ヘイ・ディルド・ディルド(1)




「始まりますわよ、〈魔術決闘ペニスフェンシング〉が……‼︎」

「……ぺにす、ふぇんしんぐ……????」



 なっ、なんだそのトンチキな名前は……⁉︎


 一旦、客観的にこの場を見てみよう。

 床や天井に広がる魔法陣、廃ビルに充満するピンク色の煙。

 中にいるのは三人の女、全員が薄着。

 水着にパーカーを羽織っただけの女(オレ)。

 超々ミニの水着を着てディルドを握りしめる女(アドゥルテル)。

 ボディライン丸わかりの黒衣を纏った女(ヴィルゴ)←New‼︎


 痴女の集会か……?


 そんな風に頭を悩ませている間にも、アドゥルテルがぶち撒けたピンク色の液体は煙となって薄く広がっていく。


「なんだコレ? 体温が上がって、心臓がバクバクしてる。多分、血流も速くなってんな。興奮作用のある薬物ヤクか……?」

「これは〈媚薬香水チャームフェロモン〉。今となっては〈魔術決闘ペニスフェンシング〉に必須の香煙魔術インセンスマジックですが、源流は魔女のハーブにありますわ。効果としては使用者の性的絶頂オーガズムを促し、魔術師をトランス状態にまで持っていく…………と言っても伝わらないでしょうね」

「……名前自体は下ネタみたいなのに、理由はちゃんとしてることが分かった」


 ヴィルゴが説明してくれるが、あまり頭に入らない。

 どういうテンションで聞けばいいんだろうか。

 美少女が真面目な顔で下ネタ言ってるのって逆に反応に困るな。照れていたらまだ興奮できたのだが、真顔すぎて医者の診察と同じ気分だ。


 それは兎も角、魔術とかいうオカルトの真偽はひとまず置いておいて、魔術を使いやすくする為の補助器具みたいなものか。運動で言う所のドーピングが近いだろう。


「それだけじゃねぇぜ。〈魔術決闘ペニスフェンシング〉の規則の一、決闘空間は魔術師の宣誓おまじないと〈媚薬香水チャームフェロモン〉によって展開される。展開されたからにはキミたちはルールに従わざるを得ず、敗北時にはペナルティも負うぜぇ‼︎」

「オレもかっ⁉︎」

「いいえ。〈魔術決闘ペニスフェンシング〉の規則の二、対戦相手は挑戦者が宣誓時に視認した者となる。彼が見たのはわたくしでした。決闘空間内にいる以上ルール自体は適用されるでしょうが、敗北時のペナルティはありませんわよ」


 アドゥルテルの言葉に焦るが、ヴィルゴに落ち着かされる。

 ……そのヴィルゴが余計な一言を付け加えるまでは。



「ただし、敗北時のペナルティが適用されることになったとしても大して変わりませんわ。



 ピキッ、と。

 アドゥルテルのこめかみに青筋が浮かぶ。

 その一言は、魔術師の誇りプライドを大きく傷つけた。


「…………それは、〈魔術決闘ペニスフェンシング〉は挑戦者の勝率が高いことを分かった上で言ってんだなぁ?」

「ええ。挑戦者と被挑戦者、戦闘専門の魔術師と調薬専門の魔女、最先端の『射精魔術』と時代遅れの魔女術ウィッチクラフト?」

「…………ッ‼︎」



 直後。


 ボボボボボッッッ‼︎‼︎‼︎ と。

 ディルドから架空の熱量が出力される。

 それも一撃ではない。機関銃マシンガンのように、魔術で構築された数多の魔弾ひのやが降り注ぐ。じゅうは天井からぶら下げられた無数のディルド。

 威力は一撃ごとが雷にも匹敵する。宇宙エレベータを設計する上で気象学にも精通する必要があったオレでさえ、そう思ってしまうほどの轟音と爆風であった。


 

 



 ヴィルゴが行ったのは簡単なことだった。

 まるで傘を作るように、人差し指で空中に逆三角形を描いた。ただ、それだけ。

 それだけで、


「なぁッ……⁉︎」

「火の矢の雨……ソドムとゴモラを滅ぼした硫黄の火ですわね?」

「なぜっ、……なぜだぁ⁉︎」

「ですが、硫黄の火を落としたのは大天使ガブリエル。かの者は水属性が当てられていますわ。対して、貴方の張型ディルドは杖としての機能を与えているため、属性は火に当てはまる。四属性の調和ならともかく、二属性のズレは魔力の無駄と効果の低下に繋がりますわよ」

「アブラカタブラだとッ⁉︎ そんな初歩中の初歩でどうして天使の力を防げた……⁉︎」

「天使というネームバリューを過信しましたわね? 貴方の魔術は天使オリジナルには遠く及ばない。わたくしの魔除け程度で十分ということですわ」


 一瞬の攻防。

 しかし、それだけで両者の優劣が明らかになった。


 アドゥルテルはギリギリと歯を食い縛り、ヴィルゴはそんな彼女の様子を嘲笑う。


「そんなッ、そんなはずはない‼︎ ボクはかつてハーレム50にも達しイった男だぞぉ⁉︎ もう一度だッ、今度こそキミの魔除けガラクタは破れるッ‼︎」

「ええ、よろしくってよ。納得するまで試しなさい。貴方が絶望するまで待ってあげますわ」


 再び、同じ光景が繰り返される。

 アドゥルテルはディルドを振るい、ヴィルゴは逆三角形を描く。


 

