第21話 始まる、弟子認定試練

 一方その頃、姉のアーリナは愉快な仲間たちとともに魔晶の森を再び訪れていた。


 彼女の仲間となって魔技大会への出場を願う、元領主の息子ザラク。


 彼の力試しをしたいと、モーランドが名乗り出たためである。


 そんなモーランドはその巨体をスキルによって縮め、アーリナが持つお手製ポーチへと無理くり捻じ込まれていた。


 お陰でもう、今にもはち切れそうなほどパンパンだ。


 「魔物が普通に出歩くだと?」とミサラに鬼の形相で迫られた結果、否応なしに定着しつつある彼の外出スタイルとなった。


 モーランドは森に到着後、本来の姿へと戻り、その解放感からザラクと並んで浮足立っていた。


 「モハハハ! ザラクよ! どうだ、我が城は!最高だろう!」


 「アハハハ! モーランドさん! お城はどこですか? 草しかありませんよ、草しか」


 「モハッ、何を言うか! 木もあるじゃないか。木もー!」


 「おおーっ! 木もありました、木もー!」


 アーリナとミサラは先行する緊張感ゼロの二人の姿に、侮蔑の目を向けていた。


 ミサラのお説教タイムが始まるのも納得の光景だ。


 「おい、貴様ら! 少しは警戒しろ! ここにも魔物はいるんだぞ! いつまでそんな腑抜けた面をしているんだ!」


 「何を怒っているのだミサラよ、我はタウロスロードぞ? この森のことは貴様よりもはるかに知り尽くしている。不安に思うことは何も──」


 彼女の声に反発したモーランドだったが、途中、急に口詰まった。


 彼は自分の足元に違和感を感じ、そっと下に目をやった。


 「モハッ?! 我に噛みつくとは何者だ! ええ~い、放せ! 放してくれ!」


 モーランドの右足には小さな子山羊が見た目に反し、ガッツリと噛みついていた。


 (え? ヤギ? この世界にもヤギっているんだ……。まぁ、牛もいるんだし、いるか……)

 

 アーリナは首を傾げ、慌てふためく彼の隣ではザラクが「可愛いヤギさんだぁ」と微笑ましく見つめ、子山羊の頭を撫で始めた。


 「はぁ~、ダメだな。話が通じるなんて思った、私が間違っていた……」


 ミサラは深いため息を零し、諭そうとした自分の行為を恥じていた。

 

 彼女はアーリナの手をそっと握ると、足早にその場を通り過ぎる。


 「アーリナ様、先を急ぎましょう。いえ、もう帰ってもいいのかもしれません。私が馬鹿でした……。あのような牛の申し出を認めるという、何たる暴挙を……」


 「ミサラ、私も同罪だよ。もっと真剣なのかと思ってたけど、見込み違いも甚だしくて恥ずかしいよ……」

 

 何とも賑やかしい一行は、所々でハプニングに見舞われながらも、最深部、いわゆる森の中心へと辿り着いた。


 とはいえ、魔晶の森自体はそれほど広くはなく、景色を満喫しながら歩いたとしても、半日とかからずに抜けることが可能だ。


 木々の間を縫って、陽光が地面へと落ちる明媚めいびな情景。


 風に揺れる木の葉の音は心地よく、自然に満ちた静かな空間が広がっている……と思っていたが、彼女たちの目にはその調和を崩すほどのとてつもなく不調和なものが映り込んでいた。


