第23話 古の魔物キュートリクス
アーリナの質問に、モーランドは不思議と首を傾げた。
「はて? 恐れながら、アーリナ様。我は試練の内容を説明していたと思うのですが?」
そんな彼の惚けた顔に、彼女とミサラは二人揃って吠えたてた。
「してなーい!」
「貴様は何をボケたことを言っているんだ。いい加減、焼くぞ!」
「……モッ?」
モーランドは試練についての説明を完全に忘れていた。
彼女たちだけでなく、試練を受ける張本人ザラクにさえ何一つ伝えてはいなかったのだ。
ザラクはただ言われたとおりに、ダンジョン入口へと武器を選びに行っただけだったが、試練の開始地点もまさに同じ場所であった。
彼は角をポリポリと掻きつつ、今更ながらに話し始めた。
「──という感じでして、ダンジョン内部には様々な仕掛けをご用意しております。それらをクリアし、地下三階層へ無事辿りつくことが、あの者への課題となっております」
「なるほどね……それで? あれも仕掛けなの?」
「いえ、試練に直接は関係しないのですが入口付近はヤツの縄張り──その者の機嫌次第ではああなってしまうというか、何と言いますか。いやはや、我としたことが……モハハハハハ。ま、まぁ、アーリナ様、見てのとおり死んではいないようですので、おそらく大丈夫かと」
「全然、大丈夫じゃないじゃん!」
「はぁ~ったく、これだから牛は……」
モーランドは額に汗を浮かべ、アーリナとミサラは呆れた顔で首を振った。
その間も画面の奥では、ザラクが必死の形相で走り、何かに追い掛け回されている様子だった。
「で? 彼は何から逃げてるわけ? 」
「それなのですが、何と申し上げればよろしいものか……我も昔から手を焼いておりまして。ですが、ご心配には及びません。ヤツの足はそこまで速くありませんので、全力で走れば振り切れるかと」
「ふぅ~ん。で、それ何?」
「──ザラクよ。聞こえておるな? その者にだけは決して捕まってはならぬぞ。捕まれば、お前では多分死ぬ。まずは二階層を目指して頑張って走り抜くのだ。さぁ、試練を始めよ。モハハハハハハハ!」
「いやいやいや、モー君、もう始まってるし! だから何なの、その追っかけてるヤツ!」
「さっき自分で始まってるなって言ってただろうが。まったく、これだから牛は」
高らかに笑うモーランドの隣で呆れかえる観覧者二人。
ザラクは言われるまでもなく、今まさに命懸けのサバイバルを繰り広げていた。
「うるせぇー、クソ牛男! 何なんだこれは! 俺はただ、武器選んでただけなのによぉ。あんなんいるなんて聞いてねぇぞ! って、あっ、やべっ!」
ギンッ!
耳を塞ぎたくなるほどの鋭利な音が響いた。
周囲に罅割れ一つ生じさせることなく、柱に刻み込まれた穿孔の痕。
ダンジョン内部は足元から天井に至るまで石畳が敷き詰められており、さながら城壁に囲まれたような空間が奥へと続いていた。
壁に揺れる
その陰に隠れて魔物の追撃をやり過ごそうとしていたが、モーランドの呼びかけに不満をぶちまけた結果、居場所がバレてしまったようだ。
ザラクはすぐさま隣の柱へと移動したが、後を追うように次々と鋭い突きが放たれ、激しい火花を散らしている。
「ったくよぉ、こいつをどうしろってんだよ。武器だけじゃなく盾まで持ってやがるし、それにあのサソリみたいな尻尾、ヤバすぎだろ……」
彼の口からは愚痴が止めどなく溢れ出した。
ザラクの中では、モーランドが力試し程度に稽古をつけてくれる光景を想像していた。
だが、ふたを開けてみればこれだ。
現実は違った。
ザラクは敵の猛攻を柱で何とか凌ぎつつ、外で優雅に鑑賞中のモーランドに向かって声を荒げた。
「おい、クソ牛男! 出口はどこだ? 出口は!」
その言葉遣いに、モーランドは少しイラッとした。
「ザラクよ、我は貴様の師匠になるのかもしれないのだぞ。敬意を払え、敬意を。せめて、モーランドさんと呼ぶのだ。最近の若い者は礼節というものが分かっておらぬようだ」
「んなこと言ってる場合かよ! こっちは殺されかけてんだぞ! いいからさっさと教えろよ!」
画面には、ザラクの周囲がまるで爆発でもしているのかと勘違いするほどに、石が粉々に砕け散り、その破片が轟音とともに舞っている様子が映し出されていた。
モーランドは口元をニヤリとさせ、彼の問いに答えた。
「貴様が目指すべきは出口ではない。地下へ潜れ、二階層だと伝えたはずだろう。地下への階段を探すのだ」
「はぁ? こんなんいるのに地下に潜れと? ふざけん──おっと、あぶねっ!」
話をしている間も押し寄せる攻撃が止むわけではない。
一体どのような敵と対峙しているのか──その姿がようやく画面に映し出された。
鋭利な槍を携え、もう片手には巨大な盾を構えている。
まるで、中世ヨーロッパの騎士のようにじわりじわりと迫りくる脅威。
屈強な上半身はミノタウロスそのものだが、顔は馬面、下半身には足が蜘蛛のように伸び、鋭い針のようなものが悍ましく光る尾はまるで蠍を彷彿とさせた。
アーリナとミサラはその姿に思わず、食べていた果物を喉に詰まらせ咽返った。
「がはっ、がはっ……え? こ、これって何?」
「ぐほっ、モーランド、貴様……これはまさか、伝説の──」
「ほ~う、ミサラは知っておったか。そうだ、古から蘇りし伝説の魔物キュートリクスだ」
古の魔物キュートリクス。
王都バルムトの書庫には、厳重に保管された世界最古の古文書がある。
ミサラは王国騎士団時代、その書庫の警備を任され、警備対象の確認のために一度だけ中を覗き見たことがあった。
そこに綴られていた魔物の名とその風貌。
「たしかに……間違いなさそうだな。古文書に書かれていたことは、本当だったのか」
今まさに、伝説がミサラの瞳の奥へと熱き炎となって焼きついていた。
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