あさおん☆魔術決闘ペニスフェンシング

大根ハツカ

チンコ☆なくなった




 ある朝、目が覚めるとオレは女になっていた。



「………………は?」



 いやいやいやいや待て待て待て待て。

 気が動転している。正気を保て。


 動揺を抑え、一から朝の状況を思い返す。

 と言っても、大した事はない。

 目が覚めたら胸が圧迫されたかのように苦しく、よく見るとおっぱいがまるで風船のように膨らんでいたのだ。


「落ち着け……まだおっぱいがあるだけだ(?)。女になったって決まったわけじゃない。腫れてるだけって可能性もある……‼︎」


 自分の声が思ったよりも高くて驚いた。

 でも、まだ分からない。もしかしたら風邪かもしれない。そう現実逃避する。


 ひとまず、胸を締め付けるパジャマを脱ぎ捨てた。

 上の服と共に、徐々にズボンもずらし始める。

 恐る恐る、男の象徴チンコがまだ付いているかを確認する。


「…………デカいな」


 オレの男の象徴チンコが、ではない。

 デカいのは膨らんだおっぱいのことである。白く肌色のマシュマロに阻まれるせいで、見下ろすだけじゃ股が確認できない。


 そぉーっと、股に手を伸ばす。

 ゆっくりと下された指先はやがて渓谷の底に辿り着き、そして───



 ───



 何となく気付いてはいた。

 だって、

 ズボンを突き抜く感触がない。


 のろのろとベッドから起き上がり、洗面台に向かう。

 途中、床に放置されていた学生証を拾い、宗聖司そうせいじと書かれた名前の横に貼ってある冴えない男子大学生の姿を網膜に刻み込む。


 洗面台に着くと、まず顔を洗った、

 目が曇っているのなら洗い流す。まだ寝ぼけているのなら目を覚ます。ただ夢であれと一心に願いながら、顔を水に浸した。

 そして、顔を上げた。


 


 ボサボサだが艶やかな黒髪、シミひとつ存在しない白い肌、デカいとしか言いようがないおっぱい

 学生証にいた半目の男の面影はある。元々オレは女顔だったし。だけど、オレの顔はこんなに小さくなかったし、オレの腕はこんなに細くなかったし、オレはこんなに可愛くなかった。

 とうとうオレは現実を認め、観念するように呟いた。



「これがニュースで言ってたTS病か……」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆TS病とは、男性のホルモンバランスが崩れ、朝に目が覚めたら女性に変わってしまっている病気のこと。

◆正式名称は突発性性転換症候群。英語圏ではSudden Sex Reversal Syndromeと呼ばれている。

◆原因は未だ解明されていないが、有力な説としてウイルス感染説があり、感染経路は粘膜からの接触感染が濃厚だと考えられている。




 ◇◇◇◇◇◇




 ぼーっと歩きながら、視界の端で動画サイトを見る。

 まるで空中に映像が浮かんでいるように見えるが、。空中に映像を浮かべる方法は幾つかあるが、そんなものを作るよりも視覚だけを誤認させた方が簡単で安上がりなのだ。


 つまり、コンタクトレンズ型のAR携帯電話である。この島──AIだと、一セットで5ドルくらいの廉価品だ。

 視線で画面を操作するのが少し難しく、あまり人気ではないのだがオレは気に入っている。


 動画をぱっと見た感じだと、TS病は今や男性の0.05%が罹患している感染症らしい。

 0.05%と聞くと少なく思えるが、今の世界総人口が100億人で、男性がその半分の50億人いると考えれば、世界中に250万人は患者がいることになる。自己申告していない人も含めればもっとだ。

 そして、男性がそれだけ女性に変わったという事は、結婚率やひいては出生率にもそれだけの影響が出ていると考えられる。死ぬ事はないらしいが、将来的な人口には大ダメージを与えているだろう。


