大淫婦(2)



 神託が下る。

 魔女は告げる。





 つまり、それこそがベイバロンの動機。

 虫除けの術式を貫通する効果を持たせる。

 ただそれだけの為に、彼女は宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉の管制室を占拠し、宇宙規模の魔法円を構築したのだ。


「それ、だけの為にッ⁉︎ 宇宙エレベータも神託機械もッ、万博もオレの頭脳すら関係ないッ‼︎ ッ⁉︎」

「何処でも良いと言えば弊害があるわね。此処は力発電・力発電・力発電・熱発電──四属性のエネルギーが調和した神殿よ。見えない力を受信する電波塔という側面を持っていたのも良かったわね」

「けどッ、そんなもんは何処にでもあるッ‼︎ どうして此処だったッ? どうしてオレが狙われたんだッ⁉︎」


 結局、それだけ。

 何か特別な理由なんてなかった。

 丁度タイミングよくバキュームがオレや神託機械ハイパーコンピュータの情報を魔術世界に流していて、丁度ベイバロンの求めていた条件と合致していただけのこと。


 フォッサマグナの言った事は正しかった。

 一連の事件の黒幕はバキューム。

 ベイバロンはその事件に便乗しただけの、別の事件の黒幕だった。


「……話疲れたわね。もう良いかしら?」

「まっ、待て! 虫除けの術式を退けられたとしても、魔術師には魔杖チンコがある! 感染してもメス堕ちする訳が……‼︎」

「めんどくさ…………もはや元の手法──〈魔術決闘ペニスフェンシング〉を利用した男性の女体化に意味は無いわ」

「…………は?」

TS……。300万の症例がそれを担保するのだから当然ね。そして覚えているかしら? 


 〈黄金の天球The Golden Sphere〉の首領リーダー、テスティスは人が死んだら星になるという迷信を利用していた。人間の固定観念と『類感』させることで、迷信を実現させる魔術だ。

 けれど、ベイバロンのそれは違う。



TS⁉︎」



 虚構クロ真実シロに。

 魔術ユメ科学ゲンジツに。

 わざわざ300万人の一般人を感染させた利用がこれだ。


 ハーレム3000000の魔力。

 TS病に関する世界的な迷信。

 この二つを以て、男を絶滅させる細菌兵器は完成した。


「それで分かったかしら、わたくしの実力が。わたくしがカミサマであるという証明が」

「しんじ、られるか。信じっ、……信じられる訳がないだろ⁉︎」

「あら、それは何故?」

「オレは科学者だ‼︎ 物事を疑うことを生業とする人間だ! いやっ、そもそもっ! テメェの言うことを鵜呑みできるわけがねぇだろ⁉︎」


 ベイバロンが人類を絶滅させる力を持つことは分かった。

 ベイバロンが誰よりも強大な魔力を持つことは分かった。


 でもそれは、強さの証明であってカミサマの証明じゃない。

 だから、ベイバロンの言葉は信じられない。


 だけど、ベイバロンは告げた。

 オレの魂を剥き出しにする一言を。



?」



 ……………………。

 ………………………………。

 …………………………………………。


 それは、端的な言葉だった。

 理屈とか、科学者だとか。

 そんな物を無視して放たれた指摘。

 オレの感情を問う言葉。

 だからこそ、オレの心に深く突き刺さった。

 魂を守る理論武装が剥がれ落ちていく。


「貴方は真実を知りたいんじゃないわ。ただ、自分に都合の良い言葉を聞きたいだけ。そんなの、自己満足に過ぎないわ。そんなものが欲しいならわたくしを巻き込まず、一人で自慰オナニーでもヤっていなさい」


 そう言って、ベイバロンはティッシュ箱をオレに投げつけた。

 大量のティッシュが宙に舞い、天使の羽のようにひらひらと地面に落ちる。



 そして。

 数分か、それとも数秒か。

 長く……そして一瞬の沈黙があった。

 やがて、唇から言葉が溢れる。




 




