ヘイ・ディルド・ディルド(2)
「それで? 何か策はありますの?」
「ないね。そもそもルールさえ良く分かってねぇのに思い付く訳ねぇだろ」
オレの発言を予想していたのか、ヴィルゴは期待外れのような顔をすることなく、何やら考え込んでいる。
現在、オレ達は作戦会議を行っていた。
アドゥルテルがこの階に乗り込んで来るまでの短い間、ヤツを打倒するための方法を探っている。
そこでふと、疑問に思ったことをヴィルゴに尋ねる。
「……そもそも、アンタは何ができるんだ?
「
「『類感』と『感染』……?」
「ええーと…………めんどくさいですわね。それは後から説明しますわ。兎に角、
オレからすればそれも凄いものに思えるが、なぜかこちらの魔術が無効化される状況じゃ大した意味がない。
困ったものだと頭を悩ませる。
「……そういう貴方は何ができますの?」
「見ての通り何も出来ねぇよ。この
「ふふん。あらあら、随分と役立たずですわね…………………………いえ、お待ちくださいまし」
ヴィルゴは、ハッとした顔でこちらを見つめる。
そして、今までで一番動揺した震える声で呟いた。
「貴方、どうして私の手を掴めているのですか……?」
ヴィルゴが見つめる先は彼女の腕を掴む右手。
勝手に戦いに行こうとする彼女を止めるため、掴んだままになっていた手だった。
「は? 何を言ってんだ?」
「〈
そうか、彼女の手を掴むのも、アドゥルテルの攻撃を防ぐのも、対戦相手以外からの干渉に当たるのか。
考えてみれば、当たり前。だが、今更な疑問が浮かぶ。
オレが襲われた理由は宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉だけだと思っていた。だけど、もしかしたら。
(……オレ自身に魔術に関係するナニカがあった……?)
ヴィルゴの腕を離し、思わず自分の掌を眺めてしまう。
「…………儀式に介入できる特殊体質……? いえ、ですが〈
ヴィルゴもヴィルゴで、考えが纏まったようだ。
その目には、先ほどまでの敗北を覚悟した悲壮感はない。
瞳の奥に宿るのは、勝ちを確信した絶対的な自信だった。
「貴方のその『
「いいよ、何でも言ってくれ」
ヴィルゴは「何でも」という言葉を聞いてほくそ笑んだ。
その顔は、まさしく魔女に相応しい悪辣さであった。
「では、文字通り何でもヤって貰いますわよ。セージ?」
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆類感と感染とは、魔術を成立させる基礎となる二つの原理のこと。全ての魔術は大雑把に分類すると、この二つに分かれると言う。
◆類感とは、形の似たもの同士は相互に影響し合うという原理。身近な具体例で言うと、てるてる坊主を吊り下げることは、太陽と似た形を作る事で晴れを呼ぶ儀式である。
◆感染とは、一度接触したもの・一つのものであったものは相互に影響し合うという原理。身近な具体例で言うと、卒業式に第二ボタンを渡すことは、心臓に近い胸と接触していたボタンを渡す事で繋がりを強固にする儀式である。
◇◇◇◇◇◇
ペタンペタン、と。
アドゥルテルは一歩ずつ階段を上がる。
その周囲には、アドゥルテルを守るように空中を浮遊して飛び回る
そして、階段を登った先には魔女が待ち構えていた。
「随分と遅かったですわね。遅漏は嫌われますわよ?」
「まだ男を経験しても無い
邂逅一番、悪態を交わす。
既に対戦相手と話すことはない。
そんな余地があるのなら決闘は始まっていない。
「
「あらあら、自らの欲を満たすことしか能がない
「魔女がよく言うぜぇ。オナニーを繰り返してんのはキミ達の方だろうがぁ。処刑される魔女の特徴を忘れたとは言わせないぜぇ?」
「それは魔女狩りの言いがかりだと知りませんでしたの〜〜〜? 伝統のない新米魔術師は随分と無知ですこと」
「減らず口を叩くなぁ、
だからこそ、これも単なる挑発ではない。
魔術とは、魔術師の精神状態に大きく左右される術である。つまり、口撃も魔術戦においては攻撃の一種なのだ。
「分かっているじゃありませんか。〈
「考えるまでもないぜ。当ててやる、
「…………っ⁉︎」
「いかにも古臭い魔女の末裔が考えそうなことだぜぇ‼︎ 時代は既に移り変わってるっていうのになぁッ‼︎」
言葉と同時。
見破られたヴィルゴが動揺する隙を突くように、一斉に全ての
そして、息をつく暇もなく戦いの火蓋が切られた。
ボボボボボッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
一発ごとに天使の力が込められた、ソドムとゴモラを滅ぼした硫黄の火。ヴィルゴの魔術を無効化する浄化の火。
対するヴィルゴは、人差し指から指輪を外す。
そして、彼女を襲う弾幕に指を差した。
直後のことだった。
恐るべき火の矢の雨は一瞬にして消滅した。
「………………は?」
「貴方の魔術無効化術式の
呆然とするアドゥルテルを放って、ヴィルゴは当然のように相手の魔術を指摘した。
「一部の地域では、処女が性交の際に出す血を穢れと見做していましたわ。それを避けるため、通過儀礼として
「それが分かったからと言って、キミには何もできない‼︎ そのはずだぜ⁉︎」
「魔女の人差し指は呪い指。
「それに何の意味が──」
「分かりませんか?
