My Son──我がムスコよ
「肝心の所を聞いてなかったですわね。貴方の仰ったは話、信憑性はどれほどですの?」
『スクール』の研究室の中で、ヴィルゴは尋ねる。
研究室とは言っても、基本的に研究は『カレッジ』で行われるため、こっちは研究者に与えられた休憩室のようなものなのだが。
「ああ、100%間違いねぇよ。〈
「…………そもそも、〈
「あー、説明がめんどくせぇな……」
何から話そうか。
〈
「まずさ、オレが専門してる分野は何だと思う?」
「……宇宙エレベータを作っているのですから、間違いなく建築学……あるいは物理学ですわね」
「それが間違ってるんだなぁ」
「違いますの⁉︎」
もちろん、それらにも精通はしている。
オレは大天才だから、どの学問にもそこらの天才レベルの知識には匹敵するだろう。だけど、研究者に必要なのは知識ではない。最も重要なのは閃き。
そして、オレが閃きを発動させる分野とは一つしかない。
「情報工学、もっと言えばAIの開発だよ」
オレが『スクール』のセキュリティAIを任されたのは、大学に在籍している研究者の中で最もオレがAIという分野で優れていたからだ。
他の分野だったら、オレより優れているヤツなんてゴロゴロ転がっている。
例えば、オレと共同研究・協力開発を行なった研究室のメンバー。
宇宙物理学者、ヤリ・マンコヴィッチ。ノーベル物理学賞に個人で3回も受賞された本物の天才。
建築構造学者、
量子力学者、バキューム・フェラチオンヌ。本名は不明ながら、七大学術都市の一つである秘匿機関SECRETで唯一顔と名前が公表されている都市の顔。
「でッ、ですがっ、貴方は宇宙エレベータの設計者なのでしょう⁉︎」
「そうだけど、宇宙エレベータ自体は数十年前から実現可能の領域だったぞ?」
「そう、でしたの?」
「でも、作られなかった。とても単純な問題点があったからだ」
「…………それは?」
「コスト」
宇宙エレベータの計画は世界中で何度も立てられ、何度も頓挫した。その理由は全て同じ。
立てられる。だけど、立てるメリットをデメリットが上回る。
「宇宙エレベータ……地上から宇宙まで伸びる摩天楼。高度100km以上を宇宙と定義するならば、その長さは最低でも100km。そんなもの、どうやって維持するんだ?」
「…………作れたとしても、適切な維持ができない。あるいは、維持の為の費用が膨大になるということですわね」
「しかも、ちょっとでも不具合が出れば100km超えの建物がドカーンだ。それか、
対して、宇宙エレベータのメリットとは何だ。
宇宙への輸送が容易になる……それが? そんなものロケットで事足りる。たとえロケットよりも速くとも、その程度の利点は宇宙エレベータの危険性を覆すには至らない。
そう、デメリットがある限り宇宙エレベータは建造されない。
「だからこそ、オレは自動で点検・維持を行い、壊れた部分を修復するメンテナンスAIを作成した」
「……それが、〈
「〈Maintenance Artificial Intelligence:Sage of Neo-armstrong〉──通称、マイサン。正真正銘、オレがゼロから生み出した
オレがTS病に罹っても、未だここに居続ける理由はそれだ。
我が子を最後まで育てたい。我が子の晴れの舞台を見たい。本当に、ただそれだけなのだ。
「…………っていうのが、
「嘘でしたのッ⁉︎」
もちろん嘘だ。
メンテナンスAIを作った程度で命を狙われてたまるか。
〈
というか、そもそも──
「──そもそも、〈ネオアームストロング〉ってのは宇宙エレベータじゃないぞ?」
「………………え?」
唖然としたようにヴィルゴは口を開く。
閉じることすら忘れるほど驚いている。
「正しくは、宇宙エレベータではあるがそれが本来の機能じゃない。元々宇宙エレベータを作ろうとしてた訳じゃなく、結果として宇宙エレベータを作る必要があっただけなんだよ」
「…………では、貴方は何を作ろうと?」
「
「…………ッ⁉︎」
別に、大した理由があった訳じゃない。
ただ、オレは天才すぎてこの世の全てを信じられなかったのだ。未来は無限に存在し、現在は観測する人によって変動し、過去だって容易に書き換わる。
確かな物がない世界。
唯一のかみさまのいない世界。
オレは変わらないものが欲しかった。
絶対的な答えが欲しかった。
だけど、人間はそんなものを生み出すことはできない。
だから、そんなものを生み出せる特別な存在を作りたかった。
「そんなもの作れるはずがありませんわ……‼︎ どれだけ演算機を積み重ねようとッ、神の領域をカンニングするなんて不可能ですッ‼︎」