「そうだよ。ベイバロンの言う通りだ。何の反論もできねぇ。オレはテメェの言葉を信じたくなかった。そっちの方が都合が良いからだ。だからこそ、テメェの言葉は全部ウソだと跳ね除けた。全部ウソだったら良いという感情が、正当な物事の評価を妨げた。真偽を考慮することもなく、一瞬で。それも自分で意識すらすることなく、無意識のうちに感情的に。科学者だから、なんて詭弁だ。自分の感情に振り回せれて客観的な思考を怠るなんて、科学者からは程遠い。だけど、それがわりぃか⁉︎ オレは間違ってんのか⁉︎ ああ‼︎ 間違ってるだろうさ‼︎ 科学者を名乗りながらこんな体たらくじゃ失望されて当然だよ。でもッ、そんなの仕方ねぇだろ⁉︎ 信じたくないに決まってんだろ! なんでオレが巻き込まれた! なんでこのタイミングだった‼︎ 信じてた仲間に裏切られたばっかりだって言うのにッ、なんでまた裏切られなきゃいけねぇんだよっ‼︎ カミサマだって言うなら愚かな人類なんか見捨てて宇宙の彼方で楽園でも築いていりゃあ良かったじゃねぇか! 絶対的なカミサマが欲しいとか言って神託機械ハイパーコンピュータを作ってはいたけど、テメェみたいなのは求めちゃいなかった‼︎ オレが欲しかったのは変わらない愛と絆とかッ、そんな小さなもんで良かったはずなのにッ‼︎ 怖い魔術師とだって戦いたくなかった! 仲間に裏切られた時は辛かった! 怪我した時は泣きたかった! それでも戦ってきたのは……それでも踏ん張って立ち上がれたのには大した理由があった訳じゃない。ただの見栄なんだ。ちょっとした下心なんだよ。可愛い女の子の前で情けない姿を見せたくないとか。あわよくばオレに好意を抱いて欲しいとか。ただそれだけだったんだよ。別に世界の平和だとか、世界を救った栄誉なんていらない。ただ全てが終わった後に連絡先を交換するだとか、可愛い女の子にお礼を言われるだとか。ほんとに、それだけでよかったんだ。何ならそれだっていらない。ただあの子の笑顔が見れたらそれで十分なんだよ。なのにッ、どうしてこうなるっ⁉︎ 寄生虫とかカミサマとかッ、別人だとかもう死んだとかッ‼︎ そんな結末なんか欲しくなかった‼︎ ただオレはヴィルゴに胸を張れる自分でいたかっただけなのに……‼︎ それがどうして彼女が先に死ぬような結末を迎えるんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ‼︎‼︎‼︎」



 ベイバロンはその慟哭を静かに聞いていた。

 オレの苦しみは彼女のせいだ。

 でも、その憐れみの顔は慈悲を持った女神のようにも見えた。


「貴方……本当にヴィルゴに惚れていたのね」

「…………………………、」

「……それって今も、なのかしら? 彼女の正体はわたくしが産み出した寄生虫ムシケラだと分かってもなお?」

「…………最初は彼女の見た目が好きだった。でも、もう姿形なんて関係ねぇんだよ。女体化TSしてもオレの精神性は男のままであるように、彼女が人間じゃなくなってもその美しさは何も変わらねぇ」


 ホルモンとか脳内物質だとか、心に影響を与える物質は肉体の性別によって異なるものが分泌される。だから、肉体の変化に精神が引きずられるというのはあり得る。

 でも、真の意思っていうのはそんなんじゃねぇだろ。


「それで、どうするつもりなのかしら? 認めたくなくても、理解したのでしょう? わたくしがカミサマであることを」

「……もう、オレは戦いたくない。立ち上がりたくない」


 それは弱音だった。

 それは悲鳴だった。


「カミサマになんて勝てる訳がない。勝ったとしても、得られるモノは何もない。オレの好きなヴィルゴは戻ってこない」


 オレから溢れるどうしようもない泣き言。

 ヴィルゴの前じゃ言えなかった本音。





 

 


「勝てるかどうかなんて関係ないんだ。戦う意味なんて必要ないんだよ」

「…………なに、を」

「オレは言ったぜ、ヴィルゴ。たとえオレの体が女になったとしても、心まではタマナシ野郎になるつもりはねぇ。

「今更何をするつもりッ⁉︎」


 彼女はもういないのだとしても。

 彼女を取り返すことが出来なくても。

 せめて、彼女に胸を張れる自分でいたい。

 それだけで、オレは神様にだって喧嘩ケンカを売れる。


 ──準備は完了した。

 ──決意も固まった。


 そして、オレは決別の一言を告げる。



?」




 

 


 


