第9話 異種族間の和解

 「──うわっ!? 本当に喋ったぁー!」


 アーリナは瞳をキラキラと輝かせ、大声で叫んだ。


 この世界には魔法はもちろん、神話だって当たり前のように存在するし、何が起きても不思議ではない。


 ──が、流石に光の球が喋ったことには驚いてしまった。

 

 彼女は思わず両手を振り上げ、掌にあった光の球は地面にストンと落ちていく。


 光の球は地べたを転がり、一瞬の閃光とともにその姿を斧へと変えた。


 「お、おお~っ!一人で立てるの?!」


 アーリナは眼前の斧に興味津々。

 それは柄の部分で地面に器用に立ち、刃を上に向けていた。

 

 これが本当に神なのだろうか?──彼女はその斧を注意深く眺めた。


 斧刃には、ギラついた鋭い目と口らしきものが開いている。


 「おのれ、小娘! 予に土を舐めさせおって……よいか? 我は斧──」


 「ラドニーでしょ? あのね、言いたいことは山ほどあるんだけど……ってそれより、へぇ~斧に顔があるじゃん。ねぇ、どうなってんのこれ?」


 「だから、いいか、我は斧──」


 「分かってるって、ラドニー。だからさ、何で斧なのに顔があるの?」


 「むぐぅ~小娘! 予が話し終えるまで喋るな! ここからがイケてる紹介だったのだぞ!」


 自らの語り出しをことごとく台無しにされた斧神は、湯気が立つほどに熱気を帯びて、アーリナを睨んだ。


 アーリナは彼の怒りをものともせず、口元をニンマリとさせた。


 「そうなのぉ~? もう、仕方ないなぁ……。じゃあ──どうぞ!」


 「んなっ?! そ、そんな勢いでやれるか! こっぱずかしいわ!予はこの地に降り立った神なるぞ!」


 アーリナは臆せず、ラドニアルに軽快なやり取りをけしかけた。


 その様子をミサラとモーランドは、まるで置物のように呆然と見つめていた。


 「ええい、タウロスロードよ。こうなっておるのはお前の責任だぞ! 何を無関係な顔をしておる! 予の正体を盛大にバラシおって」


 「──モッ?」


 怒りの矛先は突然、モーランドへと向けられた。


 彼は大慌てで、ラドニアルの火消しに追われた。


 「モ、モーしわけございせぬ、ラドニアル様。どうか、怒りをお収めください。だけは、焼きだけはご容赦をぉ~」


 ぷんすかと怒り狂う斧神の前できちんと正座し、ペコペコと頭を高速で下げ続けるモーランド。

 

 アーリナは彼らのやりとりに頭を悩ませた。


 (──焼き? 焼きって何のことだろう? モーって鳴いてるし、やっぱりミノタウロスって牛の仲間なの?──となると、牛に焼き……。えっ? このままだと焼肉にされるってこと?)


 彼女が再び声をかけようとした次の瞬間、突然、後ろから口元を塞がれた。


 「アーリナ様、ここは大変危険です。神と名乗る斧に、タウロスロード。彼らが何をしでかすか分かりません。それはとってもイケないことかも……。さぁ、目を閉じてください。決して見てはいけません。よろしいですか? 静かにゆっくり、後ろに下がりますよ」


 アーリナの肩に手を添えて、警戒心を露わにするミサラ。


 「アーリナ様。必ず、私がお守りしますから」


 彼女は一歩、また一歩と、ミサラに体を預けて後ろに足を運ぶ。

 

 徐々に離れるアーリナたちと危ない彼らとの距離──。


 しかし、ラドニアルの目が彼女たちを見逃すことはなかった。


 「そこの小娘二人! 予を置いて何処にいくつもりだ! この不敬どもめが!」 


 ラドニアルは激昂していた。

 斧の姿のまま、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねていたが、みるみるうちに纏った光が炎のように揺らぎ始めた。


 「ア、アーリナ様、逃げますよ! しっかり掴まっててください!」


 ミサラは急いでアーリナを脇に抱え上げると、全速力で森の外へと走り出した。


 だが、ラドニアルの速さはまさに神速だった。


 彼はあっという間にミサラを追い抜き、

  

 「待て! 予はさっきから待てと言っているのだ!」


 と、怒りに震える声を響かせた。

 

