第6話 忠誠

 睨み合う二人は、互いに力強く踏み込んで間合いを詰めた。


 ギィンッ!


 激しい火花が彼らの頬を赤く染める。

 タウロスロードは斧を下から振り上げ、渾身の力で振り下ろされるミサラの剣にぶつけた。


 そこから続けざまに手首を返してマウントを取ると、斧刃を剣の上に滑らせ、彼女の手元にまで力を伝えた。


 ミサラの剣は魔物の圧倒的な力に耐えきれず、歪み始めた。


 「ほう、人間にしては素晴らしい腕力だ。我が斧を、その小さき剣一つで受けきるとはな」


 「ぐぐっ……。さすがに一筋縄ではいきそうにないな。だが──」


 彼女が圧しかかる力の方向を見切って剣をずらすと、魔物の斧は「ガギャッ」と刃を擦らせて横に外れた。


 その間に地面を強く蹴り出し、跳ぶようにして離れたミサラは再び剣を構え直す。


 距離を取って対峙する両者──互いに寸分の隙も与えない。


 「ゆくぞ、人間!」


 タウロスロードは彼女へ飛びかかると、横一閃に斧を薙いだ。


 対するミサラは、鋭すぎる攻撃を後方宙返りで避けると同時に、人差し指を魔物へと向けた。


 彼女の指先から放たれる魔法攻撃。光の線がタウロスロードへと瞬間的に流れ弾け、複数の光の線となった。


 眩い光に慌てた魔物が「くっ」と力強く歯噛みし、咄嗟に斧の刃を盾のようにかざしたその直後──「ビシュン!」と空を斬る音を響かせ、光の線は刃に当たって跳ね返り、地面に焼きつくように消えていった。


 「ふう、危なかったぞ……」


 タウロスロードは息をつき、額に汗を浮かべた。

 斧の刃には、魔法の痕が黒くハッキリと残っている。


 魔物はミサラの指先を見て、「そうか……」と眉をひそめた。


 「無属性にしてはその剣に纏う魔力が強すぎるとは思っていたが、お前はやはりであったか。どうやら、一筋縄にはいかぬのは我の方かもしれぬな」


 「──では、大人しく目的を話してもらおうか」


 「ふん、ほざけ!」


 ガギィン!──返事代わりの強烈な一撃が、彼女の耳の奥を穿った。


 「だから言ったであろう? と」


 「何を言うか貴様。今しがた、根を上げていたじゃないか。それでもまだ足りないと言うのか?」

 

 鋼鉄のぶつかり合いに、再び火花が散った。

 弾幕のように張り巡らされた斬撃の応酬が、二人の間で熾烈に飛び交う。


 やがて、剣と斧は十字に重なり拮抗した。


 「う、ぐぐっ……貴様──」

 

 ミサラは唇を噛み締め、剣に力を籠めた。その腕には、血の管が太く浮かび上がっている。


 「どうした? もう逃げ場がないぞ? 人間よ」と顔を近づけ、余裕の笑みを浮かべたタウロスロード。


 人である彼女が魔物に純粋な力だけで勝つことは難しく、徐々に体ごと後ろへと押されはじめた。


 「──くっ! 」


 ミサラの背中は樹木にドンと叩きつけられた。

 先ほどまでとは打って変わって、受け流そうにもタウロスロードに隙はない。


 「これで終いのようだな。では、さらばだ。勇敢なる人間よ」


 タウロスロードは左手に持った斧で彼女の剣を圧しつけたまま、空いた右手で拳を作り、後ろへと引いた。


 弓のように狙いを定めて引き絞られた拳が、ミサラへ向けて振り抜かれたそのとき、「ザンッ!」と耳をつんざく斬撃の音が響いた。


 突然、彼女の背後に聳え立っていた樹木が、横滑りするように切り倒されたのだ。

 

 「こ、これは?!」


 タウロスロードは大きく目を見開き、驚きに唇を震わせた。


 ミサラはその一瞬の隙を突き、剣を持ったまま、魔物の股下を潜り抜け背後へと回り込んだ。


 そして、剣先をタウロスロードの首元にジャキッと突きつけた。


 「さぁ、これで力は示せたでしょう? 今度こそ話してもらいましょうか」


 今度は逆にミサラが笑みを浮かべた。

 タウロスロードは勝ち誇ったような彼女の言葉を大きな声で笑い飛ばす。


 「モーハハハハ! 何を言うか。今の窮地を切り抜けられたのは、お前の力などではないだろう。だが、よかろう。その答えこそがお前を救ったのだからな」


 「はあ? この期に及んで、何を意味の分からないことを。答えが私を救っただと? 貴様こそ、今の状況が分かっていないようだな。さっさと答えろ。このまま首を切り落としても──!?」


 ミサラは口を開けたまま、言葉に詰まった。


 その答えは倒れた樹木の先にある──彼女の瞳に映ったのは心配そうに駆け寄ってくる、紛れもないアーリナの姿だった。


 「ミサラ! 勝手なことして、ごめんなさい。私、心配になって探しに来たの!」


 ミサラはアーリナの声に驚き、ハッとした。


 「ア、アーリナ様! 何故このようなところに!? 私のことはいいですから、早く森から出てください」


 彼女たちが言葉を交わしていると、タウロスロードは手に持つ斧を地面に置き、ゆっくりと膝をついてアーリナを見た。


 「やっと……。やっとお会いできました。我はタウロスロード、名をモーランドと申す者。貴方様に、心からの忠誠を──」


 自らの胸に大きな手のひらをあて、敬意をこめて首を垂れるタウロスロードに、ミサラは「な、何を言っているんだ、貴様は!?」と慌てふためき、アーリナは「はぇ?」と一言、きょとんとした。


