あさおん☆魔術決闘ペニスフェンシング

宗聖司■■■■仮説

　薄暗い地下にある動く歩道（オートウォーク）を二人の女性が進む。

　一人はスク水の上に白衣を一枚だけ纏った女──つまりはオレ、宗聖司（そうせいじ）である。

　もう一人は真っ黒なドレスに透明のヒールを履いた女、ヴィルゴである。

「貴方が準備した『カレッジ』を侵入するための策とはなんですの？」

「そんなもん一つに決まってんだろ。お前も見たことがあるはずだぜ」

「？」

　『カレッジ』のセキュリティランクは世界最高と言ってもいい。その難易度は人間にはハッキング不可能な領域にある。

　逆に言えば、人間でなければ可能性はある。

　しかし、人間じゃなければ何でもいいわけじゃない。どんなに演算力の高いAIを用意したとしても、世界で１番性能の良い『カレッジ』のセキュリティAIに比べれば全て格下だ。

　ならば、それを超えるモノを用意しなければならない。

「〈MAI：SoN（マイサン）〉──オレが用意した神託機械（ハイパーコンピュータ）だよ」

　正確に言えば、それとラグなしで繋がる端末。

　オレの体内に打ち込んだ超微細機械（ナノマシン）が、オレの思考と〈MAI：SoN（マイサン）〉の演算領域を結びつける。

　世界で１番性能の良いAIなんざクソ喰らえだ。

　AIなんて前世紀に発明されたモノの性能を上げたからなんだ。全く新しいモノを生み出してこそ最高の『科学』足り得る。

「ま、人の眼による監視もあるからな。そっちはヴィルゴに頼んだ」

「お任せを。監視方法が原始的であるほど魔女（わたくし）の独壇場ですわ」

　動く歩道（オートウォーク）がエレベータへと切り替わる。

　『カレッジ』は同じ大学に所属する者であっても他の研究室を覗くことができないようになっている。つまり、入口から研究室までは直通なのだ。

「…………この先に、黒幕がいるのですわよね？」

「ああ、相手の目的は間違いなく〈MAI：SoN（マイサン）〉だ。オレを除けば、〈MAI：SoN（マイサン）〉と直接接続できるのは〈ネオアームストロング〉の最上階か研究室の中しかねぇからな」

　そして、〈ネオアームストロング〉のエレベータは現在稼働していない。

　よって、研究室しかあり得ない。

　一体この事件の黒幕は誰なのか。

　宇宙物理学者、ヤリ・マンコヴィッチ。

　建築構造学者、金玉珍（ジン・ユーヂェン）。

　量子力学者、バキューム・フェラチオンヌ。

　誰もが怪しく感じられる、

　やがて──

　ゴゥン、と。

　エレベータが停止する。

　研究室まで到着し、目の前に高そうな扉が現れる。

「…………準備はいいか？」

「勿論ですわ。貴方こそ、怖気付いていませんか？」

「言ってろ」

　少しの躊躇の後。

　自動ドアに手を伸ばす。

　安全のため、ゆっくりとドアが開く。

　そして────

　ぷらぷら、と。

　ぶら下がった三つの首吊り死体がオレ達を出迎えた。

「────は？」

　現実感は全くなかった。

　信じたくなんてなかった。

　だって意味が分からなかった。

「…………や、り……？　ゆー、ぢぇん…………、……バキューム………………？」

　でも、だけど。

　首に食い込む縄の跡が。

　ふらふらと揺れる脱力した死体（からだ）が。

　乾いていないズボンの染み、股から垂れ流された刺激臭が。

　自動的に起動した生体認証システムによって、瞳に浮かんだ彼らの名前が。

　その死を現実のモノであると思い知らせる。

「誰が……、なんでッ……⁉︎」

「なんで、なんて。そんなの決まってんだろうが」

　吐き出された独り言に返答があった。

　なんてことはない。首吊り死体に隠された先に、そいつは立っていた。

　ヴィルゴは初めから気づいていたようだった。

　だからこそ無言で、一人だけ臨戦態勢を取っていた。

　そいつには見覚えがあった。

　そいつは白衣を着た少年だった。

　そいつはヤリでも玉珍（ユーヂェン）でもバキュームでもなかった。

　オレは誰よりもそいつの名を知っていた。

　そして、そいつは吐き捨てるように言った。

「全部宗聖司（そうせいじ）──オレのせいに決まってんだろうが」

　そいつの名前は宗聖司。

　宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉の設計者にして、〈MAI：SoN（マイサン）〉の生みの親。そして、この事件の黒幕である。