 そんな風に説明している動画を、現実感なく見ていた。

 慌てて家を飛び出してしまったが、病院に行くわけにはいかない。動画によると、TS病だと診断された患者は特定の地域へ隔離されるらしい。まぁ、感染症なので当然なのだが。


 だが、オレはある事情があって隔離される訳にはいない。

 かといって、このまま大学に向かう訳にもいかない。声は風邪だと言って、顔はマスクを付けて誤魔化せるかもしれないが、このデカいおっぱいだけはどうにもならない。


「なんかもう嫌になってきた……。おっぱいが揺れるせいでめちゃくちゃ視線を感じるし、しかもおっぱいの付け根は痛いし……」


 男物のパジャマでうろついてるってのも理由なんだろうけど。でも、視線を感じるのは男性の割合が高いのでおっぱいを見られているのは間違いないだろう。


 ブラジャーを買いに行こうか迷う。

 ネットで注文してもいいのだが、それだと男性で登録してあるオレのアカウントがブラジャーの購入履歴によって変態へと変貌してしまう。

 誰に見せるわけでもないのだろうが、それはちょっと避けたい。


 というか、そもそもお金は払えるのだろうか。

 今時、現金を持ち歩いている人なんかいない。ほとんどは生体認証による電子決済が基本だ。だが、今のオレの肉体は遺伝子レベルで変わっているんじゃないのか……?


「まさか無一文じゃないだろうな……」


 つーか、生体認証が弾かれたら家の鍵も開けられないんだがどうしようか。野宿しかないのか。いつまでもパジャマのままだと補導もされかねないし、服とかもどうしよう。

 これならいっそのこと病院に行った方がマシなんじゃないか? と、不安に襲われて空を見上げる。


 空には三月なのに夏のように照りつける太陽と、

 それこそは、この学術都市AIランドでも類を見ない程の科学技術が結集された超巨大建造物。宇宙そら地球ほしを結ぶ宇宙エレベータ。



「安心してくれよ。テメェのお披露目までは、オレも粘ってみるからさ」



 まずはブラジャーだ。

 当たって砕けろ、と。デパートへと足を踏み出す。




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆AIランドとは、太平洋赤道域に浮かぶ常夏の巨大人口浮島メガフロート。国際条約によって、どの国にも属していない。

◆正式名称はAssembled Intelligence Island。21世紀後半に作られた、地球温暖化を食い止める為の近未来環境モデル都市が始まり。

◆今では自然科学に留まらず、あらゆる分野の科学者を呼び寄せ、世界中の研究機関を集積させた学術都市になっている。




 ◇◇◇◇◇◇




 無理でした。


 海岸沿いで黄昏たそがれる。太陽は水平線に沈みかけていた。

 案の定と言っていいのか、生体認証はどうやら今のオレでは反応しないようだった。つまり、オレの所持金はゼロだった。


 機転を効かし、身につけていた幾つかの電子端末を質屋に入れたことで少々のお金を手に入れたはいいが、それも服を一式買うので使い切った。

 そして、買った服も問題だった。


 デパートで見たブラジャーは余りにも高かった。ブラジャーを買えば他の服を買えなくなるぐらい。

 だからこそ、オレはブラジャーを諦めて近くで売っていた水着を購入した。それだけで彷徨うろつくのも恥ずかしいので、一応羽織る用のパーカーも買った。


 つまり、オレの今の装備はコンタクトレンズ型AR携帯電話、学生証、パーカー、水着、サンダルである。

 痴女っぽいがまぁ大丈夫だろう。常夏の島あるあるで水着の女性なんてそこら中にいるし。


「さぁてっと、こっからどうすっかな……」


 補導というひとまずの危機を脱したオレは、次の行動を考える。

 衣食住の衣は手に入れた。次に必要なのはご飯メシと寝床。お金がないオレにはどうしようもない二つだ。

 寝床は最悪の場合は道で寝るとして、一番ヤバいのはご飯メシだ。クリーンな街を目指しているAIランドには雑草一つ生えておらず、産業スパイによる密入国を厳しく取り締まっているため海の幸も狙えない。


