ヘイ・ディルド・ディルド(2)




「それで? 何か策はありますの?」

「ないね。そもそもルールさえ良く分かってねぇのに思い付く訳ねぇだろ」


 オレの発言を予想していたのか、ヴィルゴは期待外れのような顔をすることなく、何やら考え込んでいる。


 現在、オレ達は作戦会議を行っていた。

 アドゥルテルがこの階に乗り込んで来るまでの短い間、ヤツを打倒するための方法を探っている。

 そこでふと、疑問に思ったことをヴィルゴに尋ねる。


「……そもそも、アンタは何ができるんだ? ディルド野郎アドゥルテルは爆発みたいな派手な現象を引き起こしてたけど、アンタも同じことができんのか?」

わたくしには無理ですわよ。魔術とは、『類感』と『感染』の原理によって成立する遠回りな方法なのですわ。わたくしの魔除けだって、本当に魔除けの効果で攻撃を防げたのか、それとも偶然当たらなかっただけなのか、判別がつかないほど曖昧なもの。例外はそれこそ、『射精魔術』くらいのものですわよ」

「『類感』と『感染』……?」

「ええーと…………めんどくさいですわね。それは後から説明しますわ。兎に角、わたくしはあくまで調薬専門の魔女。使える魔術も、虫除けやら暗示やらの初歩的な魔術ばかりで、派手なものと言ったら空飛ぶ膏薬くらいのものですわね」


 オレからすればそれも凄いものに思えるが、なぜかこちらの魔術が無効化される状況じゃ大した意味がない。

 困ったものだと頭を悩ませる。


「……そういう貴方は何ができますの?」

「見ての通り何も出来ねぇよ。このAR携帯電話コンタクトレンズに入ってる機能を幾つか使えるぐらいか?」

「ふふん。あらあら、随分と役立たずですわね…………………………いえ、お待ちくださいまし」


 ヴィルゴは、ハッとした顔でこちらを見つめる。

 そして、今までで一番動揺した震える声で呟いた。



……?」



 ヴィルゴが見つめる先は彼女の腕を掴む右手。

 勝手に戦いに行こうとする彼女を、掴んだままになっていた手だった。


「は? 何を言ってんだ?」

「〈魔術決闘ペニスフェンシング〉の規則の三ッ、! 先程、わたくしを庇ったこともそうです! ‼︎」


 そうか、彼女の手を掴むのも、アドゥルテルの攻撃を防ぐのも、対戦相手以外からの干渉に当たるのか。

 考えてみれば、当たり前。だが、今更な疑問が浮かぶ。


 オレが襲われた理由は宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉だと思っていた。だけど、もしかしたら。


(……オレ自身に魔術に関係するナニカがあった……?)


 ヴィルゴの腕を離し、思わず自分の掌を眺めてしまう。


「…………儀式に介入できる特殊体質……? いえ、ですが〈魔術決闘ペニスフェンシング〉は神判を代理する神聖な決闘ですわよ? 或いは……いえ、今重要なのはそこではありませんわね」


 ヴィルゴもヴィルゴで、考えが纏まったようだ。

 その目には、先ほどまでの敗北を覚悟した悲壮感はない。

 瞳の奥に宿るのは、勝ちを確信した絶対的な自信だった。


「貴方のその『横紙破りルールファック』とでも呼ぶことができる体質を活用すれば、勝ち目があるかもしれませんわ。ただし、一つお願いがありますわ」

「いいよ、何でも言ってくれ」


 ヴィルゴは「何でも」という言葉を聞いてほくそ笑んだ。

 その顔は、まさしく魔女に相応しい悪辣さであった。



「では、文字通りヤって貰いますわよ。セージ?」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆類感と感染とは、魔術を成立させる基礎となる二つの原理のこと。全ての魔術は大雑把に分類すると、この二つに分かれると言う。

◆類感とは、形の似たもの同士は相互に影響し合うという原理。身近な具体例で言うと、てるてる坊主を吊り下げることは、太陽と似た形を作る事で晴れを呼ぶ儀式である。

◆感染とは、一度接触したもの・一つのものであったものは相互に影響し合うという原理。身近な具体例で言うと、卒業式に第二ボタンを渡すことは、心臓に近い胸と接触していたボタンを渡す事で繋がりを強固にする儀式である。




 ◇◇◇◇◇◇




 ペタンペタン、と。

 アドゥルテルは一歩ずつ階段を上がる。

 その周囲には、アドゥルテルを守るように空中を浮遊して飛び回る代替魔杖ディルドの姿があった。その姿は、まるでロボットアニメの無線操作小型攻撃端末ビットのようでもあった。


 そして、階段を登った先には魔女が待ち構えていた。



「随分と遅かったですわね。遅漏は嫌われますわよ?」

「まだ男を経験しても無い未通女おぼこがよく言うぜ‼︎」



 邂逅一番、悪態を交わす。

 既に対戦相手と話すことはない。

 そんな余地があるのなら決闘は始まっていない。


宗聖司そうせいじはどうしたぁ? 無様にも一般人に護られて、責任の重さに耐えきれなくなって見捨てたのかなぁ〜?」

「あらあら、自らの欲を満たすことしか能がない灰魔術師グレイウィザードがよくほざきましたわね。それほど快楽に耽りたいならば、一人で自慰オナニーでもヤってればよろしいのに」