 落ち葉一つない開けた空間。

 綺麗に整備された芝生の上をどこからともなく風が吹き抜け、アーリナの頬をなぞっていく。


 揺れ動く緑の絨毯の奥には堂々すぎる看板を掲げ、何やら洞窟の入口らしきものが口を開けて構えていた。


 ザラクはさっそく芝生の上に寝そべると、深緑の木々が奏でる歌に耳を傾けながらピクニック気分を体現し始めた。


 「ふぅ~気持ちいいぜ。こんな場所があるなんてな。おい、アーリナ! ここ来いよ。最高だぜ」


 彼は木々の隙間から覗く空を見上げ、芝生をポンポンと叩いてアーリナを呼んだ。


 その満足げな様子にモーランドの顔もニンマリした。


 「そうだろう? ザラク。お前は分かっているじゃないか。ここを作り上げるのに三年も費やしたのだぞ、三年も。モハハハ、アーリナ様もさぁ、どうぞこちらへ」


 ザラクに続き、彼もどうぞどうぞと誘っている。

 アーリナは彼らの言葉を聞き流し、同じく唖然とするミサラに話しかける。


 「ねぇ、ミサラ。魔物ってこんな大々的にお家を作っちゃうものなの?」


 「いえ、こんなにフレンドリーなダンジョンの入口は初めて見ました。何ですかね、この〝ようこそタウロスワールドへ〟って……」


 「……そうね、わざわざ人間の言葉で書いてあるね。フレンドリーに見せかけて、人を呼び寄せて食べちゃうとか?」


 岩石を幾重にも重ねて造られた地下迷宮への門。

 アーリナとミサラはただただ、この牛、頭おかしい……といった思いの中、彼を見つめた。


 「いやはや、どうされましたか、アーリナ様?」


 立ち尽くす二人の元へと歩み寄るモーランド。

 アーリナとミサラはどうもこうもないという視線で彼を迎えた。


 ミサラは険しい表情でモーランドを叱責した。


 「モーランド、これは何なんだ? 領警団にでも見つかったら大ごとだぞ。貴様には王としての自覚がないのか!」


 彼女の怒りはもっともなことで、そもそもラーズベルト王国は魔物との共存はありえないものとして、王国騎士団や各地の領警団には発見次第、根絶やしにしろとの通達がなされていた。


 「……そうか、我らを心配してくれるとは嬉しいことだぞ、ミサラよ」


 「ったく、そんなことでは──」


 「心配無用だ。この場所は我の魔力によって作り出された空間。周囲から見えることもなければ、人間たちはここに入ることも叶わぬ。簡単に言えば、結界のようなものでな、エリアの端に触れた瞬間、すぐに反対側の端へと自動的に飛ばされる。ここに入るには魔物となるか、我と一緒か、いずれかの手段しかない。一度、滅びかけた我が種族を守るため、長年を費やして生み出した魔法であるぞ。決して、破られることはない、モーハハハハハ!」


 モーランドは誇らしく語り、漆黒に光る二本の角を天高く突き上げるように、顔を上げて笑い飛ばした。


 ミサラはその話に意外にも関心を示し、独り言を呟き顎を撫でた。


 アーリナは話込む彼らから離れると、いまだ芝生でゴロゴロしているザラクの傍に腰を下ろした。


 彼女は怜悧れいりな瞳でザラクに問う。


 「ねぇ、ザラク。モー君はああ言ってたけど、君は本気で彼の弟子になりたいの?」


 「ああ? そうだな……。よっこらせっと──」


 ザラクは彼女の顔を一目見ると、体を起こして座り直した。


 「弟子になりたいかどうかなんて、俺にもわからねぇよ。元々、魔剣士さまに教えを乞おうと思っていたからな。まさか、アイツには断られ、ミノタウロスが俺の師匠になるかもなんて考えてもいなかったさ」 


 「そっか……ま、頑張ってよ。魔技大会、出たいんでしょ?」


 「もちろんだ。これしか道がないならやるしかないさ。しかしよ、俺とお前が決勝で当たったらどうする? 俺はわざと負けてやる気なんてさらさらないぜ」


 悪戯に唇を吊り上げ、目の前に迫るザラクに対し、アーリナは両手でその顔を押し退けて応じた。


 「──近すぎ。それに話が飛躍しすぎじゃない? 君はまずモー君に認めてもらえるかどうかでしょ? 私とはスタートからして違うのよ」


 「まぁ、確かにな。そう言えばよ、お前こそどうなんだ? 優勝する自信はあんのかよ?」


 「私? もちろんある!」


 ザラクの問いに満面の笑みで答えたアーリナは、腰に手を当て胸を張った。


 そこへ、ズシリズシリと重い足音を響かせたモーランドが近づいてザラクを見下ろすと、ダンジョンの入口を指差し声をかけた。


 「では、さっそく始めようか。ザラク、入口を入ってすぐの所に武器を用意してある。好きなものを選べ。アーリナ様は危ないですから、あちらの席へどうぞ。スイートな貴方様にはをご用意しております」


 「え? 特等席?」


 アーリナがダンジョンとは反対方向に目を移すと、そこには真っ赤に彩られた豪奢な椅子と日よけの傘みたいなものが立てられていた。


 さらにテーブル上には、フルーツのようなものが山盛りにされた器まで置かれている。


 「は、はぇ……?」


 今の今までなかったものだが、いつの間に用意されていたのか──アーリナは口をあんぐりとさせ、釘付けとなった。


 「アーリナ様、早くこちらへ! この果物はすごく美味しいです。あっ──ええと、その……毒見です! 毒見は済ませましたので、さぁどうぞ」


 すでにミサラは椅子に腰かけ、優雅な姿でフルーツに舌鼓を打っていた。


 どの世界の女子も甘いものには勝てないらしい……。


 アーリナはザラクに「じゃあ、頑張って」と一言かけると、猛烈ダッシュで特等席へと向かっていった。

 

 彼女もまた、その欲望には抗えなかったようだ。

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