宗聖司ホンモノ仮説
オレがニセモノだと言う仮説を否定しろ。
オレが宗聖司である事を此処に証明するんだ。
「そもそも生体認証なんて当てにならない‼︎ TS病は遺伝子ごと書き換えるんだから、それはオレが宗聖司ではない根拠にはならない‼︎」
根拠の一を否定する。
これは初めから何度も言っていたことだ。
目の前のコイツが生体認証で認識されたからといって、認識されなかったオレが宗聖司でないことの証明にはならない。それとこれとは全く別の事だ。
「次に、
「…………いや、それは詭弁だ。心の声なんて客観的に証明することはできねぇ。テメェの心の有無なんざ、側から見たら何も分からねぇ‼︎」
「かもな。でも、これはニセモノが宗聖司になることを可能にする技術であって、オレがニセモノである根拠ではない。たとえ人間の人格をそのまま他者にコピーする技術があったとしてもだ」
根拠の二を否定する。
オレはこうして心の中で考えを巡らしている。
それこそがオレがニセモノでない証明となる。
「だとしてもッ、テメェが女体化してすぐに普通に歩けたことはどう説明するッ? テメェが元から女でもなけりゃッ、そんなの不可能だろうがッ‼︎」
「そうは言えねぇぞ? 記憶ってのは脳以外にも宿るものだ。それは心臓移植のケースからも分かる。それなら、遺伝子が女性に変わったことで女性としての手続き記憶が発生してもおかしくはねぇだろ」
「んな訳ねぇだろッ⁉︎」
「じゃあ、これはどうだ? 大天才のオレが無意識に体に合った動き方を計算してたってセンも考えられるな」
「テキトーすぎる……‼︎ そんなもんッ、どうとでもこじつけできるだろうが……ッ‼︎」
「そうだ、こじつけできでしまうんだ。その程度のことを根拠にしてどうする? それに、他のTS病患者が歩行に苦労したって話は聞かねぇ。意外と一個目の予想が当たってるんじゃねぇのか?」
根拠の三を否定する。
と言うより、これは元から根拠とすら言えない曖昧なものだった。捨て置いていい。
「まだだ……ッ‼︎ TS病の感染経路の話を忘れてんじゃねぇよ‼︎ 童貞の
「テメェこそ忘れてんじゃねぇか? ほとんどが性感染なのであって、他の感染経路だって存在する。例えば血液感染、TS病患者の血液を知らないうちに輸血されたらオレもTS病を発症する」
「…………ッ‼︎」
根拠の四を否定する。
HIV・AIDSを思い浮かべれば簡単に分かる。
性感染症は性行為による感染が主であり、日常的な飛沫などでは感染することはない。だが、血液感染や母子感染など感染経路は一つじゃない。
これを以て、『宗聖司ニセモノ仮説』は棄却される。
「ほんとに貴方が宗聖司だったのですわね……」
「なんだ? テキトーに言ってたのか?」
「いえ、テキトーというか…………貴方が宗聖司でなくても
「別にそれでいいよ。たとえ根拠のない綺麗事であったしても、オレはそれで救われたんだから」
人を信じるのに根拠なんて必要ない。
科学者としては正しくなくても、それが人として正しい在り方なのかもしれない。
「何を全部終わった気でいやがる……‼︎」
「……実際終わった。テメェの仮説は棄却された」
「だからと言ってッ、テメェの仮説が採用されるのは納得がいかねぇぞ‼︎ テメェがホンモノだって決まった訳じゃねぇ‼︎
「なら、トコトンやってやるよッ‼︎」
◇◇◇◇◇◇
〈宗聖司ホンモノ仮説〉
◆宗聖司を名乗る少女はホンモノである。根拠は一つ。
◆宗聖司を名乗る少年はニセモノである。根拠は一つ。
◇◇◇◇◇◇
「テメェが宗聖司って言うのなら、何でテメェはこの研究室にいる?」
「……は? そりゃもちろん、〈
「──そこがおかしいって言ってんだよ」
確かに〈
だけど、本当にコイツが宗聖司だって言うのならそんなもの使う必要はないんだ。
「宗聖司は〈
例えば、テスティス戦。
オレは〈
つまり、〈
それこそが精神認証。最新かつ最高のセキュリティ、あらゆる偽装を無に帰す最強のシステム。それは心の同一性によって人物を判定する。
指紋認証は指紋のコピーを取られたらセキュリティが破られる。虹彩認証だって同じ。パスワードなんて総当たりでも突破できる最悪のセキュリティだ。
だけど、精神認証は破られることはない。だって、精神をコピーした所で出来損ないの哲学的ゾンビにしかならないのだから。