 ……友達の家に押しかけるしかない、か。

 でも、オレが女になった宗聖司そうせいじであると信じてくれるだろうか。



「くそっ、どっかにチンコ落ちてねぇかなぁ……」

「あるぜぇ〜」

「うぇっ⁉︎」



 独り言に背後から答えがあり、驚いて飛び上がる。

 そこにいたのはサングラスを掛けた茶髪の女。日に焼けた小麦色の肌に、それを水着と言えるのかってぐらいに小さい水着、腰には香水のようなものをぶら下げている。オレが言うのも何だか痴女っぽかった。


「キミも女になったクチっしょ?」

「…………っ⁉︎ なんで分かった⁉︎」

「立ち振る舞いが男丸出しだったからなぁ。チンコ探してんだよなぁ? 、そんぐらい貸してアゲルぜ」


 そう言って、女(?)は路地裏へと進んでいく。

 追いかけるか、逃げるか。だが、相手の話ぶりだと彼女(彼?)もTS病患者なのだろう。情報はあるに越した事はない。

 加えて、話が本当なら男に戻る方法を掴めるかもしれない。



「おい、アンタの名前は?」

「……アドゥルテル。



 それ以降、アドゥルテルは喋ることなく黙って暗い路地を進む。

 オレもその後も着いていく。


 数分経っただろうか、アドゥルテルはとある廃ビルの中にズカズカと踏み込み、天井からぶら下げられたから一つもぎ取り、オレに手渡した。


「じゃーん、キミが欲しかったのはこれっしょ?」


 確かに、それはチンコだった。

 どっからどう見てもチンコだった。

 だけど───



「───っ‼︎‼︎‼︎」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆ディルドとは、勃起した男性器を模した性具。張形、またはコケシとも呼ばれる。

◆主に、女性の自慰の道具として用いられる。性機能の衰えた男性が、自身の陰茎の代用として用いることも。

◆地域によっては、子供から大人になる性的通過儀礼の道具としての意味合いも持つ。




 ◇◇◇◇◇◇




「うん? チンコが欲しいって言ってたっしょ?」

「いやそれは、男に戻りたいって意味であって欲求不満的な意味じゃねぇよ!」


 オレからすればごく当然のことを言った。

 しかし、アドゥルテルは首を傾げ、何かに気がついたみたいに目を見開いた。


「……どういうことだ? 代替魔杖ディルドを求めていない? いや、そもそも意味が伝わっていないのかぁ?」

「何言ってんだアンタ?」

「まさかっ、一般人か……⁉︎ そういや、TS病っていうのが流行ってたなぁ……‼︎」

「は?」

「悪い事をしたぜぇ。ごめんなぁ。でも、?」

「何を言って───」



 ‼︎‼︎‼︎ と。

 オレの顔面スレスレが爆発した。

 拳銃のような軽い音ではなく、落雷と言っても差し支えない轟音だった。



「あっ、…………あ?」

「……やっぱり精度は落ちてんなぁ。


 思わず、尻餅をつく。

 腰が抜けた。立ち上がることもできない。

 魔術なんてオカルトは信じられない。今のだって、何らかの科学技術による現象なのだと信じている。


 でも、だけど。

 もしかしたらという疑念と、単純な死の恐怖によって、体が縛り付けられている。


「うん……? そうせいじ……キミが宗聖司そうせいじか⁉︎」


 尻餅をついた際にポケットから落ちたのだろう。

 オレの学生証を見て、アドゥルテルは笑った。


「なぁんだ、謝る必要なんてなかったぜ。元からキミがターゲットだったんだからなぁ」

「……なにを、言ってる……?」

?」


 ……その通りだ。

 オレは宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉の設計を担当した。そして、宇宙エレベータはほとんど完成しており、お披露目自体もあと少しでだった。なのに。


(こんな、こんな所でオレは死ぬのか。ディルドに囲まれて……)


