才能ありの妹を才能なしの姉が守ります ~ 魔力がなくても生まれつき、斧神様に憑かれています! ~
フカセ カフカ
プロローグ
アーリナ・クルーセル
彼女には別の名前があった。
アーリナは記憶の中では、
そんなアリナの幼少期は暗く、とても辛いものだった。
6歳の春。小学校の入学式の帰り道、目の前がグルッと回り暗闇に包まれた。
──事故だった。
両親とアリナの乗る車に、信号無視の大型トラックが突っ込んできたのだ。
彼女は身体が小さかったおかげで、原形を留めないほどにひしゃげた車の中から、無傷で助け出された。
でも、両親の笑顔をもう……見ることはなかった。
大好きだった二人はこうもあっけなく、仲良く他界してしまったのだ。
そして、ここからが地獄の始まりだった。
人より少しだけ裕福だと思っていた家は、借金塗れの自転車操業でなりたっていた。
『借りたものは返せ』と耳にたこができるほど言われ続けた。
彼女の幼き心は汚い言葉で深く抉られ、大好きだった両親の笑顔も、次第にアリナの中で憎らしくなっていた。
子供だった彼女には何もできず、わずかばかりの財産を放棄したりと、いろんなことをしてくれたのも親戚だ。
とはいえ、善意からではなく、自分たちへ飛び火するのを恐れていただけ。
その証拠にアリナは、親戚中を転々とさせられた。
落ち着ける場所なんてどこにもなかった。
アリナは割と目鼻立ちは整い、綺麗な顔立ちをしていた。
親戚の中には、彼女に不埒な目を向ける者も少なくなかった。
一度、親戚の男に襲われそうになったこともあったが、鼻先に渾身のグーパンチを叩き込んで病院送りにしてやった。
当然、その時も追い出された。
次の親戚へとバトンタッチだ。
(はあ、早く大人になりたい……)
毎日が息するようにため息ばかり。定時制高校に通っている間も、アリナは休みなく働き続けた。
コンビニや花屋、ファミレスなど様々なバイトを掛け持ちし、時にはネジを何時間もはめ込むような単純作業もこなした。
ようやく定時制高校を卒業したアリナは貯金を元手に、追い出されるどころか率先して、親戚の家を飛び出した。
もちろん、感謝の言葉など伝える義理はない。
そして今はといえば、道路で棒を振っている。
「何やってんだ、ねぇちゃん! ぼさっとしてねぇで、早く通せよ」
「は、はい……すみません、ご協力を──」
目の前の交通渋滞。車から飛んでくるクレーム。
アリナは頭をペコペコと下げ続ける。
(なんで文句ばっか言われなきゃいけないの? はあ、警備員ってホント大変……工事なんだから、私が悪いわけじゃないでしょ?)
社会とは地獄。女一人で生きていくのがこんなにも大変なことだとは。
本当ならバイトなんてたまの暇潰し程度で、花の女子高生生活を満喫して、大学に進学、卒業後は晴れやかに仕事を頑張って、いつかは結婚──。
──なぁんて、そんなのは全て幻、馬鹿げてる。
幻と現実の差を突きつけられるのは、毎月決まった金勘定の時だ。
家賃は月に2万円のボロアパート。
エアコンなんて贅沢は言えない。
冬は着ぶくれしながら寒さに震える。
食費はもやしとご飯でやりくりする。
携帯は通話もしない。
ただSNSで無料動画や小説を見るだけの端末だ。
連絡を取り合うような友達もいないし、その分、交際費はゼロで助かってる。
棒を振りながら雨に打たれて考えることなんて……そんなことばかりだ。
アリナは苛立ちから、アスファルトを勢いよく踏みつけた。
(私の人生って、いったい何だろう……生まれてきちゃいけなかったのかな? もしも生まれ変われたら、こんな世界なんて、めちゃめちゃのギラギコバッタンしてやるんだ)
これも何度思ったかわからない。
心の中で思うことは自由だし、世界を滅ぼしたって誰にも文句は言われない。
すでに何度も滅んでいる。
アリナは自分が病んでいるのか、普通なのか、よくわからなかった。
──ギラギコバッタン。
彼女なりのおちゃらけたこの言葉は、前を向こうとする心の中での抵抗の現れだろう。
涙のように降り注ぐ雨と陰るアリナの面持ち。それでも、今日くらいは晴れやかにいきたい。
何てったって、本日はお楽しみDAY。
心がすさんでいようとも、アリナには月に一度の楽しみがあった。それは、バイト代が入った翌日にパフェを食べに行くこと。
甘いものは心を癒すのだ。
(今日のバイト終わったら、この前できたばかりのとこに行こうかな……よし、後少し頑張ろ。てか、何てお店だったっけ?)
その時だった。
ドガーン!
