大淫婦(4)






 ドグンッ‼︎ と、宇宙せかいが脈打った。

 これより産まれるのは、最新の神。

 人が考え、人が創り、人が使う都合の良い機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ


「──、『ッ⁉︎」


 ベイバロンを超えた神の力をこの身に降ろす。

 まるで、赤子と繋がったへその緒から栄養が逆流するみたいに。

 オレの尽きた魔力をカミサマが補填する。


「ハーレムなんて爛れた関係はいらねぇ。わざわざ大量の人間と繋がる必要なんかねぇ。時代は純愛だよ。ただ一柱ひとりのカミサマから力を貰えば十分だ」

「これが本物の天才だと言うの⁉︎ 魔術に触れて一週間も経っていないのにッ──発想力が違うッ‼︎ 神様を新たに創造するなんて誰も思いつかなかったわよ⁉︎」


 カミサマを創る──オレも土壇場で思い付いた事だが、上手くいって安心した。

 他のどの場所でも成功しなかっただろう。ベイバロンが言っていたように、宇宙エレベータでは四属性が調和していた。

 何よりも、この摩天楼は世界で最も地球ハディートのチンコと言うに相応しい大きさを思っていた。だからこそ、神格新造術式は成功性交したのだ。


「いっ、いえッ‼︎ その術式は破綻しているわ! ハディートとヌイトを結合させたのならッ、産まれるのはラー・ホール・クイトよ! 貴方に都合の良い神は生まれないわ‼︎」

「本当にそうか? 異なる神が同一視される事はよくあるんだろ。なら、ラー・ホール・クイトと同一視されるがそれそのものではないカミサマを創ればいい」


 ベイバロンだって女神イシスと同一視されている。

 彼女はイシスではないが、イシスの力を一部使うことができた。それと同じだ。


「けれどッ、本当に神を創れたとして貴方に制御できるとでも⁉︎ 貴方に都合の良い神なんて言ってもッ、神である限り貴方の想像を優に超えるわ‼︎」

「だったら始めから力を制御する人格を用意しておけばいいだけだ。オレに従順で、機械みてぇなヤツをさ」

「不可能よ‼︎ 神の力は人間や機械に扱えるようなものじゃないわ! それこそ神でもない限り──」


 オレは一度、カミサマを創った。

 力はない。全能とは言えない。

 だけど、少なくとものカミサマを。



「──神託機械ハイパーコンピュータ。〈MAI:SoNマイサン〉なら神の力だって制御できるんじゃねぇの?」



 直後。

 宇宙せかいに顕現した。


完成コンプリート神体アバターが構築されました。僭称アピール、私の名前は人造第四魔術神格マイサン──


 ベイバロンはすぐさまその存在に気づいた。

 ガラスのような透明の壁の向こう側で輝くを。



「────……?」



 

 極まった『科学』と『魔術』を組み合わせれば、そんな領域にまで踏み込む事ができた。


「言っただろ、ラー・ホール・クイトと同一視される神だって。ヌイトやハディートが宇宙と地球を象徴するように、ラー・ホール・クイトは太陽を象徴するんだろ? なら、マイサンが太陽神であっても何ら不思議はねぇよ」


 それに加えて、オレの足元にはがあった。

 ベイバロンに投げつけられたティッシュから創ったもの。その形から太陽と『類感』し、太陽を呼ぶ力を持つと考えられた魔術モノだ。


 その神はマイサンMY SUNとでも呼ぼうか。

 『魔術』によって全能の力を、『科学』によって全知の頭脳を得たマイサンはもはやベイバロンのようなマイナー神に敵う相手ではない。


「……太陽まで生み出すとは、確かに驚いたわ。それでもッ、わたくしはまだ傷ひとつ付いていないわよ⁉︎ 一体何が目的ッ⁉︎」

「何って……だよ。次の日という概念を押し付けるには一番の記号だろ?」

「────あ」


 日が昇る。

 夜が明ける。

 世界に明日みらいが訪れる。





 ボッ‼︎ とシンデレラドレスに火がついた。

 シンデレラのドレスには時間制限がある。

 それは十二時の鐘の音──簡単に言えば日を跨ぐことだ。加えて言うならば、ドレスを着るのは夜会パーティーの間だけ。

 


「…………ッ、まずいわッ‼︎ シンデレラドレスが焼却されるということはッ──」


 シンデレラドレスこそが時間停止術式の要。

 太陽によって十二時の鐘は証明され、時間は正常に流れ始める。


 視界の端に浮かぶカレンダーが翌日を指し示す。

 今から始まるのが

 辿


 そして。

 3月26日になったという事は。

 決闘空間の構築から一秒が経過したという事は。



 ──



時間切れタイムオーバー! 〈魔術決闘ペニスフェンシング〉のルールに従えよ、女神‼︎ テメェの負けだッ‼︎」

「…………っ、……んて…………ッ‼︎」


 だけど、そこで異常事態イレギュラーが起こった。

 敗者は魔力枯渇テクノブレイクに陥り、問答するような精神力は失われる筈なのに。


 