　◇◇◇◇◇◇

〈Tips〉

◆黒幕は研究室のメンバーで間違いない。研究室のメンバーは四人とも研究室の中にいる。

◆宗聖司を名乗る少年は、生体認証で宗聖司本人であると証明されている。TSした少年はまだ証明されていない。

◆三人の首吊り死体は確実に死亡している。死体はそれぞれヤリ・マンコヴィッチと金玉珍（ジン・ユーヂェン）とバキューム・フェラチオンヌだと生体認証で判明している。

　◇◇◇◇◇◇

「…………宗聖司が、黒幕だって……？」

「ああ、そうだ。つっても、それはテメェじゃなくて宗聖司（オレ）を指す名前だけどな」

　目の前には、オレよりも宗聖司（オレ）らしい顔つきの少年がいた。

　アイデンティティが揺らぐ。オレという存在が信用できなくなる。

「…………、えない」

「あ？」

「ありえない‼︎　ありえるはずがないッ‼︎」

「何が？　何で？」

「だっ、だってッ、オレは何度も死にかけた‼︎　いやっ、ヴィルゴがいなけりゃとっくに死んでたっ‼︎　テメェが宗聖司だって言うのならオレ自身を巻き込む理由がないッ‼︎」

　だから、これはきっと何かの間違いだ。

　目の前のコイツは立体映像か何かで、こうして話しているのは人工知能による哲学的ゾンビとかだ。

　コイツは宗聖司じゃない。オレは黒幕じゃない。

　そうだ、そうに決まっている。

　だって、そうじゃなきゃ。

　オレはその事実にとても耐えられない。

「…………はぁ、頭の回転が遅（おせ）ぇな。ま、事情を考えればそれも仕方ねぇか？」

「なにを……？」

　だけど、現実はいつも非常だ。

　そして、目の前の少年は致命的な一言を放つ。

「まだ自分が宗聖司だって信じてるのか？」

　時間が、止まった。

　そう錯覚するほどに、場を沈黙が支配する。

　人の声も、空調の音も、何も聞こえない。

　それなのに、自らの心臓だけがうるさく鳴り響く。

「………………………………う、そだ……」

「テメェの名前は宗聖司じゃない。思考停止すんな、初めっから考えてみろよ。テメェの認識以外に自分が宗聖司だと示す証拠はあるのか」

「……それ、は…………………………………」

「生体認証は試したんだろ？　テメェの家は、電子決済は、この大学は、一度でもテメェを宗聖司本人だと認めたか？」

「…………………………………………ぁ……」

「精神転送（デジタルアップロード）。本来は精神をデータ化して残す為の技術だが、そのデータを逆に他人の脳みそにインストールしたらどうなると思う？　宗聖司という精神に上書きされた哀れな少女はどうなったと思う？」

「………………………………………………っ」

「違和感を抱かなかったのか？　TS病で肉体が変わったのに、テメェは最初から問題なく歩くことができた。体重・重心・身長・筋肉量・足の大きさ・足の長さが変わっても歩けたのは、テメェの脳に僅かでも体を動かす為の手続き記憶が残ってたからだと思い至らなかったか？」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

　言葉が出なかった。

　何か言い返したいのに、反論できる点がなかった。

　オレは間違っていて、コイツは正しかった。

「TS病なんかじゃない。そもそもアレの感染経路はほとんどが粘膜接触──性感染だ。病気の症状で性的興奮を覚えたTS病患者が、心の穴（うずき）を抑えるために棒（チンコ）を求めて、その甘い罠（ハニトラ）に引っかかった男がまたTSするっつー最悪の細菌兵器だよ。童貞の宗聖司（オレ）が感染する訳がないだろ？」

「…………ぁ、ああ…………」

「ま、仕方ねぇさ。テメェが馬鹿でもそれはしょうがないことなんだよ。だって、テメェは天才じゃねぇ。天才なのは宗聖司（オレ）であって、テメェは宗聖司になれなかった出来損ないでしかねぇんだから」