「魔女がよく言うぜぇ。オナニーを繰り返してんのはキミ達の方だろうがぁ。処刑される魔女の特徴を忘れたとは言わせないぜぇ?」

「それは魔女狩りの言いがかりだと知りませんでしたの〜〜〜? 伝統のない新米魔術師は随分と無知ですこと」

「減らず口を叩くなぁ、魔杖ペニスを持たない魔女おんなの分際でぇ……‼︎」


 だからこそ、これも単なる挑発ではない。

 魔術とは、魔術師の精神状態に大きく左右される術である。つまり、も魔術戦においては攻撃の一種なのだ。


「分かっているじゃありませんか。〈魔術決闘ペニスフェンシング〉の規則の六、魔杖ペニスの破壊が敗北の証となる。魔杖ペニスを持たないわたくしの、何が魔杖ペニス扱いされているか気づかねば勝ち目はないのではなくって?」

「考えるまでもないぜ。当ててやる、悪魔の乳首クリトリスだろぉ?」

「…………っ⁉︎」

「いかにも古臭い魔女の末裔が考えそうなことだぜぇ‼︎ 時代は既に移り変わってるっていうのになぁッ‼︎」


 言葉と同時。

 見破られたヴィルゴが動揺する隙を突くように、一斉に全ての代替魔杖ディルドが起動する。

 そして、息をつく暇もなく戦いの火蓋が切られた。


 ボボボボボッッッ‼︎‼︎‼︎ と。

 機関銃のような魔弾ひのやのあめが放たれる。

 一発ごとに天使の力が込められた、ソドムとゴモラを滅ぼした硫黄の火。ヴィルゴの魔術を無効化する浄化の火。


 対するヴィルゴは、人差し指から指輪を外す。

 そして、彼女を襲う弾幕に指を差した。



 

 



「………………は?」

「貴方の魔術無効化術式のかなめ張形ディルド、ですわね?」


 呆然とするアドゥルテルを放って、ヴィルゴは当然のように相手の魔術を指摘した。


「一部の地域では、処女が性交の際に出す血をと見做していましたわ。それを避けるため、通過儀礼として張形ディルドが用いられることがある。……つまり、使

「それが分かったからと言って、キミには何もできない‼︎ そのはずだぜ⁉︎」

「魔女の人差し指は呪い指。わたくしが指差したものには呪いがかけられますわ。そして、わたくしが込めた呪詛はごく簡単。『自分より劣位であれ』、ただそれだけ。他者を自己よりも下に蹴落とすだけのありふれた嫉妬のろいですわ」

「それに何の意味が──」

「分かりませんか? わたくしより劣位ということは、わたくしよりも穢れているということ。天使の力を扱うことで穢れという判定を誤魔化していたのでしょうが、わたくしに指差された魔術は穢れそのものとなりますわ。ならば、?」

「…………ッッッ⁉︎」


 アドゥルテルは悔しさを滲ませて拳を握る。

 本来ならば、こうも上手くはいかない。

 呪いとは穢れそのものだ。ディルドから放たれた魔術を呪った所で、呪いが無効化されて終わりだ。


 だけど、例外はある。

 ヴィルゴとアドゥルテルでは魔術の腕が段違いだった。魔術の発動までの時間に大幅な差があった。それこそ、


「……まだだぜッ‼︎ キミが呪えるのはディルドから放たれた魔術のみ! ディルド自体を呪うことはできない! 後は手数の問題だぁ‼︎ 指一本しかないキミと違って、こっちには全部で100本の代替魔杖ディルドがあるッッッ‼︎」


 100本の代替魔杖ディルド

 ただでさえ脅威であるその数の暴力は、〈魔術決闘ペニスフェンシング〉においてはより恐ろしいものへと変貌する。


 〈決闘規則ペニスフェンシング〉、規則の六。

 魔杖ペニスの破壊が敗北の証明となる。逆に言えば、四肢がもがれようが心臓が止まろうが魔杖ペニスが破壊されない限り敗北することはない。

 そして、アドゥルテルの代替魔杖ディルドは決闘において魔杖ペニス扱いされるアイテムである。100本の代替魔杖ディルドを全て破壊しなければ、アドゥルテルに勝つことはできない。


「さぁ、いつまで保つのか見物だぜぇ‼︎」

「させるとお思いで?」


 ボフッッッ‼︎ と。

 足元から白い煙が広がる。

 アドゥルテルは反射的に口元を押さえた。

 魔女の粉薬。力量差を見せつけられて揺らいだアドゥルテルの魔術を前に、ヴィルゴが用意した秘密兵器。


(毒かぁ⁉︎ 心を整えろ‼︎ まだこちらが優勢ッ、浄化術式を絶やしさえしなければ問題なく勝てる相手だぜぇッ‼︎)


