ヘイ・ディルド・ディルド(1)
「始まりますわよ、〈
「……ぺにす、ふぇんしんぐ……????」
なっ、なんだそのトンチキな名前は……⁉︎
一旦、客観的にこの場を見てみよう。
床や天井に広がる魔法陣、廃ビルに充満するピンク色の煙。
中にいるのは三人の女、全員が薄着。
水着にパーカーを羽織っただけの女(オレ)。
超々ミニの水着を着てディルドを握りしめる女(アドゥルテル)。
ボディライン丸わかりの黒衣を纏った女(ヴィルゴ)←New‼︎
痴女の集会か……?
そんな風に頭を悩ませている間にも、アドゥルテルがぶち撒けたピンク色の液体は煙となって薄く広がっていく。
「なんだコレ? 体温が上がって、心臓がバクバクしてる。多分、血流も速くなってんな。興奮作用のある
「これは〈
「……名前自体は下ネタみたいなのに、理由はちゃんとしてることが分かった」
ヴィルゴが説明してくれるが、あまり頭に入らない。
どういうテンションで聞けばいいんだろうか。
美少女が真面目な顔で下ネタ言ってるのって逆に反応に困るな。照れていたらまだ興奮できたのだが、真顔すぎて医者の診察と同じ気分だ。
それは兎も角、魔術とかいうオカルトの真偽はひとまず置いておいて、魔術を使いやすくする為の補助器具みたいなものか。運動で言う所のドーピングが近いだろう。
「それだけじゃねぇぜ。〈
「オレもかっ⁉︎」
「いいえ。〈
アドゥルテルの言葉に焦るが、ヴィルゴに落ち着かされる。
……そのヴィルゴが余計な一言を付け加えるまでは。
「ただし、敗北時のペナルティが適用されることになったとしても大して変わりませんわ。どうせ私が勝つのですし」
ピキッ、と。
アドゥルテルのこめかみに青筋が浮かぶ。
その一言は、魔術師の
「…………それは、〈
「ええ。挑戦者と被挑戦者、戦闘専門の魔術師と調薬専門の魔女、最先端の『射精魔術』と時代遅れの
「…………ッ‼︎」
直後。
ボボボボボッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
ディルドから架空の熱量が出力される。
それも一撃ではない。
威力は一撃ごとが雷にも匹敵する。宇宙エレベータを設計する上で気象学にも精通する必要があったオレでさえ、そう思ってしまうほどの轟音と爆風であった。
だけど。
オレがそう思えるだけの余裕はあった。
ヴィルゴが行ったのは簡単なことだった。
まるで傘を作るように、人差し指で空中に逆三角形を描いた。ただ、それだけ。
それだけで、魔弾の方が逆三角形を避けるように逸れた。
「なぁッ……⁉︎」
「火の矢の雨……ソドムとゴモラを滅ぼした硫黄の火ですわね?」
「なぜっ、……なぜだぁ⁉︎」
「ですが、硫黄の火を落としたのは大天使ガブリエル。かの者は水属性が当てられていますわ。対して、貴方の
「アブラカタブラだとッ⁉︎ そんな初歩中の初歩でどうして天使の力を防げた……⁉︎」
「天使というネームバリューを過信しましたわね? 貴方の魔術は
一瞬の攻防。
しかし、それだけで両者の優劣が明らかになった。
アドゥルテルはギリギリと歯を食い縛り、ヴィルゴはそんな彼女の様子を嘲笑う。
「そんなッ、そんなはずはない‼︎ ボクはかつてハーレム50にも
「ええ、よろしくってよ。納得するまで試しなさい。貴方が絶望するまで待ってあげますわ」
再び、同じ光景が繰り返される。
アドゥルテルはディルドを振るい、ヴィルゴは逆三角形を描く。
だけど、オレは嫌な予感に襲われた。
アドゥルテルの口元がほんの少し歪んでいた。
宇宙エレベータの利権をめぐって、経済界の怪物共と交渉の場で鎬を削ってきたオレには分かる。あれは、何か秘策がある者のする顔だ。
オレには魔術なんてものは分からない。
今の一瞬だけを見れば、ヴィルゴの方が魔術の腕は上なのかもしれない。
だけど、彼女は言っていた。自分は戦闘の専門家ではない、と。だとすれば、マズイ。たとえボクシング界のチャンピオンであろうとも、殺し合いの場ではあっさり殺されることだってあるのだから。
だから、二人の魔術が発動する寸前にオレは動いた。
「あっ……、……え?」
パリィン、と。
ヴィルゴの魔術が砕け散る。
逆三角形の
弾け飛ぶ
ヴィルゴは呆然として避けることもできず──
──だけど、彼女は一切の怪我を負うことはなかった。
だから、オレの背中は炎と矢傷で爛れた。
「あッッッがァァァぁぁぁあああああ⁉︎⁉︎⁉︎」
「ははははははははははははははははははッ‼︎ 人を守るはずの
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いッッッ‼︎‼︎‼︎
あたまがまわらない。
いたみでかんかくがまひする。
だけど、これだけはいわなくちゃ。
「…………な、ぁ、……ゔぃるご…………」
「喋ってはいけませんわ‼︎ 背中の炎はまだ消えてませんの‼︎ 喉まで爛れたますわよ⁉︎」
「……オレが……ぐッ⁉︎ ……、コイツをとめる。から、にげろ」
「ぶははははははははははははははははははッ‼︎ ボクを笑い死にさせる戦略かぁ⁉︎ 哀れすぎるだろキミはさぁ‼︎‼︎‼︎」
…………なに、を……?