「…………ッッッ⁉︎」
アドゥルテルは悔しさを滲ませて拳を握る。
本来ならば、こうも上手くはいかない。
呪いとは穢れそのものだ。ディルドから放たれた魔術を呪った所で、呪いが無効化されて終わりだ。
だけど、例外はある。
ヴィルゴとアドゥルテルでは魔術の腕が段違いだった。魔術の発動までの時間に大幅な差があった。それこそ、浄化する暇もなく呪いが発動するほどに。
「……まだだぜッ‼︎ キミが呪えるのはディルドから放たれた魔術のみ! ディルド自体を呪うことはできない! 後は手数の問題だぁ‼︎ 指一本しかないキミと違って、こっちには全部で100本の
100本の
ただでさえ脅威であるその数の暴力は、〈
〈
そして、アドゥルテルの
「さぁ、いつまで保つのか見物だぜぇ‼︎」
「させるとお思いで?」
ボフッッッ‼︎ と。
足元から白い煙が広がる。
アドゥルテルは反射的に口元を押さえた。
魔女の粉薬。力量差を見せつけられて揺らいだアドゥルテルの魔術を前に、ヴィルゴが用意した秘密兵器。
(毒かぁ⁉︎ 心を整えろ‼︎ まだこちらが優勢ッ、浄化術式を絶やしさえしなければ問題なく勝てる相手だぜぇッ‼︎)
展開していた
魔術を無効化する術式でその身を守る。
そして──
「───残念、
直後。
天井から垂直に落ちて来たオレが、アドゥルテルの背中をナイフで斬り付けた。
「…………ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」
虚空から突然に現れたように見えただろうが、実際はそう不思議なことじゃない。
加えて、白い煙での目眩しはアドゥルテルの視界を妨害するが、オレの
そして、
死角から来たる第三者。
背中を走る赤い
あり得るはずのない『
度重なる混乱に、アドゥルテルは思考が止まる。
そんなアドゥルテルにもう一撃加えようと、オレはナイフを振るい──
──ゴッ‼︎ と。
「ごがっ、げばあ⁉︎」
「セージ‼︎」
何度も見た
アドゥルテルの思考が止まっていたからか、それとも別の要因のせいか、オレを襲ったのは飛行する
しかし、それでも巨大な鉄の塊にぶつかったと錯覚するような威力を感じた。まるで、前世紀に存在した交通事故のようだ。
「……どういう
アドゥルテルは戦闘専門の魔術師。細かい理屈を後回しにして、頭を切り替え混乱から回復することができる。
「自信満々だから何か策があるのかと警戒していたが、こんな物かぁ……。もう終わりだぜ、〈
「ええ、終わりですわよ。……貴方のね?」
「────は?」
その瞬間、アドゥルテルの瞳は不審な動きを捉えた。
それは、オレの手にあるもの。
すなわち、アドゥルテルのディルドだった。
「………………おい、待て」
一番初め、この廃ビルに入った時。
オレはアドゥルテルにディルドを渡された。
恐らく、ヤツはオレが同じ境遇の魔術師なんだと誤解したのだ。だからこそ、そんな風に親切を働いた。それが最悪の結果となって返る。
アドゥルテルが使うディルドは量産品。100本のディルドに個体差などなく、全てが同じ形をしたディルドだった。
加えて、ディルドに巻き付けられた紙には、
「待て待て待て待て待て待て待て待てぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ‼︎‼︎‼︎」
「うるせぇ、とっとと
バギィッ‼︎ と。
オレはディルドを膝でへし折った。
同じ形のディルド。
術者のものであった血。
『類感』と『感染』、二つの原理は満たされた。
よって、ここに一つの
そして、ゴッギャッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
全てのディルドが同時にへし折れた。
これこそが、ヴィルゴの考えた策。
オレが不意打ちの魔術でアドゥルテルを倒すというもの。
魔術師として
術式として近いのは、丑の刻参りらしい。藁人形の中に対象の髪を入れ、それを釘で打つことで呪いをかける魔術。これは、藁人形と人間という『類感』の原理と、対象の髪という『感染』の原理を利用している。
今回の魔術は、丑の刻参りを同じ形のディルドという『類感』の原理と、術者の血という『感染』の原理で置き換えただけだ。そして、魔女じゃないオレの魔術を、アドゥルテルは無効化できない。
「はぁはぁ……ヤッたか?」
「ええ、ヤリましたわ。〈
ドサッ、と。
アドゥルテルは地面を膝につき、涎を垂らして白目を剥いている。何処からどう見ても意思がない。
最後に、敗北したアドゥルテルに向かって、ヴィルゴは吐き捨てるように言った。
「もう聞こえてないでしょうが、貴方の敗因は初歩を甘く見たこと……ただ、それだけですわ」
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆
◆
◆ただし、本当に
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