 ベイバロンはTS病ウイルスによって体臭が〈媚薬香水チャームフェロモン〉となると言った。

 しかし、その効能は一度きりしか発揮せず、決闘空間が構築されるのもまた一度きりの筈だった。──


 効果が一度きりなのだとしても、TS病ウイルス自体はまだ体内に残っている。

 そのウイルスを超微細機械ナノマシンによって分析し、自分の汗腺を使って元の体臭を再現すれば、その一滴はベイバロン〈媚薬香水チャームフェロモン〉となる。


 再現できたのはたった一滴。

 けれど、一滴だけで十分すぎる。

 何故ならば────




 ◇◇◇◇◇◇



〈ルール参照〉


◆ 規則の四。制限時間は使用した媚薬香水チャームフェロモンの量で決定され、制限時間内に勝負が決まらなかった場合は挑戦者の敗北となる。




 ◇◇◇◇◇◇




 ────狙いは、ベイバロンの時間切れタイムオーバー


 たとえカミサマであろうと、相手は〈魔術決闘ペニスフェンシング〉を利用するハーレム3000000の魔術師。

 〈、〈



 そして、汗が垂れたのと同時。

 ポケットに入れていたボイスレコーダーのスイッチを押す。


 それはクローンソーセージが持っていたボイスレコーダー。

 可聴域外にまで至るほどに倍速化された宣誓おまじないが決闘空間を構築する。



「────な」



 刹那の決闘。

 一秒も過ぎれば時間切れタイムオーバーで敗北する。

 そうすれば、ベイバロンは終わりだ。世界中から蒐集した300万人分の魔力が魔力枯渇テクノブレイクによって失われてしまう。


 ベイバロンの脳が超高速で回転する。

 いいや、もはやそれは思考ですらない。

 半ば脊髄反射によってベイバロンは動く。



ッ‼︎」



 

 325235959


「……………………は?」

「はぁ、はぁ、はぁ……‼︎ ギリギリだったわね……‼︎」


 ベイバロンは魔力枯渇テクノブレイクに陥らなかった。

 それはルール違反でも何でもない。

 ただ、時間切れタイムオーバーが起こらなかっただけ──決闘空間が未だ存在しているだけのこと。


 一秒未満しか存続できない決闘空間。

 今だに時間切れタイムオーバーにならない状況。

 どちらも嘘でないのならば、解は一つしかない。



「────⁉︎」

わたくしは十二時に魔法が解けるシンデレラのドレスを着ているのよ? 



 黒い喪服のようなドレス。

 透明なガラスのハイヒール。

 ベイバロンの肉体を超人足らしめる人体改造術式の要。

 それに時間停止なんて活用法があるとは思いも寄らなかった。


 タイミングが悪かったとしか言いようがない。

 あと一秒でも早ければ、もしくはあと一秒でも遅ければ、その魔術は成立しなかっただろう。

 或いは、そんな運命的な偶然を引き寄せるからこその神なのか。


「そもそも『結界』とは世界と隔絶する技法よ? 決闘空間内のみを外の時系列から切り離す事など簡単だわ」


 そんな訳があるか。

 人類には届かない空想の領域を易々と犯す。

 これこそが神、意思を持った天災。

 時間切れタイムオーバーから逃れる為だけに世界の法則を歪める超自然的・絶対的存在……‼︎


「これで終わりかしら? 人類サルにしてはなかなかヤるわね」

「…………ッ、まだだ……‼︎」


 魔法のステッキスタンガンを取り出す。

 時間停止なんて馬鹿げた手法は予想しちゃいなかったが、一発で終わらないのは想定内……‼︎

 〈魔術決闘ペニスフェンシング〉に持ち込めたことは確かなんだ。後はベイバロンの魔杖チンコを破壊することが出来れば──



?」



 ベキベキバキバキッ‼︎ と。

 魔術を使う必要すらなかった。

 


「あッ、がァ──⁉︎」

「まだ決闘が終わらない……そのスタンガンだけが貴方の代替魔杖ディルドではないのね。他には何があるかしら? 悪魔の乳首クリトリスとか定番よねぇ」

「ごッ、がァァアアあああああああああああああああああああああああああああああああッ⁉︎」


 ガラスの靴を履いたベイバロンの蹴りがオレの股を掠め、尖ったつま先が肉を抉る。オレのクリトリスがぶっ飛んだ。


 …………それでも。


「…………あら?」

「……ッ、まだっ、だッ‼︎ まだ終わっちゃいねぇぞクソがァ‼︎」


 まだ、決闘は終わらない。

 こんな所で終わらせてたまるか……‼︎


「……他に、あったかしら。わたくしが見落とす筈が──」

「──探す意味はねぇぞ? 何せ、見つけたとしても壊せるはずがねぇんだからなッ‼︎」


 まだ死なない。

 まだ倒れない。

 決闘が続く限り、代替魔杖ディルドがある限り。

 オレの生存は逆説的に証明され続ける。


 そして、は絶対に壊れない。



「オレの代替魔杖ディルド──……ッ‼︎」




 ◇◇◇◇◇◇


〈Tips〉


代替魔杖ディルドの条件は二つ。

◆一つ、魔術師の魔力が篭っていること。

◆二つ、棒状であること。

◆故に、宇宙エレベータもまた代替魔杖ディルドと成り得る。



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