バキューム・フェラチオンヌという怪物(1)




 秘匿機関SECRET。

 それは66年前に国連によって創設された大規模実験都市であり、今では七大学術都市の一つとして数えられている。


 ただし、その詳細を知る者は少ない。

 都市の位置も、都市の大きさも、都市の予算も、研究の目的も、研究の内容も、所属する研究者も、何もかも。



 故に、まさしくが世界中で飛び交う。


 曰く、秘匿機関SECRETにはエリア51に来訪した宇宙人達が存在する。

 曰く、秘匿機関SECRETとは都市の名前ではなく一人の天才を表す名前である。

 曰く、秘匿機関SECRETは過去の偉人達の体細胞クローンが集結している。

 曰く、秘匿機関SECRETは国連の上層部が予算を横領する為の都合の良い名目である。


 この中のどれかが真実かもしれないし、全部デタラメなのかもしれない。

 世界有数の科学者と言える宗聖司そうせいじでさえ、秘匿機関SECRETの全貌は分からない。


 しかし、ただ二つ分かっている事がある。

 一つは、確かにその学術都市は存在するということ。

 もう一つは──



「バキューム・フェラチオンヌ……‼︎」

「まったく想定外だぜ☆ ソーセージちゃんっ♪」



 ──SECRET


 バキューム・フェラチオンヌ。

 秘匿機関SECRETの中で唯一、顔と名前が公表されている科学者。学会では名の知れた量子力学者であり、〈MAI:SoNマイサン〉の根幹を成す量子コンピュータを手掛けた天才。

 66SECRET




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆秘匿機関SECRETとは、66年前に国連によって創設された学術都市。■■の■■の中に存在する。

◆創設された目的は■■を■■によって■■することである。その性質上、■■■■とも関わりがある。

◆所長の名前は■■■■、副所長の名前はバキューム・フェラチオンヌ。どちらも■■■■■■■■を超える■■■である。




 ◇◇◇◇◇◇




 黒幕、バキューム・フェラチオンヌ。

 白衣を纏った二十代後半くらいの女(実年齢は不明)の登場によってオレ達の意識に一瞬の空白が生まれる。


 そして、彼女はその隙を見逃さなかった。



「ヤっちゃえ☆」



 パリィン、と。

 硝子が割れる音が聞こえた。

 バキュームの声に反応して、クローンがその足元に〈媚薬香水チャームフェロモン〉の瓶を投げつけた音であった。

 つまり、それこそは〈魔術決闘ペニスフェンシング〉が開幕する合図である。


(まず……ッ⁉︎)


 考えるよりも先に身体が駆動する。

 姿勢は低く、脚で弾けた衝撃が肉体を弾丸のように突き飛ばす。それは拙い突進であったが、強化外骨格パワードスーツ補助アシストによって自動車の衝突クラスにまで威力が底上げされる。


「〈魔術決闘ペニスフェンシング〉が始まる前にテメェを潰すッ‼︎」


 幸い、宣誓まじないは結構な長文だ。

 クローンとオレの間に短くない距離があったとしても、今のオレの攻撃が届く方が速い‼︎


 しかし、クローンの行動はオレの予想とは違った。

 宣誓まじないをする様子はなく、かと言って何か魔術を発動させるでもなく、ただ一つの旧式ボイスレコーダーを取り出した。

 前世紀のものだろうか、あそこまで古ければインターネットにも繋がっていない骨董品だろう。だが逆に言えば、そのボイスレコーダーはハッキングされる心配がない。



「味わえよ、宗聖司オリジナル。『‼︎」




 ◇◇◇◇◇◇



〈ルール参照〉


◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。




 ◇◇◇◇◇◇




 


 その音は声と言うよりも、ノイズや耳鳴りと表現した方が近い代物であった。

 文字にするならば、キィイイイイイイインッ‼︎ とでも言った所だろうか。


 決闘空間が完成されたのを肌で知覚する。

 聞き取れはしなかったが、それは正真正銘〈決闘魔術ペニスフェンシング〉の宣誓まじないで間違いない。録音された詠唱でも、術式は問題なく発動するのだと初めて知った。


 そして、何よりも。

 

 『科学テクノロジー』による『魔術オカルト』の強化パワーアップ

 なるほど、クローンの言い分に嘘はないようだ。



(……ッ‼︎)



 〈魔術決闘ペニスフェンシング〉が始まろうが、誰が対戦相手に指定されていようが、何も関係はない。

 『横紙破りルールファック』はあらゆる道理ルールを無視してオレの我儘マイルールを押し付ける。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼︎」


 オリジナルとかクローンとか関係ねぇ。

 を許せない。

 そんな怒りを込めて胸に文字通り鉄拳を叩きつけた。




 



「────ぁっ?」



 ‼︎‼︎‼︎ 

 

 


(──な、に……が…………?)


