あさだち✡️神格新造ネオアームストロング




 ある朝、目が覚めるとオレにチンコが生えていた。



「………………は?」

 

 

 いやいやいやいや待て待て待て待て。

 ぬか喜びかもしれない。正気を保て。


 動揺を抑え、一から朝の状況を思い返す。

 と言っても、大した事はない。

 目が覚めたら股間が圧迫されたかのように苦しく、下半身にズボンを突き抜くムスコの感覚があったのだ。


「落ち着け……まだ朝勃ちしてるだけだ(?)。男に戻ったって決まったわけじゃない。馬鹿デカいクリトリスって可能性もある……‼︎」


 音がこもって自分の声の高さが分からない。

 もしや、耳がおかしくなっているのか。或いは、全身を覆う包帯のせいなのか。


 全身を包帯がキツく縛る感覚、ジャラジャラと沢山の点滴と繋がっている音、身じろぎをするだけで身体に迸る激痛。

 どうやらオレは大怪我を負っているらしい。間違いなく昨晩の死闘が原因だろう。あの後の顛末を聞きたいところだが……


 だけど、そんな事は今どうでもいい。

 重要なのは包帯がオレの目すらも覆っているということ。

 即ち、目視でチンコを確認することはできない。


 ならば、確認する手段はひとつだけ。


 そぉーっと、股に手を伸ばす。

 ゆっくりと下された指先はやがて渓谷の底に辿り着き、そして───



 ───



ッ、……ッ‼︎」



 手の中に収まりきらない男の象徴チンコがあった。

 オレのチンコがデカくなっていた。

 あるいはTSする前よりも、ずっと大きく。


 喜びに打ち震える。

 包帯に涙と鼻水がにじむ。

 ぐふふ、と口の端から汚い笑い声が溢れる。


(戻った……‼︎ オレは男に戻った! TS病が治っ────)



 ──

 



「────は?」



 …………?

 ちょっと思考が追いつかない。

 一体どういうことだ……?


 オレの股間にはチンコがそびえ立っている。

 しかし同時に、胸部に柔らかく巨大なナニカが存在している。


 あまりにも意味不明な状況に脳が停止した。

 ガラガラ、と扉の開く音もスルーしてしまう。

 そんなこんなで、チンコを掴みながら口を開けて驚いているオレを見たそいつはこう言った。


「ふむ。身体の無事よりも自らの性器を確認するとは、難儀な性癖であるな」


 それはしわがれたの声だった。

 発言者は誰なのかとか発言の内容だとか、ツッコミ所はいっぱいあったが、オレはその全てを考慮することなく尋ねた。


「なあ、何処の誰だか知らないけどさ……お前から見てオレの性別って男女どっちだと思う……?」


 オレは知らない人に何を聞いてるんだろうな?

 でも、仕方ない。オレの目が見えない以上、他人の目で確認して貰うのが一番手っ取り早いのだから。


 そして、老婆は律儀だった。

 数秒間考え込んだ後に、彼女はちゃんと答えてくれた。



男の象徴ペニスおっぱいのどちらともが付いているようであるが、吾輩には両性具有というより



 ………………。

 …………………………。

 ……………………………………。


 あー、はいはい。

 なるほど、そう来たか。

 取り敢えず、オレは叫んだ。



かよぉぉおおおおおおおおおッ⁉︎」




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆ふたなりとは、男女両性の性器を併せ持つ両性具有者を指す名称。双成、二成、二形とも。

◆両性具有とされるが、実際は男女が明確な人間に異性の性器が付属したモノと表現した方が近い。中性とはまた異なる。

◆主にフィクションにおいて用いられる言葉で、その場合は基本的に股間に男性器を携えた女性として描かれる。男の娘ではない。全然違う。その辺りをごっちゃにすると殺されますわよ?