大きな音。目の前が急に暗転した。
何も見えない。景色が全て、闇に飲まれた。
──光が、なくなった……。
この感覚は覚えがある。
幼い頃に遭った事故のときと同じだ。
(──あぁ、パフェ……)
◇◆◇
真っ暗だった視界が開け、アリナは『ぱふぇ──』と産声を上げたという。
このとき、アリナは〝アーリナ〟として生まれ変わったのだ。
アーリナ・クルーセルは、ダルヴァンテ・クルーセル伯の長女として誕生した。
生まれた直後、父と母マリアも、一瞬だけ顔をほころばせたが、すぐに険しい表情になった。
その理由は単純で、アーリナが魔力を持たずして生まれたということに他ならない。
魔力の強い者が正義──これが全てであり、常識の世界だ。
この国では、他国への侵略はもちろん、国内においても領地の奪取が認められている。
さらには、多くの魔物が
自らの領地を守り抜き、生き抜くためには魔法の力が必要不可欠なのだ。
魔法とは魔力で生み出す不思議な力。宿す魔力には属性と呼ばれる概念があり、どの属性の魔力を持っているかは、生まれた直後に分かるという。
何故なら、瞳がその属性の色に光るらしい。
火なら赤く、水なら青くといった感じだ。
アーリナはといえば、ただ光らなかった。生活魔力と揶揄される無属性ですら灰色を示すようだが、何もないのは完全なる落ちこぼれだ。
しかしながら、普通とは違っていたこともある。
生まれてすぐとは思えないほど、喋れたし歩けた──とはいえ、人前では控えていた。
この世界には〝悪魔憑き〟と呼ばれる現象もあるらしく、勘違いされたら面倒なことになると思った彼女は、必死に普通の赤ん坊を演じ続けた。
10歳となった今では見た目も変わり、髪色が茶から赤毛へ、あと、目の色がアクアマリンのように青く透き通っている。
(髪も目も、母親似かな? まぁ、父の緑髪よりはマシだけど……マリモみたいでやだし……)
鏡を見ながら身を翻し、全身をクルッと確認する。
顔の作りは前の世界とあまり変わらないけれど、見える世界は大きく見えるし、視線も低けりゃ、胸は平坦。まだ子供だから仕方ないけど、どこかしっくりこない。
彼女は「ふう~」っと小さくを息を吐いた。
窓辺に立って右手を返し、手のひらを見つめる。
すると、白く光る球体がどこからともなく手のひら上に現れ、一瞬にして光り輝く斧へと変化した。
「よし、今日も上出来!」
アーリナは生まれたとき、魔力がない代わりに白い光を放つ斧を手にしていた。
でも、斧はすぐに姿を消すと10年もの間、影を潜めた。
父と母が一瞬だけ喜んだのは、その斧のせいだ。
きっと、途轍もない魔力の才を持って生まれたと期待したのだろう。
(でもさ、私の斧、どっか行くにしても長すぎるよね……10年だよ、10年……)
最近やっと、こうして自在に手元に呼び出すことが出来るようになった。
(う~ん、大きさは変えられるけど、色は変えられないのよね……もう少し目立たない色のほうがいいんだけど)
このことを家族は誰も知らない。
唯一知っているのは、使用人のミサラだけだ。
苦節10年、魔力がないばかりにアーリナは虐げられてきた。これで掌を返されたとしたら、それはそれで癪にさわる。
それに何より、抱いてきた目的のため、斧の秘密だけは必ず守る──彼女の決意は固かった。
アーリナが3歳のとき、妹のリアナが誕生した。
リアナは特別だった。持って生まれた属性は、水よりも希少で強力な氷属性。魔力なしのアーリナの時とはうって変わって、両親は大いに笑い、盛大に祝った。
そこからというもの、アーリナは家に一人ポツンと取り残されることが多くなっていった。
父と母、妹、それに執事のレインまで、様々な社交の場へと出かけていたからだ。
リアナはこの家の次期当主であり、クルーセル家の治めるフィットリア領の次期領主でもある。
当然、扱いも違った。アーリナは口を開けば文句を言われ、褒められたことなんて生まれてこの方一度もなかった。
普通の女の子ならとっくに病んでいたことだろう。
だが、彼女は違っていた。
──前世の記憶が残っている。
かつての貧しい生活を切り抜けてきた彼女は、なにくそ精神で耐え続けた。
食事にしたってそうだ。魔力に満ちたリアナは、魔法の修行に備えて分厚いステーキやサラダ、デザートまで贅沢に食べていた。
それに比べてアーリナは、ひと口で食べられるほどの小さな焼き魚と味のないスープがほとんど。たまのデザートなんて野草だった。領主の娘にはふさわしくないほどの粗末な食事だ。
まともなものが食べられるのは、この家に客人を迎えて食事をするときくらいのもの──俗にいう見栄っ張りというやつだ。
それでも前世のもやし生活を思えば、これも余裕だった。
使用人のミサラは次第にそんなアーリナを不憫に思ってか、普段の食事とは別に、栄養バランスの取れた食事を用意してくれるようになった。