 その攻撃の正体に気づく事もなく、オレの意識は沈んだ。




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆魔術と科学の融合、それは■■機関■■■■■■の成果の一つ。

◆感染と類感の原理からなる原始魔術──■■は、■■■■■と■■■の■■■■■■■■から■■ができる。

◆ただし、魔術──■■■を扱う技術は現代の■■では未だ■■が不可能とされている。




 ◇◇◇◇◇◇




 パリィン、と。

 〈媚薬香水チャームフェロモン〉の瓶が割れた時、ヴィルゴもまた行動を開始していた。


 宗聖司そうせいじは後方……決闘空間を構築させたクローンへ向かったが、ヴィルゴは前方に足を進めた。

 つまり、バキューム・フェラチオンヌ。魔女の勘が、一刻も早く目の前の科学者を倒せと囁いたのだ。


 よって、ヴィルゴは最速最短で襲撃を行った。

 


 シンデレラドレスの術式──人体改造魔術によって超人となった今のヴィルゴにとって、音速を超えた挙動で移動することなど造作もない。

 加えて、その腕力・脚力は重機による一撃をも上回る。ヴィルゴとバキュームの間にあった数メートルの距離など、たった一歩で埋められるものであった。


 素早い突進──というより、横方向への跳躍と表現した方が正しい──によってヴィルゴは瞬時にバキュームの目前にまで迫る。

 一瞬遅れて、ヴィルゴが床を踏み砕いた爆音がバキュームの耳に届く。だが、それはもう遅い。

 爆音を立てながら無音で近づくという矛盾を成し遂げたヴィルゴの奇襲。魔女の呪い指が容赦なくバキュームの喉に突き刺さった。



「……ぁぐッ⁉︎」

「あぶなぁ〜い♪ 危うく死ぬ所だったぜ☆」



 


 何てことはない。

 当たり前の物理法則に従った当然の結果だ。

 いくらシンデレラドレスによって強化されたとしても、その指は人間の肉体を元にしたものだ。

 


 鋭い刺突によって剥がれた塗装の先にあるを見て、思わずヴィルゴは驚愕の声を上げる。



、ですわね⁉︎」

「脳以外の全てを置換した世にも珍しき全身義体改造人間オーバーホール・サイボーグ……楽しんでいってねぇ☆」



 物理攻撃は効かない。戦車に格闘技を挑むようなモノだ。

 呪い指から放った呪詛は逸らされた。別の場所へ受け流された感覚がある。


 ヴィルゴの魔女術ウィッチクラフトは特にその傾向が高いが、魔術とは人間相手を基本とする。故に、人の形をしていようが中身が機械の相手はどうにもやり難い。


(これが魔術世界を熟知した科学分野の天才。厄介ですわね……‼︎)


 奥の手を出し渋っている訳にはいかない。

 ヴィルゴは宗聖司そうせいじにも秘めていた複数の術式を起動させる。



 しかし、それよりも早く。

 決闘空間が完成されてしまった。


 ──




 ◇◇◇◇◇◇



〈ルール参照〉


◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。




 ◇◇◇◇◇◇




「なっ、こんな都合良く決闘空間が構築されるなんて……‼︎」

「もちろんあり得ないよねぇ〜♪ ところで、戦闘区域は〈媚薬香水チャームフェロモン〉が充満した場所になるって知ってたぁ?」

「…………調⁉︎」


 空気の流れを操り、臭いが滞留する箇所を生み出し、意図的に戦闘区域を決定した。

 〈魔術決闘ペニスフェンシング〉のルールそのものを悪用する、見覚えのあるやり口。

 科学者という輩は何でもかんでも悪用しないと気が済まないのか、と理不尽な憤りが湧き上がる。


「でもってぇ〜、決闘空間は外に出ることはできないけどぉ〜、☆」


 バキュームが白衣を脱ぎ捨てると、その繊維一本一本が形を変えてゆく。まるで歪められていたモノがあるべき形へ戻るように、その変形は自然な動きだった。

 宗聖司そうせいじが見ていたならば、白衣が特殊な形状記憶合金による金属繊維であることに気がついただろう。


 やがて、金属繊維は砲身を形成する。

 いいや、それを砲身と呼んでよいものだろうか。バキュームが白衣の下に着ていたウェットスーツなんて、その砲身の異形さに比べたら軽い違和感だった。

 無骨で、色褪せていて、味気なくて、鉄臭くて、機構に遊びがなくて、という単一の機能を突き詰めた先にある『科学』の暴力。ヘアアイロンのような形をした異端の兵器。



機関電磁砲マシンレールガンっ☆ はっしゃ〜♪」



 直後、視界が真っ白に染まる。

 ドガガガガガガガガッッッ‼︎‼︎‼︎ と。

 鉄の雷雨ストームによる掃射がヴィルゴに襲いかかった。


 別に、この攻撃を避ける必要はない。

 決闘中は対戦相手以外からの干渉を受けることはないのだから。

 だが、魔女としての勘がヴィルゴに防御の魔術を発動させる。


 



