第16話 目指せ!魔技大会
彼の要求をのめば、私の毎日がパフェ祭りに──アーリナは涎を手の甲で拭いながら、不敵な笑みを浮かべていた。
静まり返ったテーブル。生唾を飲みこむ音すらも聞こえそうな静寂の中、ミサラは彼女の様子に不穏さを感じていた。
(アーリナ様のあの顔は絶対にあれだわ。私は怖い……とても嫌な予感がするのです)
ザラクは「で、どうすんだ?」と手に持ったノートをパタンと閉じ、アーリナは封を切ったように口を開いた。
「ねえ、ミサラ。私、魔技大会に出る!」
「ア、アーリニャ様!?」
突然の出場表明に、ミサラは驚きのあまり声を裏返した。一方、ザラクは拳を握って「よし!」と、してやったりな笑顔もみせる。
「そ、それはどういうこと……意味を分かって言ってらっしゃるのですか? 大会に出るということは、ご家族どころか王国全土に、アーリナ様の力が知れ渡ることになるのですよ? それにまだまだ魔技大会なんて──私は絶対に反対です!」
ミサラは大慌てで、アーリナを止めにかかった──がしかし、横からすかさずザラクが援護射撃の声を上げる。
「腕っぷしの問題なら、まだまだ鍛える時間はあるじゃねぇか。それに身バレが怖いってんなら仮面でもつけりゃあいい。名前だって偽名で通せばいいじゃねぇか」
「ザラク、貴様は黙ってろ! 次の大会までなんて、もう一年もないんだぞ。その上、顔も名前も隠して出場だと? そんなことができるわけ──」
「出来る」
「ああ?」
「それが出来るって言ってんだよ。てか、おばさん。元王国騎士団のくせに──」
パチーン!──ミサラの平手打ちが間髪入れずにザラクの頬を痛烈に撃ち抜いた。
「誰がおばさんですか! 私はまだうら若き23歳よ」
彼女は腕を組んで顔をプイッと、口をリスのように大きく膨らませた。アーリナは「まあまあ、そのくらいにしとこうね」とミサラを宥めつつ、ザラクへと代わりに尋ねる。
「話の続きなんだけど、大会って偽名とか顔を隠しても出れるものなの?」
「はあ~、ったくよお……痛ぇなあ」
ザラクは、赤く腫れた頬を押さえながらゆっくりと答えた。
「ああ、まあそうだな。魔技大会の目的は未知の強者を見つけだすことだ。そこに素性はあまり関係ない。とはいえ、さすがに犯罪歴だけはダメだ。あっそうか、お前らって犯罪者じゃないよな?」
「違うわ! ミサラも私も純白より真っ白よ」
「無礼にもほどがあるぞ、貴様……」
聞くところによれば魔力とは、たとえ同じ属性であったとしても宿主によって異なる特性を持ち、個人識別をも可能とする。よって犯罪を犯した者は、髪の毛などの魔力密度が高い部位を採取され、記録として保管されているというのだ。
そして出場登録の際には、数本の髪の毛あるいは爪先を採取されて犯罪記録と照合されるが、経歴上問題がなければ素性を問われることもない。現に過去の優勝者で仮面をつけたり偽名の者もいたようだが、それを咎められたことは一度もなかったらしい。
仮に、何か問題があったとしても魔技大会が行われるのは王都内のコロシアムだ。大会期間中は厳格な警備が施される。王自らが絶対的な信頼を置き、王国最強と謳われる騎士団の監視下で愚かな行動をとる者はまずいない。
もしも、いたとすれば無謀な大馬鹿者だ。その場ですぐに粛清されて終わるだけで、如何に強いライアット候であったとしても、一人で歯向かうなどしないだろう。
ここまでの話を聞き、大まかには納得したミサラであったが、アーリナの出場については難色を示したままだった。
そもそも、どうして急に出たいと言い出したのか。たかがパルフェ一つで、危険極まりない魔技大会への出場を決めたというのなら、是が非でも止めなければならない──ミサラはそう考えていた。
もちろん、パフェは瞼の裏にも焼き付くほどに、アーリナの心に燦然と輝いている。しかし、彼女には別の考えもあった。大会出場を望む、正当な理由だ。
「ミサラ、ちょっといいかな? それと、君はここに居て」
アーリナは二人に声をかけると、ミサラとともに席を離れ、ザラクには聞こえないように小声で話し始めた。
「アーリナ様、いかがなされましたか? あの場では話しにくいことでしょうか?」
「う~ん。私の目的を言うにはまだ早すぎるかな。彼のことを仲間にするって、決めたわけでもないから」
彼女はミサラにその理由を語った。要点は2つ。
1.大会での優勝は領民の反感を避けつつ、最速で領地を獲得する道を開く。
2.フィットリア領との魔契戦には膨大な軍勢が必要だが、それに匹敵する戦いを王国公認のもとで行うことができる。
ただ、アーリナにとってメリットばかりではない。魔技大会というだけあって、ライバルは家族以外にも当然多くなる。
ライアット候を筆頭に、フィットリア領の東にある【ドーランマクナ領】の魔女ルゼルアや、王国最南端に位置する【マグークス領】の巨人ギアントなど、名高い強敵たちがひしめいている。
アーリナ自身は魔技大会にそれほど興味を持ってはいなかったが、王国内では毎年の祭典として大いに賑わっていたし、自然と耳にも入っていた。その度に名の挙がる奴らだ。どいつもこいつもいい噂なんて一つも聞いたことがなかった。
「ねえミサラ、私は出るよ。これはピンチだけどチャンスでもあるわ。大会は来年だし時間はある。それに、私には斧神様だって憑いてるんだし」
