鋼鉄の処女



「まずいッ‼︎ あと3時間もねぇぞ⁉︎」

「えっ? ですが……」

「説明は後だ! 急いでくれ!」

「わっ、分かりましたわ! わたくしの背にしがみついてくださいませ! 全速力フルスピードで飛ばしますわよ‼︎」


 感動の再会を祝う暇もなく、オレとヴィルゴは箒に乗って高速で飛翔していた。嵐は既に去っている。

 周りの目は気にならない。きっと、『科学』の街の住人は何かのプロモーションだと思って気にしないだろう。


 オレ達がこんなにも急ぐのには理由があった。



「フォッサマグナの話……?」



 最後の最後に残された爆弾。

 一連の事件の黒幕はんにんはバキュームで間違いない。

 だが、この混乱に乗じて宇宙エレベータに細工をした魔術師がいた。


 フォッサマグナの目的はその魔術の阻止だったらしい。

 何でも、直接的に魔術を阻止することが不可能であるため術者候補をしらみ潰しに倒して回っていたようだ。


「彼の者は魔力枯渇テクノブレイクによって命令を拒む精神力を失いましたわ。わたくしの質問に対して嘘を述べられるはずがありませんわ」

「だったら本当に存在するのか、


 その魔術こそが世界大戦誘発術式。

 宇宙エレベータとバベルの塔に『類感』を働かせ、宇宙エレベータを順序正しく破壊することでバベルの塔の崩壊を再現する魔術。

 神と同じ視点に立とうとした人を罰する為、神は人の言語をバラバラにして言葉が通じないようにした。同じように、世界大戦誘発術式が発動すると人々は他国の人間のことが理解できなくなり、あらゆる外交が不全となる。

 それは結果として、人類が絶滅するまで終わらない第三次世界大戦を引き起こすだろう。


「ですが、まだ発動していないとなると特殊な条件が必要な筈ですわ。バベルの塔は同じ言語を使う者達が一箇所に集まっていました。AI

「…………ああ、それはフォッサマグナも言ってたな。だから、だろ?」


 3月26日に開催されるAIランド万博エキスポ

 開催式には国連に所属する全ての国家の官僚が招待されている。術式起動のタイミングは間違いなくここだ。


万博エキスポとやらが開催されるのは3月26日の日曜日……?」

「いや、それがそうとも言えないんだ。空を見てくれ」

「?」


 ヴィルゴは空を見上げた。

 そこには一点の曇りもない青空が広がっている。


「ええと、これが何かありまして?」

「どう考えてもおかしいだろ。フォッサマグナとの戦いが始まってから一時間程度しか経ってない──?」

「…………ッ‼︎」


 同時に、コンタクトレンズ型AR端末を操作する。

 視界の右上は、今日が3月25日の21時であると示していた。


「これはオレの推測だが、決闘空間内と外界では時間の速度が違っていた」

「…………あり得ますの?」

「フォッサマグナはブラックホールを操ってただろう? 相対性理論では重力が強くなるほど時間の流れは周囲に比べて速くなるんだ。それを応用すれば、あいつは時間の流れも操れる」

「滅茶苦茶ですわ⁉︎」


 ぐわんっ、と動揺で箒が大きく揺れる。

 ヴィルゴの腰を掴んでいるオレの手がツルッと滑り、危うく地面の染みになりかけた。


「ちょっ危なッ⁉︎ 落ちますわよ⁉︎ もっと強くわたくしを掴んでください‼︎」

「悪い……もう、握力が出ねぇんだ」

「…………貴方をここで降ろして、わたくし一人で宇宙エレベータに向かいますわ。敵の正体は分かりませんが、足手纏いを守る余裕があるとは思えませんので」


 強い口調はわざとだろう。

 彼女はオレを気遣っている。

 だけど、その心配を受け取るわけにはいかない。


「ダメだ。〈ネオアームストロング〉へ侵入することはできない。あそこは〈MAI:SoNマイサン〉が守ってるからな。難易度は大学カレッジとは比にならない」


 最初から知っていたことだ。

 魔術師は『科学』のセキュリティを掻い潜れない。

 オレのマンションも、AIランド中央大学にも侵入できないヴィルゴが〈ネオアームストロング〉に入れるとは思えない。


「でしたら、どうやって──」

。オレさえいれば、宇宙エレベータ最上階の管制室まで一直線で進める」


 