 逃げきれないと悟ったミサラ。

 アーリナを自身の背に隠して、斧神と対峙する。


 「くそ~、何なんだ貴様は。本当に神だと言うのか? 未確認の魔物か何かじゃないのか?」


 「言葉が汚すぎるな、小娘。もっと綺麗な言葉を選べないのか? あまりにも失敬だろうが。予は本当に神だ。もっと敬意を払え」


 ──それから何分経っただろうか。

 ミサラとラドニアルは、あ~だこ~だと取り留めもない話を延々と繰り返したが、結局、


 「光の球が斧に変わるんだよ、ミサラ! 神だよ、きっと!」


 と、アーリナの子供らしい結論で締めくくった。 



 ◇◆◇



 魔晶の森を出たアーリナ達。

 アーリナはモーランドに尋ねた。


 「モーランドさん、あなたの忠誠を信じてもいいの?」


 「はい、もちろんです。アーリナ様を前にして、このモーランド、嘘偽りなど一切ございません。それと、我の名は呼び捨てしていただければと」


 自身の胸に手を当て、軽く会釈をするモーランド。


 彼女の手元からはラドニアルの声も聞こえてきた。


 「ま、正確には忠誠だぞ、小娘。しかと感謝するのだ」


 「ラドニー、そろそろ消えていいよ。また用があったら呼ぶから」


 「な、何を~!」


 「何をって、いつも私が呼ばないと姿を見せないじゃない。それとも何? こっちは言いたいことが山ほどあるんだけど、聞いてくれるの?」


 「う、う~む……」


 「まぁいいや。それよりモーランドさん、話の続きだけど──忠誠って、私の言う通りに動いてくれるって意味?」

 

 「当然です。アーリナ様のお言葉は絶対です。何なりとご命令を──」


 モーランドは両刃の巨大な斧をドンと地面に突き立てて、アーリナに真剣な眼差しを向けた。


 (う~ん、何なりとねぇ……。でも、伝える言葉は選ばなきゃだね。下手をすれば、冗談も大事件になりそうな感じだし……。モーランドさんなら、やりかねない気がする)

 

 アーリナとモーランドの話に、静かに耳を傾けていたミサラ。


 彼女は急にブルブルと顔を振った。


 「ア、アーリナ様、このような魔物の言うことなど聞いてはなりません。きっと何か裏があるのです。ここは私にお任せください!」


 ミサラが剣を構え、モーランドへと近づく。

 アーリナは慌てて彼女の前に立ち、両手を振って、その行く手を遮った。


 「待って、ミサラ! モーランドさんは悪いミノタウロスじゃないの! ほら、私ね、魔力の質を感じとることが出来るの。だから、分かるのよね~。これはいい魔力なのよ」


 「えっ、そのようなことが出来るのですか? アーリナ様にそんな力があったなんて、私、初めて聞きましたよ?」


 「ま、まぁね──」


 アーリナは嘘をついた。

 持っている魔力だけで、悪者かどうかなんて分かるはずもない。


 それでも今は一人でも多くの仲間が欲しかったし、人も魔物も仲良くなれる世界なら、もっと素敵じゃないかとも感じていた。


 「ですが、アーリナ様。やはり、ミノタウロスは──」


 「大丈夫! ミノタウロスは今日から私の配下。私にはラドニーがいてるんだから、彼らもきっと味方だよ。それにミサラ──もし何かあっても、私にはあなたがいる。私はあなたを信じてるし、あなたも私を信じてくれた。だから、モーランドさんを信じている私を、あなたも信じてほしい」


 「おい! 憑いてるって、予を何だと思っているのだ……」


 「はいはい、ラドニー。ごめんごめん」


 アーリナの言葉に、ミサラは首を傾げながらも、ほんのりと笑みを浮かべた。


 「まったく、アーリナ様には世話が焼けます。ですが、私は貴方の剣。必ず守ります」


 そう言って、ミサラはモーランドの姿を瞳に捉えた。


 「タウロスロード……いや、モーランドよ。仮に貴様がアーリナ様に牙を剝けば、私が必ずその息の根を止めてやる。いいか、決して忘れるなよ」


 彼女の鋭い視線に、モーランドも誠意を持って応じた。


 「ああ、分かっている。貴様の強さは我にも引けを取らぬ。言ったであろう、ミノタウロスは力にのみ応えると。これからは我も、貴様を認めた証として、と名前で呼ぶことにしよう」


 「んなっ、馴れ馴れしいぞ!」


 「ミサラよ、ミノタウロスに名前で呼ばれるということは、とても栄誉なことなのだぞ? それに、ミサラも我を名で呼んだではないか」


 彼の返事に、ミサラは眉をひそめて口元を引き攣らせた。


 「ふんっ、まぁいいだろう。好きにしろ。確かに、一緒に行動するのにいつまでも貴様呼びだけでは面倒だ」


 「モハハハ! それはお互い様だ、ミサラよ。では、アーリナ様──只今を以て、我は貴方様の忠実なる盾として、この生涯を賭して守護することを誓います」


 こうして、アーリナはモーランドの忠誠を受け入れたわけだが、この後、一つの大きな問題に直面することになった。


 そこから暫くして──。


 「でさ、モーランドさん。ダンジョンに帰らないの? もうすぐ町に着いちゃうんだけど……。どこまで着いて来るつもりなの?」

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