 展開していた代替魔杖ディルドを集める。

 魔術を無効化する術式でその身を守る。


 そして──




「───残念、はったりブラフですわ」



 

 



「…………ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎」



 虚空から突然に現れたように見えただろうが、実際はそう不思議なことじゃない。

 手品マジックの種は簡単。オレはヴィルゴから空飛ぶ膏薬を塗られていた。その力で、天井付近で浮かんでいただけだ。

 加えて、白い煙での目眩しはアドゥルテルの視界を妨害するが、オレのAR型携帯電話コンタクトレンズはサーモグラフィーのようにアドゥルテルの体温を感知する。オレだけは煙の中でも自由に動ける。

 そして、魔術穢れ無効化浄化する術式は、物理的な攻撃を無効化できない‼︎


 死角から来たる第三者。

 背中を走る赤いいたみ

 あり得るはずのない『横紙破りルールファック』。


 度重なる混乱に、アドゥルテルは思考が止まる。

 そんなアドゥルテルにもう一撃加えようと、オレはナイフを振るい──



 ──ゴッ‼︎ と。

 代替魔杖ディルドによる自動防衛で吹き飛ばされる。


「ごがっ、げばあ⁉︎」

「セージ‼︎」


 何度も見た魔弾ひのやではない。

 アドゥルテルの思考が止まっていたからか、それとも別の要因のせいか、オレを襲ったのは飛行する代替魔杖ディルドによる衝突だった。

 しかし、それでも巨大な鉄の塊にぶつかったと錯覚するような威力を感じた。まるで、前世紀に存在した交通事故のようだ。


「……どういう反則トリックだぁ? 洗脳することで、対戦相手からの間接的な干渉だと誤認させた……? ……いや、今はどうでもいいぜ」


 好機チャンスは過ぎ去る。

 アドゥルテルは戦闘専門の魔術師。細かい理屈を後回しにして、頭を切り替え混乱から回復することができる。


「自信満々だから何か策があるのかと警戒していたが、こんな物かぁ……。もう終わりだぜ、〈鋼鉄の処女アイアンメイデン〉」

「ええ、終わりですわよ。……?」

「────は?」


 その瞬間、アドゥルテルの瞳は不審な動きを捉えた。


 それは、オレの手にあるもの。

 すなわち、


「………………おい、待て」


 一番初め、この廃ビルに入った時。

 オレはアドゥルテルにディルドを渡された。

 恐らく、ヤツはオレが同じ境遇の魔術師なんだと誤解したのだ。だからこそ、そんな風に親切を働いた。


 アドゥルテルが使うディルドは量産品。100本のディルドに個体差などなく、


 加えて、ディルドに巻き付けられた紙には、アドゥルテルAdulter魔法名なまえが血文字で書かれている。そして、


「待て待て待て待て待て待て待て待てぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ‼︎‼︎‼︎」

「うるせぇ、とっととっちまえッッッ‼︎‼︎‼︎」


 バギィッ‼︎ と。

 


 同じ形のディルド。

 術者のものであった血。

 『類感』と『感染』、二つの原理は満たされた。



 よって、ここに一つの魔術のろいは成った。



 ‼︎‼︎‼︎ 

 



 これこそが、ヴィルゴの考えた策。

 オレが不意打ちの魔術でアドゥルテルを倒すというもの。


 魔術師として未経験者どうていのオレでも使えるように、使った魔術は非常に簡単なものだった。

 術式として近いのは、丑の刻参りらしい。藁人形の中に対象の髪を入れ、それを釘で打つことで呪いをかける魔術。これは、藁人形と人間という『類感』の原理と、対象の髪という『感染』の原理を利用している。

 今回の魔術は、丑の刻参りを同じ形のディルドという『類感』の原理と、術者の血という『感染』の原理で置き換えただけだ。そして、魔女じゃないオレの魔術を、アドゥルテルは無効化できない。


「はぁはぁ……ヤッたか?」

「ええ、ヤリましたわ。〈魔術決闘ペニスフェンシング〉の規則の七、敗者は約一日間魔力枯渇テクノブレイクに陥る。もう魔術で抵抗することも、勝者の命令を拒むことも出来ませんわ」


 ドサッ、と。

 アドゥルテルは地面を膝につき、涎を垂らして白目を剥いている。何処からどう見ても意思がない。

 最後に、敗北したアドゥルテルに向かって、ヴィルゴは吐き捨てるように言った。



「もう聞こえてないでしょうが、貴方の敗因は……ただ、それだけですわ」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


横紙破りルールファックとは、魔術決闘ペニスフェンシングの規則の三を無視して、決闘中の魔術師に干渉できる宗聖司そうせいじの特殊体質(仮)のこと。

魔術決闘ペニスフェンシングにおいて、外的要因からの干渉は神の力を借りた魔法円によって無効化されている。即ち、それを無視できることは、あらゆる神殿・聖域を破壊できる性質を持つことに他ならない。

◆ただし、本当に横紙破りルールファックという特殊体質が存在するかは定かではない。名前や性質は、あくまでヴィルゴの予想に過ぎない。


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