「…………ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」



 声も出ない。

 実際には一秒にも満たない掃射。秒速100発の勢いで放たれた弾丸の内、そのほとんどをヴィルゴの魔除けの術式は防ぎ切った。

 ただ1発、左腕を掠った弾丸を除いて。

 


「これだけ綺麗に奇襲したのに撃ち抜いたのが左腕一本だけかぁ〜……。さすが〈鋼鉄の処女アイアンメイデン〉と褒めるべきかなぁ〜?」

「……どういうトリックですの?」


 千切れた左腕に魔女の薬品をかけて、再度つなぎ合わせる。ヴィルゴは慣れたように傷を治しながら、思考は別の所へ飛んでいた。

 即ち、先程のルール違反のカラクリについて。


「簡単な話だよぉ〜? 決闘を挑んだのはクローンソーセージちゃんだけどぉ〜、その肉体の全部がクローンソーセージちゃんって判定になるんだよねぇ〜♪」

「肉体の全部……?」

「そして人間っていうのは誰しも体内に微生物を飼っているのさぁ〜♪ だからその微生物をちょいと摘出してぇ〜、培養して弾丸にコーティングすればこのとぉ〜り☆」




 ◇◇◇◇◇◇



〈ルール参照〉


◆規則の三。決闘空間内では、決闘する両者は対戦相手以外からの外的要因での干渉を無効化する。




 ◇◇◇◇◇◇




「なっ⁉︎ それは『感染』の応用どころか秘奥にも匹敵する情報ですわよ⁉︎ 貴方ッ、ほんとうに科学者ですかっ⁉︎」

「もちろん☆ つーか、魔術がいつまでもオカルトの領分だと思ってんじゃねーよ」


 蔑むようにバキュームは口の端を吊り上げる。こちらが彼女の本性か。

 しかし、バキュームだけに集中してもいられない。背後で宗聖司そうせいじはクローンを撃破したようだが、彼自身も謎の現象によって意識を失っている。


「あ〜、そうだぁ♪ もういっこ警告☆」

「……?」

「ヴィルゴちゃんの魔除けは機関電磁砲マシンレールガンを防げるようだけどぉ〜、でもでもそれってぇ〜上限があるよねぇ〜?」

「少なくとも貴方の豆鉄砲程度なら何発撃とうが意味はありませんわ」

「ふ〜ん……でもねぇ?」


 バチバチッ、と紫電を纏わせながら彼女は言い放った。



?」

「────は?」



 ヴィルゴの思考が止まる。

 いや、違う。逆に思考が高速回転することで、現実を置き去りにして考え込んでいるのだ。


 撃つ度に威力が倍になる……これは次の掃射は今までの倍の威力になるという意味ならまだ良い。その程度ならまだ許容範囲だ。

 だが、魔女の勘はこう言っている。


……⁉︎」

「せぇ〜かぁ〜い♪ 全く同じ形状、元々は一塊だった金属塊から作られた弾丸は、『類感』と『感染』の原則によって☆」


 元の弾丸の威力を1としよう。

 一発目は何の上乗せもないため威力は1。

 二発目は1の威力に一発目の威力が上乗せされ、1+1で2の威力となる。

 三発目は1の威力に一発目と二発目の威力が上乗せされ、1+1+2で4の威力となる。

 四発目は8に、五発目は16に、六発目は32に。あえて計算式を述べるならば、n発目は2のn−1乗の威力となる。


 


 では、例えば。

 機関電磁砲マシンレールガンが10秒間掃射されたとして、その後に放たれる1001発目の弾丸は元の何倍の威力となるのだろうか。



「じゃあっ、いっくよぉ〜♪」



 正解は、である。


 瞬間、音という概念が吹き飛ぶ一撃があった。




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆バキューム・フェラチオンヌとは、秘匿機関SECRETの副所長。そして、量子力学者である。

◆本名不明、年齢不詳。経歴も、功績も分からない。

◆魔術の腕はハーレム1000に匹敵する。



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