脳みそとは繋がってる。だったら──」

「──完成しましたわ‼︎」


 ヴィルゴがぴょんぴょん飛び跳ねる。

 頼んでいたものが完成したようだ。


「準備はできたか?」

「ええ、ぴーでぃーえふと言うのですか? ちゃんと変換しましたわ!」

「なにを──」

「貴方の言う通り、わたくしの魔術は届きませんわ。ですから、貴方に貴方自身を呪いって貰おうと思いまして……」


 つまり、と。

 魔女は何処か嬉しそうにこう告げた。





 見たら死ぬ絵というものがある。

 視神経を通って脳にまで至る呪いだ。

 だが、これはそれとは似て非なる。

 


 ニヤニヤ、と。

 オレもヴィルゴと同じように笑みを浮かべた。


「科学者のよしみで情けをかけてやったんだ。感謝しろよ? 何たって、これ以上手を出すつもりがないのなら何も起きないんだから。それとも、まだ何かするつもりだったか?」

「───────」

「あっ、そうか。用意周到なテメェの事だ、。お気の毒に」


 直後。

 機体からだ越しにバキュームの断末魔が響いた。


 なんて事はない。

 ありふれた一人の天才バカの終幕だった。




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆第一の魔術とは、神に祈りを捧げて力を借りる魔術。雨乞いなどが代表的だが、成功率は低い。

◆第二の魔術とは、神へと至ることで力を獲得する魔術。カバラなどが代表的だが、実際に神と同格の力を得た例はほとんど無い。

◆第三の魔術とは、神を屈服させて力を奪い取る魔術。射精魔術、魔術決闘ペニスフェンシング媚薬香水チャームフェロモンの三つからなる現代魔術。



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