 ◇◇◇◇◇◇




「落ち着いたであるか?」

「…………ま、まあ。ある程度は」


 落ち着いたというか落ち込んだというか。

 未だ現状を受け止めきれていないが、大体の状況は理解した。


 認めよう、TS病は治らなかった。

 チンコは生えても、オレは女のままだった。


 それはそれとして。

 認めた上で幾つかの疑問が湧いてきた。

 なんでオレが生きているのかとか、なんでチンコが生えているのかとか。しかし、まず第一に…………


「……で、お前は誰だ?」


 目の前の──オレの目は見えないが──老婆の正体が分からない。

 なんとなく声に聞き覚えはあるのだが、オレに老婆の知り合いはいなかったはず。どうにも思い出せない。


 なんだそのことか、と老婆はあっさり答える。



「そういや〈魔術決闘ペニスフェンシング〉に負けて女体化してたなぁ……‼︎」



 完全にド忘れしていた。

 フォッサマグナは世界を救おうとしていた側で、オレはそんな正義の味方を邪魔した悪役だった。


「なんだ? 恨みを晴らしにでも来たか?」

「特に恨みは無いのである。吾輩が女となったのは我が脆弱が理由で、世界の危機も首謀者たるベイバロンの責任である。汝に罪はなく、汝が気に病むことでもない」


 このジジイっ(ババア?)、良いヤツだ……‼︎

 こっちが申し訳なくなるくらいに善人で、目を背けたくなるくらいに正しい人だ。友達少なそう。


「吾輩が汝を尋ねたのは、事件の顛末を説明する為である」

「…………ん? オレの起きる時間が予め分かってたのか?」

「星辰を見れば良い。吾輩は占星術を専門としている訳ではないが、その程度なら吾輩のような凡才でも可能である。他に聞きたいことはあるか? あるならば何でも尋ねるがよい」

「あ〜……じゃあ、まず一つ。オレが倒したベイバロン──ヴィルゴはどうなった?」


 倒したとは思うが、死んではいないはずだ。

 逃げられていたらマズイ。


「『白』の精鋭──去勢騎士スコプツィ・ルィツァリが捕縛したのである。今は監獄の奥底で眠っているであろう」

「裁判には……かけられねぇか。それでも、処刑とかはしなかったんだな」

「神の力を宿しているのであるぞ? 吾輩なら殺せるかもしれんが、後にどんな厄災が訪れるかは分からん。放置が一番簡単であろう」


 ふーん、と。

 適当に返事をする。

 正直、ヤツの処遇に大した興味は無かった。


「じゃあ次、もっと聞きたかった事だ。?」


 確かに昨晩、オレは死んだ。

 心臓が止まったとか、そんなレベルじゃない。脳みそがぐちゃぐちゃになって、細胞レベルで身体の崩壊が始まっていた。

 たとえ救急隊が間に合って現代最高の医療を受けられたのだとしても、あの状態からオレが生き返る訳がない。


「分からないのであるか? 生存が汝の知る『科学テクノロジー』で説明できないのなら、汝の知らない『魔術オカルト』によって生き残ったに決まっているであろう」

「それが何だって聞いてんだよ、こっちは」

「ふむ、端的に表すならばとでも言ったところであるか」

「エンデュミオン……?」


 ……って誰だっけ。

 ギリシャ神話とかの登場人物だったと思うけど。


「エンデュミオン……女神セレネに惚れられた男であるな。セレネは老いていくエンデュミオンに耐えきれず、全能神ゼウスに彼を不老不死にするように頼んだとされるのである」

「…………神が、人間を不老不死に?」


 それがエンデュミオンの奇跡。

 フォッサマグナが態々オレの現状にその話を当てはめたという事は、エンデュミオンに当たるのは死ななかったオレだろう。

 ならば、オレに不老不死を与えたのは──



?」



 ────マイサン、か。


「愛されてんなぁ、オレ。もう二度と死ぬことは出来ないのか?」

「限りなく不老不死に近いだけであって、それそのものでは無かろう。強いて言うならば、神マイサンが存在するする限りは死なないと言った所か」

「心中以外に道はねぇってか? つーか、カミサマが死なない限りとか一生死ねねぇじゃん」

「そうとも限らないのである。吾輩は神であっても条件が揃えば殺害可能であるし、言わずもがな神格どうぞくであれば神マイサンを殺せるのである。

「────は?」


 え⁉︎ 聞き間違いか⁉︎

 オレのペニスが何だってッ⁉︎


「気づかなかったであるか? 神マイサンは汝の願い──男に戻りたいという願望を叶えようとしている。しかし、汝は未だペニスしか取り戻していない」

「…………おい、まさか」


 二つの力が相殺して、ふたなりで落ち着いたってことか⁉︎

 こんな中途半端な所で止まらなくてもいいだろうに……。


「……あれ? オレ、ベイバロンを倒したよな? それでも女体化は解除されないのか?」

「倒したのであろうが、それとこれとは関係がないのである。星幽界に潜む本神ほんにんの行動は封じられたであろうが、その力は相変わらず〈魔術決闘ペニスフェンシング〉に奪われたままであるからな」

