WHITE ONA-HOLE(4)
深い、深い、海の底。
まるで深海で漂っている気分だった。
いいや、もっと正確に表現するならば。
羊水に包まれているような感覚。
光は遠く、音は弱く。
完全な虚無ではないものの。
淡い情動しかない静寂の世界。
そんな場所へ伝わってくる何かがあった。
『しょうがないわねぇ。今回だけよ?』
銀の糸が垂れる。
それは海上から放たれた釣り糸か、地獄へ伸ばされた蜘蛛の糸か。
あるいは肉体とアストラル体を繋ぐ
表現は何だっていい。
大切なことは一つだけ。
それはヴィルゴの魂を絡め取った。
『あなた、は……?』
『強いて言うなら、カミサマかしらね。自分で言うのは滑稽だけれど』
ヴィルゴの上半身は消し飛んだ。
だから、肉体的に見れば確実に死んでいる。
最先端の『科学』でも、彼女を救うことは出来ないだろう。
だけど、〈
ならば彼女の魂はまだそこにあり、魔術的に見ればまだ死んではいない。
『魔術の核は処女懐胎。聖母マリアが神の子を孕んだ方じゃなくて、女神イシスが処女のままホルスを産んだ神話の方よ?』
『女神イシス……
魔術の基点はヴィルゴの子宮。
彼女の子宮は魔女の大鍋と『類感』している。
そして、大鍋は死と再生を象徴する。
魔女の大鍋は秩序を溶かし、摂理を掻き混ぜ、新たな生命を育む。
『女神イシスは私とも相性がいい。同一視されてるくらいだものね? 加えて、母のイシスは人を蘇らせる権能を持ち、子のホルスは復活を象徴する神。だから、こんな屁理屈も罷り通る』
『まさか……
それは前代未聞の蘇生魔術。
裸の魂に服を着せるように、物質的な肉体が子宮の中で形成される。
『…………代償は? 無償の善意ではないのでしょう?』
『もちろん、何の代償もない訳じゃないわ。けれど、貴女ならそれを踏み倒せるし、今の状況ならかえって役に立つわ』
命は孵り、心は返り、肉は還り、魂は帰る。
意識が急速で浮上する。
蘇生、出産、転生。
呼び方は何だっていい。
新たなる生命が今、産まれ落ちた。
彼女の使命はただ一つだけ。
「フォッサマグナ……‼︎ 貴方にセージは殺させませんわッ‼︎」
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆女神イシスとは、エジプト神話における魔術を司る神。夫はオシリス、子供はホルス。
◆エジプト神話には、イシスが殺されてバラバラになってオシリスを復活させたエピソードがある。ただし、男根のみは見つからなかったとされる。
◆
◇◇◇◇◇◇
だから、オレにはやはり何も出来なかった。
だけど、オレは死ななかった。
「────何?」
沈黙。
何も、起こらなかった。
フォッサマグナのビッグバン魔術は不発に終わった。
そして、驚愕は一つじゃない。
フォッサマグナは彼女を見て言葉を溢す。
「生きて、いたであるか」
「護衛対象を残しておちおちと死んでいられませんわ」
涙が込み上げる。
彼女が死んだ時には流れなかったものが。
今、暖かく頬をつたう。
「……何をした?」
「貴方は優れた魔術師ですが、それは『射精魔術』がありきのこと。〈魔術決闘〉を終了させればその力も発揮できないですわよね?」
それこそが蘇生の代償。
女神イシスによって復活した夫オシリスが、しかし男根のみは見つからなかったように。
蘇生したヴィルゴもまた
本来なら、負けが確定する十分すぎる代償。
しかし、彼女はそれを踏み倒せる。
何故ならば、無数の細菌こそが彼女の
加えて、彼女はその代償を攻撃として用いた。
バキュームとの戦いがそうであったように、ヴィルゴの皮膚には無数の
故に、今回も対戦相手として指定されたのは細菌の一つで、それを代償として差し出したことで無理矢理に儀式は中断された。
「……確かに、驚愕したのである。ビッグバンが不発したことも、汝が蘇ったことも。だが、結局は初めに戻っただけであろう?」
「…………」
「汝等は苦労して吾輩を対戦相手に仕立て上げた。それを自身から捨てるとは、徒労であったな。吾輩が決闘空間を再構築すれば、規則の三によって汝等の干渉は無効化される」
「それでも、今だけは無防備ですわねよ?」
フォッサマグナは反射的に下を見る。
ビッグバンの不発、ヴィルゴの蘇生。
様々な出来事が、じりじりと匍匐前進して距離を詰めるオレから意識を逸らしていた。
「オナ──」
「遅え‼︎」
地面からオレは飛びかかった。
右腕は痺れて使いものにならない。
左腕は焼け焦げて動かない。
フォッサマグナを倒す手なんて存在しなかった。
それでも、オレには歯があった。
「────ッ⁉︎」
ガブリッ‼︎ と。
オレは文字通りフォッサマグナに喰らい付く‼︎
「吾輩のペニスを喰い千切る気であるかァ──ッ⁉︎」
側から見れば、それはフェラのようだった。
だけど、実際には奉仕の真逆。
チンコを噛み砕こうとするオレと、魔力でチンコを守ろうとするフォッサマグナの戦いだった。
「がああああああああああああああああああ‼︎」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎」
余りにも衝撃的な光景に、フォッサマグナの精神は完全に乱された。
打開策なんて思い浮かぶ筈もなく、魔力を込めた不随意魔術でそのチンコを守る。
(だがッ、ただの歯で吾輩の魔除けは貫けんッ‼︎ このまま耐え切れば……──ッ⁉︎)
バチイッッッ‼︎‼︎‼︎ と。
オレの肉体を通して雷光が弾けた。
フォッサマグナの視線が足元へ下がる。
その視線の先、オレの足は
「自分ごと感電させるつもりであるかッ⁉︎」
不随意魔術による魔除けの術式と、五感を狂わせる
顎に全力を込めて、オレは全力で叫んだ。
「とっとと
グチャッ‼︎ と、無慈悲な血の音が響く。
オレの歯によって、フォッサマグナのチンコは噛み砕かれた。
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆かくして、事件はおしまい。
◆めでたし、めでたし。
◇◇◇◇◇◇
「聞くのである、〈最強〉を討ち果たした勝利者達よ」
これで全ての戦いは終わった。
そう思った時のことだった。
「事件はまだ終わっていないのである。吾輩が汝等を狙った理由を教えよう」
雌奴隷となったフォッサマグナは無慈悲な言葉を告げた。
「吾輩を倒したのならば、責任を取れ。吾輩の代わりに人類を絶滅の危機から救うのである」
◇◇◇◇◇◇
〈Tips〉
◆で──終わらないのが現実なのよねぇ?
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