 では、何故そんな場所に魔術が仕掛けられているのか。誰が、どうやって。

 ……胸に名状し難い不安が芽生える。だけど、それを言語化することができない。オレの直感が上手く働かない。


「…………ともかく、先を急ごう」

「ええ。魔術師からの妨害を警戒しつつ、ですわね?」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆ 精神認証とは、宗聖司そうせいじが導入した生体認証に代わる画期的な仕組みシステム。現在システムに登録されているのは宗聖司そうせいじのみ。

宗聖司そうせいじの人格がマスターキーとなるため、本人が眠っていたり、薬物などで従わされていれば無効になる。

◆あら、だったら魔術を仕掛けたのは一体誰なのかしらねぇ?




 ◇◇◇◇◇◇




「……何もなかったな」

「……何もなかったですわね」



 時速100キロで空へ駆け上がるエレベータに乗りながら、二人して呟いた。


 魔術師による妨害。

 或いは複雑怪奇な科学のセキュリティ。

 そんな風に予想していたものは何なかった。

 呆気ないほど簡単にオレ達はエレベータへ乗り込んだ。


「……管制室で敵が待ち構えている、とか?」

「ですがどうやって侵入するのですか? 貴方以外は〈MAI:SoNマイサン〉に拒絶されるのでしょう?」

「そうなんだよなぁ」


 最後の魔術師に関しては謎が多い。

 時間が切迫していたため急いで宇宙エレベータへ向かったが、もう少しフォッサマグナから話を聞き出しておくべきだった。

 というか、そもそもの話──



「──?」



 それが、一番大きな疑問点だった。


「えーと? 彼は誰が犯人か分からない為、怪しい人物をしらみ潰しに襲っていたと仰っていましたわ。わたくしが『白』から離反したタイミングが悪かったのでしょう」

「でもさ、フォッサマグナはこう言ったんだよ。って」


 しらみ潰しなんかじゃない。

 まるで、何かを確信しているかのような口振りだった。


 ヴィルゴはオレの言葉を聞いて、考え込む。

 彼女自身もその理由が分かっていないようだった。


わたくしが世界の害となる……? それも人類が絶滅するほどの? ……不可能、だとは思いますが…………? ………………ま、さか──)


 チーン、と。

 ヴィルゴの思考を中断するように、エレベータの音が鳴った。

 管制室のある最上階へ到着したのだ。


 ゆっくりと、ドアが開く。

 この辺りはもう宇宙空間の中だ。

 無重力の中を泳ぐように、大きく一歩を踏み出した。



「────あ?」



 そこでオレは目にした。

 いや、目にしなかったと言うべきか。


 ここに来る前、オレは大体の予想をしていた。

 それはオレが創り出した神託機械ハイパーコンピュータ──〈MAISoN

 外から管制室に侵入できないのなら、魔術を仕掛けたのは中にいるものに違いない。そう考えたのだ。


 〈MAI:SoNマイサン〉が世界大戦誘発術式を仕掛ける理由なんて分からない。

 それでも、他の者には不可能な犯行だ。

 そんな消去法による予想があった。



 

 



「…………魔術師は何処だ? 世界大戦誘発術式は⁉︎ 人類が絶滅してしまうような何かがあるんじゃないのか⁉︎ 何かッ、何かなかったのか⁉︎ 応えてくれッ、〈MAI:SoNマイサン〉ッ‼︎」

