金玉十二宮(1)
敵をブン殴りたい気持ちを抑え、ヴィルゴを庇って立つ。
下半身の重傷具合からして、今すぐに病院に行かなければ間に合わない。だが、ここでテスティスに背を向ければ、どうなるか分からない。
もどかしい
先にその沈黙を破ったのはテスティスであった。
「愚かナ貴様に見せてやろウ、本当の〈
プシュゥッ‼︎‼︎ と。
デパートの配管を辿って、ありとあらゆる場所からピンク色の煙が漏れ出る。
人々は煙の中に覆い隠され、地は淫蕩の香煙で満たされる。
「オイ、まさか……‼︎ これ全部が〈
「聞ケ、我が目ヲ受けシ汝、魔法名
返答は
決闘が始まってしまえば、オレ達に逃げ場はない。病院に向かうことができない。しかも、この量の〈
かくなる上は……‼︎
「おおア‼︎」
まっすぐ走り、拳を振りかぶる。
やるべき事は単純。宣誓が終わる前に眼を潰す。
改造カメラのフラッシュはダメだ。あれは一度限りしか使えない改造品。限界以上の光量を引き出したことで、もう壊れて使えなくなっている。
だから、直接拳をヤツの目ん玉に叩き込む‼︎
だけど、それは一歩遅かった。
「──神よ、師ヨ。ここニ我、汝に対シ我が魔術を以テ性豪の証を立つル者ナり」
決闘空間が構築される。
テスティスが対戦相手に指名したのは、下半身が吹き飛んだヴィルゴだった。ヤツは用心深く、オレという弱者からの攻撃にも警戒し、完全に無効化できるように用意していた。
神聖な決闘に邪魔な部外者は立ち入れない。
オレの拳はテスティスに届かない。
神の決めた
そんなクソみたいな摂理を『
「あッがァアアアアッ⁉︎⁉︎⁉︎」
メキィッ‼︎ と。
オレの指先がテスティスの眼窩に沈む。
気色の悪い肉の感触、生温く指を汚す赤い体液。
決闘空間の構築から一歩遅れて、オレの指はテスティスの眼球を破壊した。
「ごがアっ⁉︎ ……ナッ、ナゼ貴様が〈
「うるせぇバーカ‼︎
もう一度右手を振るう。今度は素手ではない。
その手に握りしめられたのは
バチィ‼︎ と、棒が雷光を放つ。
だが、その電撃がテスティスの肉体を貫くことはなかった。
「──
目から血を垂れ流すテスティス。
しかし、その身体には傷一つない。
スタンガンの電撃も、打ち付けられた鉄の痛みもない。そのどちらも、テスティスの皮膚に弾かれたのだ。
それこそは、テスティスの持つ魔術の一つ。
獅子座の由来、ネメアの獅子の再現。今のテスティスの皮膚はたとえ
「ちッ、
「……………………それは、反則だろ!」
テスティスの背後、虚空から現れた水瓶はテスティスを全身を水で濡らす。それと同時、テスティスの眼球は何事もなかったかのように修復していく。
水瓶座の由来、
(いや、待て。癒しの水? それなら……)
その案を思いつくと、オレはいつの間にか走り出していた。
「何度も同ジ手を食らウと思うナヨ‼︎」
テスティスはチンポジを調整する。
……いや、あれは多分魔術を発動する為の動作だ。
だが、その動きを無視してオレはテスティスの瞳を見ていた。その虹彩の全てを見て、撮影して、コンタクトレンズに映し出す。
加えて、その作業と並行して魔力を練る。
オレが魔術を使ったのは一度だけ。それも、儀式を整えたのはほとんどがヴィルゴで、最後にディルドをへし折っただけだが。
それでも、分かることが一つある。多分、魔力を練り方には呼吸法が関係している。今まで見てきた魔術師、その全てにおいて肺の動き方や心拍数が異常だった。
それらを数値化し、自らの肉体に反映する。
「イケる……‼︎」
相手と同じ虹彩という『類感』。
相手の目の肉片という『感染』。
二つの原理は満たされた。
今ここに、その魔術は発動の時を迎える。
「ナニを…………、……ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
ガクンッ‼︎ と。
テスティスが膝を突く。