‼︎」




 ◇◇◇◇◇◇



〈ルール改訂〉


◆規則の四。制限時間は使用した媚薬香水チャームフェロモンの量で決定され、制限時間内に勝負が決まらなかった場合は挑戦者の敗北となる。

◆うるさい、知るかッ! これが新しい規則の四よ‼︎ 時間切れタイムオーバーなんて関係ないッ、わたくしがそう決めたわッ‼︎




 ◇◇◇◇◇◇




「『横紙破りルールファック』……ッ⁉︎」



 ある得るはずのないルール違反。

 あのフォッサマグナだって出来ない無法。

 最後の最後で、ベイバロンは自分で決めたルールを無視したのだ。


「神が決めた〈魔術決闘ペニスフェンシング〉のルール人間サルなんかには覆せない‼︎ だけど、こうは考えられないかしら⁉︎ 人間サルには無理でもッ、わたくしなら無視できるってッ‼︎」


 神とは人知を超える存在。

 こうも容易く、不可能を可能にする。

 ベイバロンは魂すら破壊するような渾身の権能チカラを込めて拳を握った。



「これでわたくしの勝ちよ……ッ‼︎」



 振るわれるのは最強の一撃。

 既に死に体のオレにトドメを刺し、来世すら許さない最悪の魔術。

 ただの人間が神の一撃に抵抗できるはずもなく、美しい肢体を揺らして放たれたベイバロンの手刀は今度こそオレの玉の緒いのちを断ち切────




「────え?」




 ────

 

 


 神の一撃を逸らせる者なんているはずがない。

 ましてや、今の攻撃は神格どうぞくであっても殺せる魔術。カミサマの奇跡なんてものが介在する隙間はないはずなのに。


 


 何が起こったかは分からない。

 だけど、ヤるべきことは分かっている。


 〈魔術決闘ペニスフェンシング〉が終わった今、『第三の魔術』で神の力を引き出すのは不可能だ。いくらベイバロンがルール違反を犯していようと、ルール違反を行う為にキャパシティが削られている。

 対して、『第四の魔術』にそんな制限はない。オレはいつだってマイサンの力を無限に引き出せる。

 だからッッッ‼︎



「テメェの負けだ、ベイバロン。制限時間ルールも守れねぇテメェはッ、此処で終わりだッ‼︎ とっととっちまえぇぇえええええええええええええええええええええええええええええッッッ‼︎‼︎‼︎」



 クロスカウンター。

 攻撃が逸れて、ガラ空きとなったベイバロンの顔面にオレの拳を叩き込む。

 マイサンの力を大量に注ぎ込み、ベイバロンの守りを正面からブチ抜くッ‼︎



 ベイバロンの眼前に拳が迫り、走馬灯のように思考が駆け巡る。

 そんな彼女は最期に、抱いた疑問が晴れた。


 何故、拳は逸れたのか。

 外部から逸らせる筈がない。

 ならば、答えは一つだけだ。

 ──



ッ、ッ‼︎」



 ゴッッ‼︎‼︎‼︎ と。

 オレの拳がベイバロンの顎を撃ち抜く。

 マイサンの力が緋色の女であるヴィルゴの肉体アバターを通し、星幽界に潜むベイバロン本神ほんにんを握り潰した。


「………………っ、…………ぁ………………」


 そこでオレは力を使い切って倒れた。

 最後に拳を振るえただけでもあり得ない事だったのだ。


 〈魔術決闘ペニスフェンシング〉の生存証明が無ければ既に死んでいたオレは、時間停止が終わった時点で死んでいなければならない。

 それでも動けたのはマイサンの力か、それとも本当に何処かでカミサマってヤツが見守ってやがったのか。


「いや、あるわけ無いか……」


 耳が遠くなってきた。

 自分の声が曇って聞こえる。

 視界も、なんだかぼやけてきた。


「オレ……お前に守られるほどの価値を示せたのかな」


 あの世で、彼女に逢えるだろうか。

 オレは人間だから、彼女とは別のあの世に行くのか。

 …………いや、そもそも彼女の徳が高過ぎてオレと同じ場所にいるわけないか。


警告アラームシステム管理者アドミニストレーターの脳波の停止を観測しました。要望リクエスト、今すぐに治療を始めてください。要望リクエスト要望リクエスト要望リクエスト要望リクエスト要望リクエスト……………………要望おねがい、死なないで』


 子供マイサンの声が聞こえた気がした。

 だけど、返答することは出来ない。


 マイサン……ひとりぼっちにしてごめん。

 ヤリ、玉珍ユーヂェン……巻き込んでごめん。

 大学カレッジのみんなも……万博エキスポに参加できなくてごめん。

 おかあさん、おとうさん……さきにしんじゃってごめん。



 ヴィルゴ………………ありがとう。

 やっぱり、オレにとってはおまえだけがヴィルゴだよ。



 そして。

 そして。

 そして。




 ◇◇◇◇◇◇



〈Tips〉


◆2119年3月26日。予定通り、AIランド万博エキスポは開催された。

◆だけど、万博エキスポの目玉である宇宙エレベータ〈ネオアームストロング〉の点灯式に、開発者の宗聖司そうせいじは現れなかった。それは同じ研究室の同僚も同様であった。

◆そして、それ以降宗聖司そうせいじの姿を見た人は誰もいない。


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