「そうだ、演算機にはそれは不可能。だけど、答えを導く方法は計算だけじゃない」
「なに、を……?」
「つまりは直感。経験則や無意識の計算などではない、真の意思による直感ならそれが可能だとオレは考えた」
それを思いついたのは7歳の時。
もちろん、この理論には穴があった。
それでも、複数回の改善を超え、10年の歳月を経てオレの理論は証明された。
「それは直感なんて物ではありませんわ‼︎ 高次元へ繋がるチャネリングっ、
「呼び方は何でもいいよ。兎に角、オレは鋭い直感を持つ
「…………
テスティスはこれを科学的基盤を破壊する『爆弾』と表現していた。
それはあながち間違いではない。『科学』は真実を疑うことで発展してきた学問だ。絶対に信じられる機械なんてものが生まれてしまったら、もう『科学』とは呼べない。それは単なる宗教──『科学信仰』だ。
数多の科学者はその知恵を捨て去り、唯一の『神』を崇め奉るだけの原始的な世界へと逆行してしまう、
「
その頃には、オレはもうAIランド中央工科大学へと進学して、
悪用された場合だけでなく、それが『科学』という人類の発展の歴史全てを消し去ってしまうという危険性も。
だけど、オレはやっぱり作ってみたかった。世界を崩壊させる可能性があっても、好奇心には逆らえなかった。
その結果がこれだ。カバーストーリーを作り、
「今の研究室のメンバーは、その時に集めた人たちだ。宇宙エレベータは専門外だからな。本当の目的は一番最初の設計図を見せた時にバレた」
「…………だから、その内の誰かが黒幕だと考えているのですわね」
「元から知り合いだったヤリ・マンコヴィッチを引き込み、大学で
机の上に飾られた写真を見る。
オレが研究室のメンバーと宇宙エレベータの前で撮った記念写真だ。
この中に、今回の事件を手引きしたヤツがいる。信じたくはないが、『カレッジ』のセキュリティが破られたと考えるよりかは現実的だ。
そして、何よりも。オレの直感がそう囁いている。
「……休憩は仕舞いだ。そろそろ準備を始めんぞ」
「大丈夫ですの?」
「誰に言ってんだ? 大丈夫に決まってんだろ」
そう言いつつ、オレは羽織っていたパーカーを床に落とし、水着も一緒に脱ぎ捨てた。
豊満な肢体があられもなく露出する。
「エッッッ⁉︎ ナニをしてますの⁉︎⁉︎⁉︎」
「ナニって……全裸になっているだけだが?」
「本当に何をしていますの⁉︎」
中身は兎も角、見た目は女同士なのに何を気にしてんだか。
ヴィルゴは両手で目を覆うが、その指の隙間からこちらを覗いていた。
「これから黒幕に会いに行くんだ。普通の格好じゃマズイだろ。着替えるんだよ」
「なる、ほど……? でしたら
ヴィルゴが手を叩くと、黒衣が黒いドレスへと切り替わる。
華美すぎず、地味すぎず。しかし、透明なヒールが映えていて、主役であるヴィルゴの美しさを損なうことのない格好だった。
「服装を変えるだけの魔術とかあるんだな……」
「これは変身の応用ですわね。人をカエルに変身させる魔女の逸話と、シンデレラにドレスを与えた童話を混ぜていますわ。効果は超人に変身するといった所でしょうか」
「ドーピング……いや、改造人間みたいなもんか」
「これまでは不甲斐ない姿ばかりお見せしましたので、次こそは活躍してみせますわ‼︎」
傍目でヴィルゴの新衣装を楽しみつつ、オレも自分の服装を決める。
と言っても、女物の服かつ戦闘にも役立つものと言ったら一つしかなかったのだが。
「貴方はどんな服に──」
「なんだよ」
「……………………………………………………、」
絶句。
オレから目を逸らしていたヴィルゴは、着替えが終わった頃を見計らっていた。
しかし、オレの姿を一目見て言葉を失った。
「…………ま、まあ、似合っていますわよ……?」
「何だ、何が言いたい。言いたいことがあるならさっさと言えよ」
「………………ええと、どうしてそんな破廉恥な格好に……?」
「
女物の服ということはバキュームの趣味だろうか。
流石に他の男(大の大人)がスク水を買ったとは信じたくないのだが。
ヴィルゴに指摘されてオレも恥ずかしくなってきたので、上から白衣を纏う。更に、電子端末や
何はともあれ準備は完了した。
最後に4人で撮った写真をもう一度だけ見た。
さて、
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆
◆全身を覆う物が一般的で、個人に戦車並みの装甲・威力・速度を与える。一方で普通の服のような物もある。
◆
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