「〈
………………、…………。
「いいえ、無駄じゃありませんわ!」
罵声を切り裂く、誰かの声がした。
その誰かは、燃えるオレの体を気にせずに背負い、その熱に汗を垂らしながら階段を登る。
「
「いいぜ、逃げろ! ボクから背を向けて、ケツを振って無様になぁ‼︎ だが、分かってるんだろぉ⁉︎ 決闘空間からは逃げられない! 射精魔術を使えないキミにはその怪我を癒すことはできない‼︎」
声が遠くなる。
視界が暗くなる。
意識が薄くなっていく。
だけど、最後まで胸に感じる誰かの体温だけは消えなかった。
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆
◆名前の由来は、ヒラムシの性行為。決闘の敗者は勝者の雌奴隷となり、女体化することから名付けられた。
◆勝者は敗者から生命力を搾り取り、簡単に強くなることができるため、現代の魔術師は魔術の研鑽よりも決闘に時間をかける。
◇◇◇◇◇◇
「…………ぁ、…………?」
意識が、浮上する。
だけど、頭が回らない。
オレはうつ伏せで地べたに転がっていた。
腕に力を込めて上半身を起き上がらせ、周囲を見渡そうとし──
「〜〜〜〜〜〜ッッッ⁉︎」
「ちょっ⁉︎ まだ動いてはいけませんわよ⁉︎」
──背中を灼く痛みに襲われる。
しかし、痛みが気付け薬の代わりに意識をはっきりとさせた。
オレが失神する前までの記憶を思い出す。
うつ伏せのまま、疑問に思ったことを尋ねる。
「……アドゥルテルはどうした?」
「天井に設置してあったディルドを一つずつ外していますわ。恐らく、次からは浮遊して自律稼働するのでしょうね」
今までは攻撃の方向は一定だったが、次からはそれすらも立体的にぐちゃぐちゃになるのか……。厄介だな。
「そんなことよりも貴方、背中は大丈夫なんですの?
「あー、痛いけど問題ねぇよ。今、
「…………現代の『科学』はそんな事もできますの?」
「これぐらい大した事ねぇよ。脳科学が専門じゃないオレでも出来るんだ、この島じゃそう珍しいことじゃねぇ」
特に、ウチの大学じゃ疲労を感じさせず研究に没頭できる点滅のさせ方が電子ツールになって配布されていた。……一部のバカはそれを更に
「よく分かりませんが、痛く無いのなら良しとしますわ。
ヴィルゴは儚い笑顔でそう言った。
ダメだ、そう思った。
内から溢れる衝動に任せ、頭よりも先に体が動いた。
「待てよ」
痛む身体を無視して。
震える膝を誤魔化して。
オレは無理矢理に立ち上がった。
「あっ、貴方⁉︎ 起き上がっては……‼︎」
「テメェじゃ勝てねぇんだろ?」
「……………………、なんのことですの?」
「惚けてんじゃねぇぞ。理由は分からねぇが、テメェの
「………………いえ、勝ち目ならありますわ。〈
「そんなルールがあるなら相手も警戒してるに決まってる。その上でゆっくりしてるって言うなら、制限時間まではまだまだなんじゃねぇの?」
図星を突かれたのか、ヴィルゴはたじろぐ。
「何を焦ってる? 勝ち目がないのに戦いに挑むとか負けるつもりなのかよ…………いや、待てよ?」
「………………勘がいいですわね」
〈
決闘空間からは決闘が終わるまで出られない。
決闘に敗北してもオレはペナルティを受けない。
だとすれば……。
「わざと負けてオレを外へ逃す気か⁉︎」
ヴィルゴは何も答えない。
その代わり、笑顔でこう言った。
「背中に空を飛ぶ膏薬を塗っておきましたわ。ピンク色の煙が晴れたら、空を飛んでお逃げなさい。痛みが引いたのなら逃げられるでしょう?」
それは、少女の健気な献身で。
それは、魔女のせめてもの償いで。
彼女は自らの身を犠牲にしてもオレを助けようとしてくれた。
だって、それ以外に助かる方法なんてないのだから。
「だからッ、待てっつってんだろうがッ‼︎」
そんな常識なんざ知るか‼︎
天才のオレがつまらねぇルールに縛られる理由なんてねぇ‼︎
オレはヴィルゴの手を掴んで止めた。
「なっ、なんで……?」
「何が?」
「貴方はただ巻き込まれただけですわよ……⁉︎ この真っ暗な業界とは何も関係ないですわ‼︎ なのに、どうして……‼︎」
「あぁ⁉︎」
なんかイラっとした。
オレは逆ギレのように怒鳴り返す。
「どうしても何もねぇよ! オレのために女の子が一人死ぬんだぞ⁉︎ そんなもの許せるか、そんなもの見過ごせるか‼︎ たとえオレの体が女になったとしても、心までタマナシ野郎になるつもりはねぇッッッ‼︎‼︎‼︎」
オカルトのルールなんて知らない。
まだ背中は痛いし、恐怖は消えない。
今だって震える足で逃げ出したいと思ってる。
でも、だけど。
泣く事もできない少女の透明な涙を拭えるのなら。
「オレたち二人でディルド野郎を倒すぞ」
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆
◆規則の一。決闘空間は挑戦者の宣誓と、
◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。
◆規則の三。決闘空間内では、決闘する両者は対戦相手以外からの外的要因での干渉を無効化する。
◆規則の四。制限時間は使用した
◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。
◆規則の六。
◆規則の七。敗者は約一日間
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