 モーランドの突然の言葉に、彼女たちの理解が全く追いつかなかった。


 タウロスロードがアーリナへの忠誠? ──魔物が人間に従うなど、絶対にあり得ないことなのだから。


 ミサラはモーランドの肩を皮製長靴レザーブーツのヒールで蹴り飛ばして、勢いよくアーリナの元へと跳んだ。


 彼女を危険な魔物から守るために、剣を構えて警戒心を露わにした。


 「魔物が人への忠誠など、あるわけがない。貴様らの手口は知っているぞ。そう言って人を欺き、いくつもの町や村を襲ってきたんだろ。そこを動くな!」


 語気を強めて言い放つミサラを、モーランドは顔を上げて冷ややかな目で見つめた。


 彼は「ふう」と小さく肩を落とし、落ち着いた口調で言葉を返した。


 「やれやれ、気性の激しい人間だな。確かに貴様の言うとおり、一部の者がそういった蛮行を働いた過去はある。だが、我もその先代も、それら全てを罰してきた。我の力は剣を交えて分かったはずだ。 下劣なことなどせずとも、やるなら正々堂々と潰すまでよ」


 「ああん?」


 視線で斬り合うミサラとモーランド。

 アーリナはぽりぽりと頭を掻きながら、彼女の背からひょっこりと前へ出た。


 そのことに気づいたミサラが「アーリナ様、危険です」と止めようとするも、彼女は目配せしながら「大丈夫」と切って、ゆっくりとモーランドに近づく。


 「ええと、聞いてもいいかな? さっきさ、忠誠って言ってたよね?」


 アーリナは一言尋ね、モーランドは二本の漆黒に光る立派な角を地面に向けて、深々と頭を下げ「ハッ!」と応じるも、どこか様子がおかしかった。


 「そ、そそその通りでございます! はぁ、はぁああ……。あ、あの~そのお~わ、我を……はぁ~、ど、どうか我をおー!」


 急に頬を赤らめ、興奮を曝け出すモーランド。

 彼女は「はぇ? え、な、何?!」とたじろぎ、その横からミサラが剣を構えて飛び出した。


 「貴様、アーリナ様に何を!」


 アーリナはその様子に慌てて「ま、待って待ってミサラ! 少しは落ち着いて! モ、モーランドさんもいい加減にしてよ!」と叫んで、頬をプクッと怒ってみせた。


 その声に、ミサラは振り上げた剣をピタっと止めると速やかに降ろし、モーランドは勢い余った興奮を誤魔化すように、「ゴホッ、ゴホゴホッ」とわざとらしく大袈裟に咳き込んだ。


 「ふう~、あ、いえ、モーしわけありません。少し発情……。違います違います、興奮を……違~う! あ、いえ、失礼──ええと、感動です! そう、ようやく会えた御姿に感動いたしました! 改めて、我の忠誠を受け入れてもらえませぬか?」


 そう告げると、モーランドは前のめりになってアーリナを見つめた。


 彼の潤んだ瞳はまるで従順な犬のように、縋る想いに満ち溢れていた。


 (え、ええ~と……。ちょ、ちょっと近い……。この魔物って、色んな方向にヤバいヤツ、なのかな?)


 アーリナは内心、彼のあまりの興奮状態に引いていた。


 その後ろではミサラが剣を鞘へ戻しつつ、えげつないものを見るような視線をモーランドに突き刺していた。


 「え~っと、そ、そうね……。あのさ、まずは少し離れてもらえるかな?」


 「ハッ、分かりました。ご命令のままに。得てして、いかがでしょうか? 我の忠誠は」


 「う~ん、急に言われてもね。忠誠、忠誠ってピンと来ないし」

 

 「そ、それは……。確かにごもっともでございます。ならば街の一つや二つ軽く制圧し、貴方様への手土産に──」


 「それはダメ! 私の領で勝手は許さないんだからね!」


 「と、とんでもございません。貴方様の大切な棲みかを侵害するなど」


 モーランドは焦り頭を下げるが、アーリナは不機嫌にプイッとそっぽを向いた。


 そんな彼らを黙って見ていたミサラは、モーランドに対し強めに釘を刺す。


 「タウロスロードよ、人間にとってミノタウロスは危険な魔物だ。それは分かるな? いきなり忠誠ではなく、貴様の意図を話せ。何故、アーリナ様に忠誠を誓うのか。その理由によっては、ここで貴様を斬り捨てる」


 彼女の言葉にモーランドは両手で頬を挟み、顔をブルブルと振るった。


 「アーリナ様……。なんて、なんて麗しい名なのだ。甘美、ここに極まる。して、貴様はミサラと言ったか? そこそこの名だな」


 「は? 貴様、ここで斬り捨てるぞ!」


 鞘へ手を伸ばして居合の構えを見せるミサラに、モーランドは呆れ顔を向けた。


 「冗談だ。貴様には冗談も通じぬのか? まあ落ち着け、ミサラよ。我を前にしても、一切の怯みを見せなかった、その勇気に免じて答えてやろう──早速だが、ミノタウロスは力にのみ応えると言ったのを覚えているか?」


 「ああ。貴様に言われずともミノタウロスには知性があり、力によって種族をまとめていることは知っている」


 「そうか。では、我らミノタウロスにとっての、力の象徴が何であるかは知っているか?」


 「ミノタウロスの力の象徴?」


 ミサラとモーランドが真剣に語り合う中、アーリナはただ静かに耳を傾けていた。

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