了解オーケー、自己点検を開始します。・・・応答アンサー、異常は見られず。提案サジェスト、点検の意図を確認します』

「…………違う。お前は犯人じゃない。オレは分かる、〈MAI:SoNマイサン〉は何もしていない。……なら、誰が⁉︎」


 『魔術』の気配はない。

 『科学』の暴走でもない。


 訳が分からなかった。

 判断を仰ごうと、ヴィルゴに声をかける。


 その、一瞬前。

 ヴィルゴは納得したように声を上げた。




「…………




 

 


「………………………………ぁ?」

「よくヤってくれましたわね……っと、この口調はもういいかしら。とにかく感謝しましょう、人間サル

「………………なん、で?」

「貴方、勘がいいのでしょう? もちろん分かっているわよね。……ああ、もしかして、信じたくないのかしら?」


 戸惑いながら、オレの天才的な頭脳は答えを導き出してしまう。


 

 全てはオレを自発的に管制室へ向かわせる為の罠。


「いやッ、けどッ、フォッサマグナは嘘をつけないはずだろう⁉︎」

「愚問ね。分かりきった答えを聞くのは止めなさい。否定して欲しいのだろうけど、現実はそう甘くないわ」


 たった一言、魔女は述べる。



「規則の七」




 ◇◇◇◇◇◇



〈ルール参照〉



◆規則の七。敗者は約一日間魔力枯渇テクノブレイクに陥ると共に、雌奴隷に変えられ、勝者に命を委ねる。




 ◇◇◇◇◇◇




 それだけで、オレは理解してしまった。

 フォッサマグナは嘘をつけないんじゃない。

 命令を拒めない奴隷になったのだ。

 


「随分とわたくしを信用していたようだけど、ごめんなさいね? 始めから、貴方と出会う前からわたくしは貴方を騙していたの」

「嘘だ……‼︎ お前はヴィルゴなんかじゃない! ヴィルゴを乗っ取っただけの別人だッ‼︎」


 雰囲気からしてヴィルゴとは違う。

 顔や声が一緒でも、目の前の魔女とヴィルゴは似ても似つかない。


「あら、やっぱり勘がいいのね。でも残念、逆よ」

「……逆……?」

「ええ、逆。

「は?」


 寄生、虫?

 人間の脳に棲息して、人間を意のままに操る虫だった?

 美貌に優れた外面はまやかしで、気色の悪いムシケラに過ぎなかったって言うのか?


「うそ、だ」

「これは本当よ。思い出してみなさい。?」

「…………………………」


 何も言い返せない。

 フォッサマグナはきっと分かっていた。

 ヴィルゴの──その名を自称していた寄生虫の正体を。


わたくしは管制室に行きたかった。だけど、それには貴方の意思が必要で、貴方は勘が鋭くて騙すことはできそうになかった。

「…………………………、」

「寄生虫を責めないであげてね。彼女は本気で自分がヴィルゴ本人だと思い込んでいたし、本気で貴方を救おうとしていたのだから」

「…………なら、彼女はどうなった」

。ここに辿り着けば用済みになるのだから、最初から無重力空間で死ぬようにデザインされた生物なのよ」


 呆気ない幕切れ。

 オレは彼女にどんな感情を抱けばいいのか。

 それすらも分からず、二度と会うことは叶わない。



「では、改めて自己紹介を」



 喪服のような黒いドレスの裾を掴み、は膝を曲げてお辞儀カーテシーを行う。


わたくしは〈鋼鉄の処女アイアンメイデン〉ヴィルゴ──けれど、この名すら肉を持った化身アバターを表しているに過ぎないわ」


 緋色の女、太母グレートマザー、夜の淑女、獣に跨った女。

 この魔女を表す名は幾つもある。

 けれど、最も有名な名前が一つ。

 


わたくしの──わたくしの真の名は〈3000000



 3月25日、23時50分。

 神と人による、人類の存亡を賭けた戦いが始まった。




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


、『



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