 アドゥルテルの口元がほんの少し歪んでいた。

 宇宙エレベータの利権をめぐって、経済界の怪物共と交渉の場で鎬を削ってきたオレには分かる。あれは、何か秘策がある者のする顔だ。


 オレには魔術なんてものは分からない。

 今の一瞬だけを見れば、ヴィルゴの方が魔術の腕は上なのかもしれない。

 だけど、彼女は言っていた。、と。だとすれば、マズイ。たとえボクシング界のチャンピオンであろうとも、殺し合いの場ではあっさり殺されることだってあるのだから。


 だから、二人の魔術が発動する寸前にオレは動いた。



「あっ……、……え?」



 パリィン、と。

 ヴィルゴの魔術が砕け散る。

 逆三角形のまくを破って、火の矢の雨が降り注ぐ。

 弾け飛ぶ魔術アブラカタブラの赤い破片は、散らされた破瓜はじめての血のようでもあった。

 ヴィルゴは呆然として避けることもできず──


 ──だけど、彼女は一切の怪我を負うことはなかった。


 



「あッッッがァァァぁぁぁあああああ⁉︎⁉︎⁉︎」

「ははははははははははははははははははッ‼︎ 人を守るはずの白魔女ホワイトウィザードが人に護られるかぁ⁉︎ なんて滑稽なんだぁ! サイッコーだぜ、キミはッ‼︎」


 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いッッッ‼︎‼︎‼︎


 あたまがまわらない。

 いたみでかんかくがまひする。

 だけど、これだけはいわなくちゃ。


「…………な、ぁ、……ゔぃるご…………」

「喋ってはいけませんわ‼︎ ‼︎ 喉まで爛れたますわよ⁉︎」

「……オレが……ぐッ⁉︎ ……、コイツをとめる。から、にげろ」

「ぶははははははははははははははははははッ‼︎ ボクを笑い死にさせる戦略かぁ⁉︎ 哀れすぎるだろキミはさぁ‼︎‼︎‼︎」


 …………なに、を……?


「〈魔術決闘ペニスフェンシング〉の規則の三! 決闘空間内では魔術師ボクたちは対戦相手以外からの干渉を受けない! キミにはボクを止められなぁい‼︎ 加えて、規則の五! 決闘終了までは決闘空間から出ることはできない! キミが行ったのは全部無駄なんだよぉッッッ‼︎」


 ………………、…………。




!」




 罵声を切り裂く、誰かの声がした。

 その誰かは、燃えるオレの体を気にせずに背負い、その熱に汗を垂らしながら階段を登る。


わたくしが無駄になんかさせませんわ、絶対にッ‼︎」

「いいぜ、逃げろ! ボクから背を向けて、ケツを振って無様になぁ‼︎ だが、分かってるんだろぉ⁉︎ 決闘空間からは逃げられない! 使‼︎」


 声が遠くなる。

 視界が暗くなる。

 意識が薄くなっていく。


 だけど、最後まで胸に感じる誰かの体温だけは消えなかった。




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


魔術決闘ペニスフェンシングとは、魔術師同士が決闘する際に用いられる術式。『射精魔術』の隆興に伴って生まれた。

◆名前の由来は、ヒラムシの性行為。決闘の敗者は勝者の雌奴隷となり、女体化することから名付けられた。

◆勝者は敗者から生命力を搾り取り、簡単に強くなることができるため、現代の魔術師は魔術の研鑽よりも決闘に時間をかける。




 ◇◇◇◇◇◇




「…………ぁ、…………?」


 意識が、浮上する。

 だけど、頭が回らない。

 オレはうつ伏せで地べたに転がっていた。

 腕に力を込めて上半身を起き上がらせ、周囲を見渡そうとし──



「〜〜〜〜〜〜ッッッ⁉︎」

「ちょっ⁉︎ まだ動いてはいけませんわよ⁉︎」



 ──背中を灼く痛みに襲われる。


 しかし、痛みが気付け薬の代わりに意識をはっきりとさせた。

 オレが失神する前までの記憶を思い出す。

 うつ伏せのまま、疑問に思ったことを尋ねる。


「……アドゥルテルはどうした?」

「天井に設置してあったディルドを一つずつ外していますわ。恐らく、次からは浮遊して自律稼働するのでしょうね」


 今までは攻撃の方向は一定だったが、次からはそれすらも立体的にぐちゃぐちゃになるのか……。厄介だな。


「そんなことよりも貴方、背中は大丈夫なんですの? わたくしの作った膏薬を塗りましたが、痛み止めや回復を早める効果はあっても、その場で治すものではないですわよ」

「あー、痛いけど問題ねぇよ。今、AR携帯電話コンタクトレンズイジって視界を点滅させてる。電気信号を狂わせてるから、もうそろ痛みも感じなくなる頃だよ」

「…………現代の『科学』はそんな事もできますの?」

「これぐらい大した事ねぇよ。脳科学が専門じゃないオレでも出来るんだ、この島じゃそう珍しいことじゃねぇ」


 特に、ウチの大学じゃ疲労を感じさせず研究に没頭できる点滅のさせ方が電子ツールになって配布されていた。……一部のバカはそれを更にイジって中毒ラリってたりもしたのだが。