テスティスはアレイスター・クロウリーの霊的蹴たぐりを思い浮かべたが、頭が即座に否定する。
「膝ヲ強制的に曲げられタんじゃナイ。筋肉ヘノ伝達が阻害されタ……神経ガおかしくなっタ。
「御名答ッ‼︎」
オレが行った魔術は視界のジャックだ。
ヴィルゴが
その上で、視界を点滅させることで電気信号を狂わせた。あらかじめ網膜細胞と脳の接続をカットしていたオレとは異なり、点滅を直視したテスティスの脳は今頃めちゃくちゃになっている。
ダンッ‼︎ と踏み込む。
目的はテスティス、ではなくその背後。
紐を解いていた上の水着を脱ぎ去り、胸を収める部分に水瓶から溢れる水を溜める。
防水加工された水着は一滴も溢すことなく、オレの胸が大きかったから溜められる水の容量もそれなりに大きい。
そして、それを持ってヴィルゴの元へ急いで戻る。
「まッ、待テぇええええええええええッ‼︎‼︎‼︎」
「誰が待つかバーカ‼︎」
ここでテスティスと戦うメリットなんかない。
目的を見誤るな。テスティスに勝つことなんてどうでもいい。オレが最優先するべきなのはヴィルゴを助けることだ。
ヴィルゴの下半身に溜めた水をかけ、修復を待たずに彼女を背負う。
「仕切り直しだ、テスティス。チンポジ整えて待っとけ‼︎」
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆アレイスター・クロウリーとは、19世紀ロンドンに存在した伝説の魔術師。魔術結社〈
◆現代魔術──射精魔術はアレイスターが提唱した性魔術を基礎として構築されている。その為、射精魔術はセレマ宇宙論と相性が良い。
◆霊的蹴たぐりとは、アレイスターが使用する魔術の一つ。相手の呼吸や姿勢を真似て、『類感』によって自分の動きを相手に強制させる霊的ヒザカックンのこと。
◇◇◇◇◇◇
「……ぅぅ…………、ここは……?」
「目ぇ覚めたか?」
耳元から声が聞こえる。
どうやら、ヴィルゴの意識が戻ったようだ。
「足はどうだ? 見た目は治ってるけど動かせるか?」
「……少し動きますが、歩けるほどではありませんわね」
「水の量が足りなかったか……‼︎」
「いいえ、動かないのは足だけじゃありませんわ。おそらく、怪我とは別の要因ですわね」
「……?」
そう言うと、ヴィルゴはたどたどしい手つきでボロボロの黒衣を
白すぎる程に穢れのない肌が眩しい。
……というか、まさかとは思うがコイツ……ノーパンか……⁉︎
「ここですわ。見てください」
「ちょッ、お前っ、こんなナリでもオレは一応男だぞ⁉︎」
「? …………ぅえっ⁉︎ どっ、何処見てますの! セージの変態‼︎」
「お前が見ろっつったんだろうが‼︎」
「そこではありませんわよ‼︎ ここ! ここの傷跡ですわ‼︎」
眩しい
そこには確かに、目を覆いたくなるような傷跡があった。しかし、その中でも一際目立つ異質な七つの跡があった。
それはまるで、銃創のような。
「なんだ、これ……?」
「テスティスの攻撃を覚えていますか?」
「ヴィルゴの下半身を吹き飛ばした
「
「テスティスの魔術は、十二星座にまつわるエピソードを再現するものですわ。一説によると、乙女座はペルセポネを表している。間違いなく、冥界下りの
「……なぁ、乙女座って確か」
「ええ、
ヴィルゴは引き攣るように笑みを浮かべる。
彼女はもう限界なのだ。それこそ、笑うことすら難しいほどに。
白い肌は創だらけ、服もズタボロ、鋼色の髪も血と泥で元の色が見えなくなるほどに汚れている。誰が見ても目を覆いたくなるような有様。
だけど、それでもヴィルゴは美しかった。泥中の蓮の如く、彼女の美しさは穢れごときで損なわれることはない。
「果実の爆発と共に、中に詰まった無数の種子が弾けました。
「つまり、7粒食らったヴィルゴは12分の7が死んでいるから、身体が言うことを聞かないって訳か」
「魔術師は生命力を魔力に変換して魔術を使用しますわ。今の状態じゃ、本来の力の半分も発揮できません。決闘に特化した魔術師殺しの一撃ですわね」