「300万人の犠牲者もそのままか……」


 そういやそうだった。

 男を女に変えたのはベイバロンが直接その力を振るった訳ではなく、〈魔術決闘ペニスフェンシング〉のルールを悪用してのことだ。

 〈魔術決闘ペニスフェンシング〉そのものが破綻しない限り、TS病はどうしようもないという事なのか。


「意味なんて、なかったのかな」

「……?」

「オレの戦いで救われた人なんか誰もいなくて、結局は全部自己満足でしかなくて。全部お前に任せておけば良かったことなのかな」

「それは違うのである。確かに、吾輩が勝利していればどちらにせよ人類の絶滅は防げた。だが、吾輩と女神ベイバロンの本気のぶつかり合いがあればこのAIランドは無事では済まなかったであろう」


 ……確かに。

 フォッサマグナの天災は滅茶苦茶だった。

 オレとベイバロンが戦った時の被害は小さかったが、あの時は時間が停止していた。

 二人の本気の衝突なら被害は甚大だったのかもしれない。


「誇れ、宗聖司そうせいじ。AIランド万博エキスポが成功し、この島に笑顔が溢れたのは汝の功績である」

「……馬鹿野郎、成功も失敗もあるか。万博エキスポはまだ始まったばっかだっつーの」


 照れ隠しに悪態をつく。

 だけど、返答はなかった。

 しばしの沈黙の後、フォッサマグナは何かに気づいたかのように手を叩いた。


「そうか、汝は起きたばかりであったな」

「え? なっ、なんだ?」

「落ち着いて聞くのである」


 ぞわっ、と嫌な予感に鳥肌が立つ。

 考えないようにしていたこと。

 何となく勘づいていたこと。



「汝は今日が3月26日だと思っているのであろう? 



 ……なんとなく、そんな気はしていた。

 不老不死になったと言っても、回復力まで超人になる訳ではない。でもなければ、オレを覆う包帯は必要ないのだから。

 ならば、死にかけていたオレが目を覚めるまでにどれだけの時間が必要なのか。その答えがこれだ。


「きょう、は……何日だ?」

「2119年11月22日。汝は8ヶ月間眠っていた……AIランド万博エキスポは既に終わっているのである」


 想定を超えるほど長い間オレは眠っていたらしい。むしろ、浦島太郎みたいに百年も経っていなくて助かったと言うべきなのか。

 8ヶ月……ほぼ不老不死となったオレであっても、治療にそれほどかかるほどの重傷だったのか。


「そして、この8ヶ月で世界は様変わりした。その事を汝に伝えておくのである。……

「なん、だ……?」


 ごくり、と。

 フォッサマグナの威圧に唾を飲み込む。





 ……………………は?

 意味が分からない、訳が分からない。

 何も理解できない。……理解、したくない。

 だって、8ヶ月だぞ…………? 確かに長く感じた。だけど、たったの8ヶ月だぞ……⁉︎ それだけで『科学』の中心が『魔術』に侵略されたっていうのかッ⁉︎


「なにがっ、なんでそんな事になるんだっ⁉︎」

「一つは吾輩が敗れた事。世界の秩序を担う『白』の勢力は魔術業界の四割の魔力を占有しているが、その大半はハーレム15000たる吾輩の分であった」

「お前一人で世界を維持してたってのかッ⁉︎」

「その吾輩が敗れたことで、世界は『黒』に満ちた。だが、『黒』は666の魔術結社ヤリサーが寄せ集まってできた烏合の衆である。共通の敵を失った『黒』は無数の勢力に分裂し、


 それは、オレにも責任があった。

 オレがフォッサマグナに従っていれば、オレがでしゃばらなければ起こらない悲劇だった。


「でっ、でも! なら、なんで学術都市が巻き込まれた⁉︎ 学術都市なんて魔術世界の紛争からは一番遠い場所じゃねぇか‼︎」

「それがもう一つ、時代が──世界が更新アップデートされたからである」

「アップデート……?」

「もう一度言っておこう。汝に罪はなく、汝が気に病むことでもない。全ては吾輩の弱さと女神ベイバロンが汝を巻き込んだ事に原因がある。それを胸に刻んで話を聞くのである」


 フォッサマグナはオレに優しく語りかける。

 それが逆に、不安を煽る。


「世界は次のステージへ進んだのである。子宮を表す五芒星を使った魔法円から、男女を表す六芒星を使った魔法円へ。『科学』で説明できない『魔術』から、『科学』と『魔術』の融合へ。一柱ひとりの神から力を奪う第三から、一人一柱ひとりひとつの神を創る第四へ」