「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼︎‼︎‼︎」

　ぽたぽた、と。

　ほおをつたう。

　なにかが、こわれた。

　ちめいてきにこぼれおちた。

「私（わたくし）は貴方達の事情なんて知ったことではありませんわ。話を進めてよろしくって？」

「冷てぇな、ヴィルゴ。一緒に戦ってきた仲じゃねぇか」

「貴方と、ではありませんが」

　声が聞こえる。

　だけど、聞こえるだけ。

　意味は分からず、耳を素通りする。

「……目的はなんですの？　こんな回りくどい事をした理由は？」

「それから聞かなかったか？　宗聖司（オレ）の目的なんか一つに決まってんだろ。──神託機械（ハイパーコンピュータ）の完成だよ」

「…………いえ、それだと辻褄が合いませんわ。黒幕である貴方はその情報を漏らした側……完成を妨げているのではなくって？」

「情報を隠してるっつても、万博（エキスポ）前に点検が入るんだから暴露（ばれ）ないはずがねぇ。それなら、先に情報を出して影響を宗聖司（オレ）で制御した方がマシだ」

「……一理ありますわね」

「その上で囮（デコイ）のそれを放逐すりゃあ、万博（エキスポ）までの時間稼ぎにはなるだろ？　ま、ここまで来るのは予想外だったけどな」

　雑音（ノイズ）が脳みそを撫でる。

　誰かが何かを話している。

　だけど、もう会話の内容には興味がない。

　それを聞いた所でオレには何もできない。

　なのに。

「それで、貴方はいつまで蹲ってますの？」

　するり、と。

　オレの鼓膜に優しげな声が届いた。

　その声は鈴のように高く、そよ風のように小さく、それでいてハッキリと耳に残る。

「貴方が苦しんでいるの分かりますわ。自己を否定され、全ての過去がまやかしだった。苦しみに共感はできずとも、理解はできます。ですが、貴方がニセモノだから何ですの？」

「オイ、テメェは何を言っている……？」

「貴方は宗聖司だから天才なのですか？　宗聖司だから優しかったのですか？　……違いますわ。貴方が貴方だったから私は貴方を助けたし、私は貴方に助けられた」

「そいつはもう立ち上がれねぇ……‼︎　何処見てやがるッ‼︎　テメェの敵は宗聖司（オレ）だッ、宗聖司（オレ）こそが天才なんだッ‼︎‼︎」

「いえ、そもそもの話。私（わたくし）はこの方の話など一切信じていませんわ。初対面の見ず知らずの人間の言葉を鵜呑みにする馬鹿が何処にいまして？　故に、私（わたくし）が断言してあげますわ」

　雑音（ノイズ）なんて気にならない。

　ホンモノの宗聖司なんかどうでもいい。

　彼女以外目に入らない。

　そして、彼女は胸を張って言った。

「誰が何と言おうと、貴方こそが宗聖司なのですわ‼︎」

　その言葉に根拠なんてない。

　その言葉で証明することはできない。

　その言葉には意味も価値もない。

　ただ、オレを最大限に信頼して放たれた一言。

　一〇〇％の絶対なんてあるはずないのに、彼女はそれをオレに向ける。

　全く『科学』的じゃない。人は彼女を愚かだと言うかもしれない。ほんと、どうしようもない。

　でも、だけど。

　オレはその一言に救われた。

　バラバラになった心が、宗聖司として再構成される。

「…………そう、だな。忘れてた」

「何を、言って……⁉︎」

「『科学』は真実を疑うことで発展してきた学問だ。オレは全てを疑わなくちゃならねぇ。それがたとえ、宗聖司（テメェ）であってもッ‼︎」

　コイツは宗聖司で、オレは宗聖司じゃない。

　でも、それを保証するものはコイツの言葉以外には存在しない。

「テメェは宗聖司じゃない。宗聖司はオレだッ‼︎」

　だから、オレはオレの仮説を主張する。

　こっから始まる戦いは命の奪い合いじゃない。

　自己の尊厳を賭けた闘論（ディベート）である。

　今からコイツの主張を──『宗聖司ニセモノ仮説』を支える四つの根拠を棄却するッ‼︎

　◇◇◇◇◇◇

〈宗聖司ニセモノ仮説〉

◆宗聖司を名乗る少女はニセモノである。根拠は四つ。

◆根拠の一、生体認証が彼女を宗聖司だと認識しない。

◆根拠の二、精神転送（デジタルアップロード）によって彼女が宗聖司としての人格と記憶を持つことは可能。

◆根拠の三、女体化後に違和感なく体を動かすことができた。

◆根拠の四、宗聖司は童貞であるためTS病には罹らない。