「ですがアーリナ様、まだその力がどのようなものかも分かってはおりません。時間だって、たったの一年ほど……。今回ばかりは、ダルヴァンテ様にお任せしたほうが──」
「じゃあもしもだよ? 父が負けちゃったらどうなるの?」
「そ、それは……」
「父は強い。私だって分かってる。でも、負ければこの領地は他人のものになっちゃうの。そうなってから取り戻すほうが難しいし。それに……あ、そうだ! ミサラも一緒に出場しよう。二人なら確率も二倍! まあ、私たち同士で当たっちゃったら、それは何とも言えないけどさ」
ミサラにも出場をお願いしたアーリナだったが、その直後、つい調子に乗って余計なことを口走ってしまったと両手で口を覆った。
大会に出るともなれば、否が応でも王国騎士団の面前に姿を見せなければならず、ミサラにとっては望まぬ形で、過去の仲間達との再会を果たすこととなってしまう。
宿敵である、王国騎士団副団長アザハルの目にも自然と晒されることに──。
かたやアーリナは生まれてこの方、領外に一度だって出たこともない。偽名を使い、仮面を身につければ、家族にだって気づかれることはないはずだ。
けれど、ミサラは違う。王都内では知れ渡っているし、たとえ仮面で顔を隠したとしても、達人の剣はその太刀筋を見ただけでも、誰のものかが分かるという──故に、偽名と変装で乗り切るのは難しい。
アーリナは思いつめた彼女の目を見て、これ以上詰め寄ることなく話を進めた。
「ご、ごめんね、ミサラ……私は大丈夫だから心配しないで。大会の日は家族総出で不在になるし、ミサラにはここに残ってもらわないと。領警団だけじゃ不安だしね」
「アーリナ様……」
「さてと、ラドニーとも話さなくちゃ。神様だし、いい策をくれるかも」
とりあえず、ミサラは明確に賛成してはいないものの、アーリナの大会出場への意志は揺るぎなく、ほぼ強引に決定した。
この大会は必ず優勝しなくてはならない。決して負けは許されない。もちろん、アーリナが優勝するのが一番だが、最悪、他の家族の誰であっても構わない。今回に限り、領民たちの笑顔さえ守れればそれで十分だ。
アーリナには厳しいダルヴァンテも領民達には優しく、善政を敷いて皆に慕われているし、母も同様で妹はよく分からない。
(ま、外面だけはご立派なものよねえ~)
決してあってはならないことは、他領に取られるということだけ。領地奪取の規則として、奪った領地の民についてもその支配下に置かれることになっているからだ。
──つまり、領民たちは他へ逃れることが許されない立場に置かれる。
当然、領主の方針にもよるが、自由な人材交流や交易をおこなう者もいれば、力ある者を引き抜いて軍備の強化、残りは奴隷のような扱いをする者だっている。
家族のことはさておき、後者であれば、元王国騎士団のミサラも間違いなく奪われてしまうだろう。かと言って、ミサラが抵抗したところで爵位のない者の反抗は重罪。ほぼ確実に王都の収容塔へと送られることになる。
ダルヴァンテのような例外措置など、基本有り得ないことだ。それに、敗戦したクルーセル家がいくら訴えたところで聞き入れてもらえるはずもない。
(今の私にとって、ミサラがいない生活なんて考えられない。このフィットリア領──何が何でも他領から奪われるわけには、絶対にいかないんだ)
話を終えた彼女たちは、ザラクの待つテーブルへと戻る。彼は待ち草臥れた様子で、テーブルに頬を擦りつけてグデ~っとしている。
「はあ~、や~っと終わったのかよ……。別にいいじゃねぇか、ここで話してもよ。それで、決まったのか?」
「うん、私が出る! ミサラはお留守番!」
「そうかよ。まあ、ひとまずはよかったが、魔剣士様にこそ出て欲しいんだがな。お前みたいなチンチクリンじゃ、頼りにならねぇしよ」
「チ、チンチク……この私が、チ、チンチクリン?」
「お気を確かにアーリナ様。決してそのようなことはございません……っておい、貴様! すぐに謝れ、撤回しろ!」
彼は大会出場が決まったことに安堵し、アーリナは自分の代わりに雄叫びを上げて暴れ出したミサラを、我に返って必死に抑えた。
「あともう一つの要求、そっちはのめるのかよ?」
「何よ! チンチク呼ばわりしといて、仲間になりたいなんて却下よ、却下!」
「ああそうかよ、じゃあ、パフェの件はなしだ。優勝できたら沢山食いだめしとくんだな。もう機会はないかも知れないからな」
「えなっ! へぐぅ~。このクルクルモジャ男の分際で、ギラギコバッタンしてやろうかしら」
「ギラギコ? んだそれ?」
彼女たちはザラクに冷ややかな目を向けた。そしてまた、彼には聞こえないように二人でひそひそ話を始めた。
「はあ? もういいだろ? 俺にも聞かせろよ。さっきから何の話してんだ?」
目を眇め、不満を漏らすザラク。対する彼女たちはニヤリと口元を緩ませ、
「それでいこう、ミサラ!」
「本当によろしいのですね? アーリナ様」
と、互いにコクリと相槌し、彼に向かってアーリナがその結果を言い放った。
「じゃあねえ~、いいわ教えてあげる! 今から君に呪いをかけるって話よ!」
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