 その言葉には聞き覚えがあった。

 そりゃそうだ。当たり前だ。

 だって、それは。



「──、『



 ………………それ、は。


「『第四の魔術』、神を創り自由自在に力を引き出す新時代の覇権ネクスト・スタンダード。現代魔術を塗り替えた────〈神格新造ネオアームストロング〉。あらゆる魔術師がそれを求めたのである」

「……………………」

「どうやって神を創ればいいのか。どうやって『第四の魔術』へ辿り着けるのか。ヤツらは分からないなりに無い頭を捻った。つまり、発明者の汝と同じ道を辿ればいいのだと考えた。

「…………………………………………、」

「今までも魔術師同士の殺し合いはあった。だが、それは〈魔術決闘ペニスフェンシング〉のルールに基づいた魔術戦であった。悪用はあっても、ルール違反はなかった。だけど、もはやルールは存在しない。

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………オレの、せいか」


 人類の絶滅は防いだ。

 だけど、それは異なる争いの引き金となった。


 絶望感に打ちひしがれる。

 そんなオレに、フォッサマグナは優しく語りかける。


「何度も言うようであるが、汝に罪はない。汝は術式を開発しただけで、それで悪事を働いた訳ではない。悪いのは魔術師共であって汝ではないのである」

「だったら……何でオレに伝えた? オレを糾弾したかったからじゃねぇのか……?」

「汝の罪は無くとも、汝の影響であるのは違いない。ならば、汝自身がそれを知りたいと思うと吾輩は考えたのである。それとも、言わない方が良かったであるか?」

「…………いや、そうだな。ありがとう。何処かオレの知らない所で悲劇が繰り広げれているよりは、いくらかマシだ」


 ダイナマイトを作ったノーベルや、核兵器が生まれるキッカケとなったアインシュタインもこんな気持ちだったのだろうか。罪悪感で手が震える。プレッシャーで胃が痛む。


「汝に世界を脅かした責任はない。世界を救わねばならん義務など欠片も存在しない。汝はこのまま陽の当たる表の世界で平穏に暮らせば良い」

「…………だけど」


 老婆は一つの携帯を取り出した。

 とても古い、一世紀以上前のケータイ。

 


「平穏な道を蹴って、世界を救う茨の道を突き進むと言うのならば。……そのケータイを使うのである」

「これは……?」

「『魔術』と『科学』が融合させる霊界通信機を軸として創られた、盗聴不能の通信端末。と唯一会話することが可能な直通回線ホットラインである」


 ガタッ、と椅子を引く音が聞こえる。

 フォッサマグナが立ち上がったようだ。

 少ししてドアの開く音と共に廊下の冷気が室内に立ち込め、先程よりも遠い距離から老婆の声が響いた。



「今すぐ、という訳ではない。むしろ、汝の怪我ではあと数ヶ月は病院であろう。ゆっくり考えるのである」



 コツコツ、と。

 足音が廊下に響いて消えた。


(世界を救う茨の道、か……)


 ガラケーを握り締めて考える。

 オレはどうするべきなのか。


 フォッサマグナは言ってくれた。

 オレの責任ではないと。

 オレに世界を救う義務は無いと。


 でも、だけど。

 オレに世界を救う責任は無くても。

 オレは〈神格新造ネオアームストロング〉という術式の開発者だ。

 だったら、その使い方に口を挟むことくらい許されるはずだ。



 



 何よりも、そっちの方が彼女に胸を張れる。

 馬鹿ですわね……と呆れるような笑顔が脳裏に浮かんだ。


 そして、オレはガラケーを開いた。

 電話帳にあるたった一つの名前を躊躇いなく押す。

 ガチャッ、と一つのコール音もなくすぐさま電話は繋がった。


『……一切の迷いなく、ですか。恐ろしいものですわね』

「お前は?」

わたくしの名前は馬場緋色ばばひいろSECRET──


 秘匿機関SECRETの所長ッ⁉︎

 あのバキュームの上司──ッ⁉︎

 驚愕が胸に満ちる。

 だけど、それ以上に引っかかった事がある。


(あれ……調────)


 答えはすぐに示された。



わたくしの真の名は〈──




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆死んだと思いましたぁ〜? なんつって☆

◆──なんて。

わたくしはそんな巫山戯ふざけた態度を取れる立場ではありませんが。




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