(まあ、リアナみたいに毎度贅沢メニューとはいかないけどね……でも、嬉しいんだ)
以降、アーリナは家族での食事の後に、もう一度食事をとる生活をずっと続けている。
おかげで栄養失調になることもなく、すくすくと育っていた。
今日も家族はお出かけ中だ。
初めのうちは、正直寂しかった。
(妹が生まれてからずっとこんな感じだし……私一人置いてくなんて、あり得ないよ)
そのうえ言われ続けた。
『お前は無力だ。クルーセル家に生まれ、何の魔力も宿さぬとは……よいか、余計なことは一切するな。一人で外出など言語道断。この屋敷を追い出されたくなければ、大人しくしていろ』
正直そこまで言われると、もう自分で何とかするしかないよね──と、アーリナは常々思っていた。
そして彼女は日々、思い描いた。
これから自分がどう生きたいかを。
(私はもっと堂々と笑っていたい。食事だって、人前で皆と同じものを食べられるようになりたい)
思うことはいつも同じ──求めるものは、ごく普通の人としての生き方だ。
小魚に野草ばかりなんてもう飽き飽きだし、一人だけ爪弾きされるなんて……生まれ変わってまで、こんな思いをしたくはない。
(でも、今はミサラがいるから前世よりはマシかな)
一人ぼっちは辛いものだ。ずっと孤独に苦しめられてきたアーリナにとって、ミサラはかけがえのない存在だった。
アーリナは自分に何が必要かを知っている。
前世と今の年齢を合わせれば、もう30年も生きてきた。
すっかり中身は、大人の女性なのだから──。
彼女には、以前から心に決めていたことがある。
結論を言えば、領地の奪取。
夢を叶えるべく、この手で領地を家族から奪い取ってやると──。
(うん……もちろん、ミサラの願いも叶えてあげたい。みんなと笑って暮らせる場所を作りたい、必ず!)
その度に考えが行き詰るのは、まずは仲間集めのことだった。
(私とミサラだけでどうにか出来る話じゃないし……でも、仲間集めって簡単じゃないのよね。家族にバレるわけにもいかないし、密かに探すにしても──)
頬杖をついて、アーリナは頭を悩ませる。
(それに私の家族って外面だけは無駄にいいのよね。クルーセル家自体は愛されてるし、考えなしに奪っちゃったら、逆に私が領民から叩かれちゃうしね)
考えれば考えるほど、「う~ん、う~ん……」と顔は左右に大きく揺れる。
(とにかく、今は私が力をつけることよね。でも、私の斧って何ができるんだろう? 大きさを変える以外だと出したり消したり──それだけなのかな?……って、あっ!)
彼女は手のひらを小さな握りこぶしで、ポンと閃いたように叩いた。
アーリナはあることを思い出した。
道端で拾ってきた世界魔装具図鑑──そこには様々な道具や洋服、もちろん武器や防具だって載っていた。
彼女は早速、図鑑を探し始めた。
「あれ? この辺にあったはずだけど……あ、あったー! 」
手に取ったのは、古ぼけた分厚い書物。
彼女は埃を叩いて机の上にドンと乗せると、本を開いて目次に目を向ける。
「ええと、武器は200ページからね。へぇ~神々の武器。凄そうだねぇ~」
数々の神の名を冠する伝説の武器。踊る気分でページを開くと、外観と説明が見開きで大きく載っていた。
「剣に槍、弓に杖……」
本を捲り、一つ一つを確認する。
最後のページを開いたとき、アーリナの唇の端が嬉しさで吊り上がった。
「え、え、え? こ、これじゃんね? そっくりだよ? 間違いないよね? へぇ~この斧にも名前があるんだ……」
彼女は実物と図鑑を見比べながら、感嘆の声を漏らす。
武器の名は、
断ち切った相手を支配する力を持つ。
そう書かれている。
(斧神ラドニアルかあ~。まあカッコいいんだけど、いちいち呼ぶには呼びにくいよね。そうねぇ、〝ラドニー〟でいいんじゃない?)
アーリナは図鑑を見ながら思考を巡らせた。
(断ち切った相手を支配って何? それって、倒したら仲間になるってこと?──あっ!?)
彼女は思わず心で叫んだ。
重大なことに気づいてしまったのだから。
これさえあれば、仲間問題解決じゃん!と。
「ラドニー、我が手に来たれ!──なぁんてね」
アーリナはそれっぽく言って、斧を頭上に掲げ、力強くギュッと握り締めた。
(私の思ったとおりの力があるなら、強くなって敵を倒せば仲間が増えるはず。昨日の敵は明日の友だ!)
彼女の目に強い意志が宿る。
(よし、きっとできる! 仲間を増やして、領民の信頼を得る。準備が出来たらさっそく実践ね)
こうして、生まれ変わったらやってやると願っていた、ギラギコバッタンからの世界滅亡……ではなく、アーリナの人生逆転劇が、ひそかにスタートした。
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