話を纏めると。
戦えるのはオレだけ、ヴィルゴの支援は期待できないということか。
ルールの穴を突くことはできない。
ヴィルゴの力は借りられない。
敵は魔術世界の1%を牛耳る魔術師。
ヴィルゴさえ感嘆する決闘専門の魔術師殺し。
……上等じゃねぇか。
「だったら、正面からテスティスを打ち破るしかねぇよなぁ‼︎」
気合いが入る。
ヤツはヴィルゴを花嫁にすると言った。穢れなき
まさに冥界下り。ヴィルゴを地獄に堕とすなんて許せるか。
そもそもの話、オレは魔術師が気に食わない。
『射精魔術』が中心の世界──男が上位で女が下位だと決めつけられた世界。まったく、いつの時代の話だ。
前世紀の
「……分かっていますの? 貴方は
「なら、魔術戦に持ち込まなきゃいい」
「それはどういう……?」
生命剥奪の
攻撃無効の防御。
肉体再生の水。
どれもこれも滅茶苦茶だ。オレなんかが敵う相手じゃない。
だけど、それらの魔術は常時・即時に発動できるものじゃない。でなければ、オレの目潰しは通らなかったし、防御と修復は同時に行われるはずだった。
「テスティスは十二の強力な魔術を使うかもしれないが、それらを同時に使うことはできない。必ず切り替える必要がある。そして、切り替えの瞬間にチンポジを弄っていた」
「…………陰茎、ではありませんわ。触れていたのは睾丸、テスティスは睾丸と天球を照応させていたのでしょう」
「照応……?」
「『類感』を働かせていた、ということですわ。睾丸と天球を同一のものと見做し、精子から星を作り上げたのですわ」
反射的に、上空に浮かぶ星々を見上げる。
あれら一つ一つがテスティスの精子だっていうのか……⁉︎
「星を一から作り上げるなんてできるのか⁉︎」
「見かけ上のものに過ぎませんわよ。ですが、星座魔術においては星そのものよりも、地球から見える星の光が重要なのですわ」
「プラネタリウムみたいなもんか……?」
「大体合ってますわ。テスティスは生贄に捧げた精子を星にして、夜空に星座を生み出している。神が死した人を星座として天に上げるギリシャ神話そのものですわね」
「人は死んだら星になるってヤツか……」
「あら、分かっているじゃありませんか。神話や伝承だけでなく、いわゆる迷信も魔術を効率的に使うための道具となりますわ」
それなら、キスしただけで子供を産ませることもできるのかなぁ……、と関係ない方向へ思考が飛ぶ。
疲れているな。星を作る相手との戦いが控えているというのに、頭を冷やさなければ。
「まったく、発想は良いのに詰めが甘い魔術ですわ。空の天球と男の象徴たる睾丸を照応させるなどと……。
「……うん? ギリシャ神話って、
「そこからですわね。そもそも『射精魔術』にギリシャ神話を混ぜている時点で無駄ですわ。『射精魔術』はクロウリーの性魔術を基礎としているのですから、セレマの神格と対応させるのが基本でしょうに」
「どういう──」
説明の意味が分からず聞き返す。
しかし、返答はなかった。
何故なら。
──ヴィルゴの
瞬間。
音も光も吹き飛んだ。
そして。
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆セレマとは、アレイスター・クロウリーが提唱した宗教。ヌイト、ハディート、ラー・ホール・クイトなどの神格が登場する。
◆女神ヌイトは、セレマ宇宙論における第一神。夜空を象徴する神で、万物の究極の源だと考えられている。
◆男神ハディートは、セレマ宇宙論における第二神。地球を象徴する神で、無限小へと収縮を続ける球体と表現される。
◆ラー・ホール・クイトは、セレマ宇宙論における第三神。太陽を象徴する神で、ヌイトとハディートの結合により生まれる。
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