 情けない死に方だ。

 チンコを失って、偽物のチンコに囲まれて。

 こんな場所で死にたくなんかない。

 だけど、運命は人間を待たない。


 アドゥルテルはオレの眼前にディルドを突き付けて言った。



「安心してくれていいぜ。女になったとはいえ、『射精魔術』は痛みもなくキミを殺せる」



 直後。

 白濁色の光がディルドに灯り───




 ドゴアッッッ‼︎‼︎‼︎ と。

 廃ビルの壁が横殴りに破壊された。

 予想外の誰かによる介入だった。


 土煙舞う瓦礫の上に、その少女は立っていた。

 銀と言うには鈍く、灰と言うには艶やかな髪、鋼色の髪を腰まで垂らす魔女。

 肌の露出は少ないにも関わらず、ボディラインの出る黒衣に身を包むことで、背徳的な色気エロスを醸し出す傾国の女ファム・ファタール

 身に付ける装飾品は、右手の人差し指に嵌められた無骨な鉄の指輪だけ。華美な装飾なぞ一切ない。それはそうだ。


 その美しさに、オレは見惚れた。

 オレは声すら出せなかった。

 だから、初めに反応したのはアドゥルテルだった。


「〈鋼鉄の処女アイアンメイデン〉……‼︎ もう嗅ぎつけたのかぁッ⁉︎」

「あら、その呼び名は聞き飽きましたわ。わたくし魔法名なまえはヴィルゴです」


 コツコツ、と。

 足音を鳴らせて少女は歩く。

 少女の視線は鉄よりも冷たく、ギロチンのようにアドゥルテルの心を切り刻む。それは十三階段を登る心境にも似ていた。


「噂には聞いていましたが、本当に女性になっているようですわね。に負けたのでしょう? 貴方程度の実力ならば当然でしょうが」

「ぬかせぇ‼︎ 『射精魔術』を扱えない時代に置いてかれた魔女如きがぁ……‼︎」


 アドゥルテルが手に持つディルドに白濁色の光が灯り、それが弾丸の形になって放たれた。

 しかし、ヴィルゴはそれを躱すまでもなく、


「本当に雌堕ちしおちぶれましたわね、フラター・アドゥルテル……いえ、ソロール・アドゥルテルとお呼びした方がよろしくって?」

「…………殺すッ‼︎」


 激昂したアドゥルテルは腰に携えていた瓶を床に叩きつける。

 パリィンッ! とピンク色の液体が床にぶち撒けられた。同時に、変な匂いが廃ビル内に広がる。


「げほっげほっ、何だこれ……なんか甘い?」

「吸ってはいけませんわ。わたくしならともかく、魔術師でもない貴方には毒でしょう」


 ヴィルゴはオレを庇うように立った。

 状況は何も分からない。ただ一つ分かるのは、ヴィルゴという少女は恐らくオレの味方だろうということだけ。


 アドゥルテルはディルドを構え、呪文を告げた。


「聞け、我が目を受けし汝、魔法名ヴィルゴVirgoなる者よ。我魔法名アドゥルテルAdulterは汝に決闘を挑む。神よ、師よ。ここに我、汝に対し我が魔術を以て性豪の証を立つる者なり」


 ピィン、と。

 場の空気が張り詰める。

 まるで霊的な場所パワースポットのようだと本能的に感じた。


「ここから先はわたくしにも余裕がありません。出来る限り守りはいたしますが、自分の身は自分で守ることを心掛けてくださいまし」

「あっ、え? 何が、始まるんだ……?」

「魔術師同士の決闘となれば、ヤる事はただ一つですわ」


 魔女ヴィルゴ真剣シリアスな顔でこう言った。




「始まりますわよ、〈魔術決闘ペニスフェンシング〉が……‼︎」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


魔術決闘ペニスフェンシング、それは魔術師達の命よりも大事なモノを賭けた戦い。

◆これは性魔術を忌み嫌う魔女が、『射精魔術』なんて巫山戯たモノを絶滅させる物語である。


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