「オレは機材なしで〈
「……ぁ……ッ‼︎」
「この部屋から一歩でも出てしまえば、何もできない
「なっ、ならッ、生体認証が
「んなもん簡単だろうが」
幽霊の正体見たり枯れ尾花。
宗聖司を名乗る少年の
そんな一言を、オレは指を差して指摘した。
「テメェはオレのクローンだ、そうだろ?」
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆クローンとは、全く同じ遺伝子を持った別個体が作られること。また、
◆クローンとオリジナルには幾つかの差異があるが、遺伝子情報においては完全に同一である。その為、生体認証を誤魔化すことができる。
◆クローン人間の作製はヒト・クローン禁止条約により、国連から規制されている。ただし、肉体の一部のみの複製自体は合法。
◇◇◇◇◇◇
「違和感を持ったのは、テメェがオレを出来損ないと呼んだ時だ。別に大した問題ではねぇけど、オレの場合は成り損ないじゃねぇの?」
「…………っ、れ……」
「多分、それはテメェが言われた言葉なんだな? 宗聖司の出来損ないだって」
「黙れぇええええええええええええええッ‼︎‼︎‼︎」
クローンが黒幕なんだとしたら全てに納得がいく。
何か特別な陰謀があった訳ではなく、ただオレの研究成果を台無しにしたかった。あるいは、オレの立場を奪いたかったとかそんな所だろう。
「
これで、長かった事件に幕が下ろされる。
だけど、その前に。
隣から待ったがかかった。
「──いえ、辻褄が合いませんわ」
ヴィルゴは神妙な顔で考え込む。
まるで、飲み込めない何かが引っかかっているかのように。
「彼は宗聖司と同じ遺伝子を持っていても、記憶や精神は引き継いでいない。
「あ、ああ。そうだけど、何がおかしい?」
「なら、彼は一体いつ何処で神託機械の事を知ったのですか?」
「────あ」
そうだ、失念していた……‼︎
「研究室のメンバーが、協力者だった……? いいや、違う。そもそも研究室のメンバーの内の誰かがクローンを生み出したヤツだった⁉︎」
クローン、人為的に産み出された複製人間。
自然発生はしない。ならば、誰が何のために作った?
「…………ですが、メンバーの三人は入口で首を吊って死んでいますわよ? そこのクローンに情報を聞き出された後、殺されたというのが正しいのではなくって?」
「ズボンの染みがまだ乾いてすらいないのに? あいつらが死んだのはついさっきだ」
「ならもっと簡単ですわ。クローンの誰かは仲間だった。だけど、ついさっき仲間割れしたのでしょう」
確かに、辻褄は合う。
でも、本当にそうか?
オレの直感が真相は別だと告げている。
「首吊り死体…………ッ、違うッ‼︎ そうだッ、あれはホンモノの死体じゃないッ‼︎」
「紛れもなく本物ですわよ? 生体認証とやらで本人確認もしたのでしょう?」
「その生体認証システムを誤魔化す方法はさっき提示されたばかりだッ‼︎」
狂気的なトリックに気づいた。
自分のクローンを生み出し、そのクローンを被害者の一人として紛れさせる。
ABC殺人事件と同じ、被害者の中に犯人を紛れ込ませる古典的なトリックだ。
そして、死体となったクローンは精神認証で判別することもできず、生体認証で本人の死を確実に偽装できる。
「あ〜らら、流石に気づいちゃったかなぁ〜?」
そして、女性の声が響いた。
……何となく、そうだとは思っていた。
三人の内、二人は元からの知り合い。
だから、一番親しくないヤツこそに疑いの目を向けていた。
オレはそいつの名前を知っている。
黒幕。諸悪の根源。一連の事件の元凶。
七大学術都市の一つである秘匿機関SECRETに所属している量子力学者。
「バキューム・フェラチオンヌ……‼︎」
「まったく想定外だぜ☆ ソーセージちゃんっ♪」
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆七大学術都市とは、『科学』の叡智が結集した七つの近未来都市の総称。都市ごとに専門とする『科学』の分野が異なる。
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