「よく分かりませんが、痛く無いのなら良しとしますわ。わたくしは再び戦ってきますのでこちらでお待ちください」


 ヴィルゴは儚い笑顔でそう言った。

 ダメだ、そう思った。

 内から溢れる衝動に任せ、頭よりも先に体が動いた。



「待てよ」



 痛む身体を無視して。

 震える膝を誤魔化して。

 オレは無理矢理に立ち上がった。


「あっ、貴方⁉︎ 起き上がっては……‼︎」

「テメェじゃ勝てねぇんだろ?」

「……………………、なんのことですの?」

「惚けてんじゃねぇぞ。理由は分からねぇが、テメェの魔術オカルトはディルド野郎には効かなかった。他になんか手はあんのか? 無いからここでオレを見守ってたんだろ? 

「………………いえ、勝ち目ならありますわ。〈魔術決闘ペニスフェンシング〉の規則の四、決闘には制限時間があり、それを過ぎれば挑戦者側の敗北となる。それまで逃げ切ればわたくしの勝ちになりますわ……‼︎」

「そんなルールがあるなら相手も警戒してるに決まってる。その上でゆっくりしてるって言うなら、制限時間まではまだまだなんじゃねぇの?」


 図星を突かれたのか、ヴィルゴはたじろぐ。


「何を焦ってる? 勝ち目がないのに戦いに挑むとか負けるつもりなのかよ…………いや、待てよ?」

「………………勘がいいですわね」


 〈魔術決闘ペニスフェンシング〉とかいうオカルトはまだ理解できていない。だけど、今までの話を聞いていて分かることもある。


 決闘空間からは決闘が終わるまで出られない。

 決闘に敗北してもオレはペナルティを受けない。

 だとすれば……。



⁉︎」



 ヴィルゴは何も答えない。

 その代わり、笑顔でこう言った。


「背中に空を飛ぶ膏薬を塗っておきましたわ。ピンク色の煙が晴れたら、空を飛んでお逃げなさい。痛みが引いたのなら逃げられるでしょう?」


 それは、少女の健気な献身で。

 それは、魔女のせめてもの償いで。

 彼女は自らの身を犠牲にしてもオレを助けようとしてくれた。

 だって、それ以外に助かる方法なんてないのだから。



「だからッ、待てっつってんだろうがッ‼︎」



 ‼︎

 ‼︎

 


「なっ、なんで……?」

「何が?」

「貴方はただ巻き込まれただけですわよ……⁉︎ この真っ暗な業界とは何も関係ないですわ‼︎ なのに、どうして……‼︎」

「あぁ⁉︎」


 なんかイラっとした。

 オレは逆ギレのように怒鳴り返す。


「どうしても何もねぇよ! オレのために女の子が一人死ぬんだぞ⁉︎ そんなもの許せるか、そんなもの見過ごせるか‼︎ ッッッ‼︎‼︎‼︎」


 オカルトのルールなんて知らない。

 まだ背中は痛いし、恐怖は消えない。

 今だって震える足で逃げ出したいと思ってる。


 でも、だけど。

 泣く事もできない少女の透明な涙を拭えるのなら。



「オレたち二人でディルド野郎を倒すぞ」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


魔術決闘ペニスフェンシングの規則は全部で七つ。それらを破ることは出来ない、

◆規則の一。決闘空間は挑戦者の宣誓と、媚薬香水チャームフェロモンの充満によって展開される。

◆規則の二。対戦相手の指定は、挑戦者が決闘空間内にいる相手を宣誓時に視認することで決定される。

◆規則の三。決闘空間内では、決闘する両者は対戦相手以外からの外的要因での干渉を無効化する。

◆規則の四。制限時間は使用した媚薬香水チャームフェロモンの量で決定され、制限時間内に勝負が決まらなかった場合は挑戦者の敗北となる。

◆規則の五。戦闘区域は地形によって決定され、制限時間終了か勝敗が決まるまで出ることはできない。

◆規則の六。魔杖ペニスの破壊が敗北の証となり、元から魔杖ペニスを持っていない場合は代替魔杖ディルドやそれに類する物が魔杖ペニス扱いとなり、それも無ければ自動で敗北する。

◆規則の七。敗者は約一日間魔力枯渇テクノブレイクに陥ると共に、雌奴隷に変えられ、勝者に命を委ねる。



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