第2話 アーリナの秘密の部屋
街での買い出しと鍛錬を終えたアーリナとミサラ。
二人は急いで屋敷へと戻ったが、両親とリアナ、執事のレインはすでに帰り着いていた。
ミサラは、俯くアーリナを守るように一歩前に出て、「ご主人様、お帰りなさいませ」と一礼した。
アーリナはミサラのスカートに、その小さな手でギュッと縋るようにしがみつき、恐る恐る父の顔を見上げる。
父ダルヴァンテはアーリナの顔を見ると、獲物を狙う蛇のように冷酷な目を細めた。
「──どこに行っていたのだ?」
「え、ええと……」
ダルヴァンテの問いに口籠るアーリナ。
彼女には前世の記憶があるとはいえ、この世界ではまだ10歳の子供だ。
ダルヴァンテの睨みを利かせた低い声に、アーリナが怯えぬはずもない。
ミサラは彼女の様子を察し、代わりに答えた。
「ご主人様、申し訳ございません。誠に勝手ながら、今日は買い出しが多くなりそうでしたので、アーリナ様にもお手伝いをお願いしました」
そう言って、彼女は深々と頭を下げた。
だが、その顔を下から見上げるアーリナに向かっては、舌をペロッとだしてはにかんで見せた。
アーリナはミサラの笑顔に、心が少しだけホッとした。
ダルヴァンテは彼女の謝罪を受け、「ふう~」と深くため息をついた。
「もうよい。その程度でしか使えぬ娘だ。レイン、私は仕事に戻る。ミサラ、後でエランド茶を煎れてくれないか」
「承知いたしました。すぐにお持ちいたします」
ダルヴァンテは二人に背を向けて、2階の執務室へと続く階段を、険しい表情のまま上っていった。
ミサラはアーリナの顔を見ると、
「こんなに帰りが早いとは思いませんでした。私の調べが足りませんでしたね」
と言いながら、アーリナの頭をポンポンとした。
その光景を目の当たりにした母のマリアは、ミサラに対し口を尖らせ、アーリナをその場で怒鳴りつけた。
「ミサラ、その子をあまり甘やかさないように。アーリナ、貴方は早く部屋に戻りなさい!」
まるで炎のように揺れる真紅の長い髪。
眉間には深い皺が寄せられ、ガチガチと歯ぎしりする口元からは、アーリナの心をすり潰す音が漏れ出ていた。
そんな母の姿を見て、アーリナは思った。
(本当に、私の実の母親なの? こんなの魔物だよ……魔物にしか見えないよ)
どうして生まれ変わってまで、こんな目で見られなきゃいけないのか。
いつまでたっても、この仕打ちにだけには慣れることが出来なかった。
アーリナは零れる涙を拭いながら、その場から逃げるように部屋へと戻っていった。
そんなアーリナの部屋はこの屋敷の3階にある。
しかし、建物自体は2階建てで、年季の入った木造の屋敷だ。
2階建ての3階──つまり、屋根裏部屋だ。
彼女の部屋への道のりは、まず2階への階段を上り、通りたくもない父の部屋の前を横切る。
次に、奥にある妹の部屋を通り過ぎ、突き当たりにある、これまた古い木造りの梯子を上っていく。
一応、部屋の入口にはドアがある。
天井にある勝手口のようなもので、それを上に押し、ハッチを開くようにして中に入る。
こうして到着するのが、アーリナの部屋だった。
最初は埃だらけの〝ザ・屋根裏〟でしかなかったけれど、ミサラと協力して、彼女の好きなもので飾りつけた。
毎日少しずつ掃除をして、アーリナ自身の城へと変えていったのだ。
領民達からも要らなくなったものを沢山もらってきた。
ベッドや勉強机、それに椅子。
食事のためのテーブルや収納箱に至るまで、必要な物は一通り備え付けた。
あと、真っ暗は嫌だから灯もつけた。
窓は一つしかないけど、これだって後付けだ。
家族に気づかれては面倒だし、外からは分からないように、ガラスの表面には屋根と同じ彩色を施した。
「我ながらいい出来よね」
アーリナは鼻下を擦りながら「ヘヘン!」と笑った。
ご満悦の様子。手間をかけた分、一番のお気に入りでもある。
さっそく彼女は、窓をあけて空気を入れ替える。
もうすぐ日暮れだ。
彼女は空に手を伸ばし、斧を呼び寄せた。
刃に陽の光が当たって、まばゆく輝いた。
(──私には魔力がない……でも、この斧さえあれば十分だわ)
アーリナが呼び出すことができる斧。
魔装具図鑑に載っていたものと、そっくりだ。
間違いなくこれは、斧神ラドニアルと呼ばれる〝神の斧〟だ。
(絶対そう……多分そうよね。いやまぁ、おそらくそうよ)
彼女はこの斧に〝ラドニー〟と愛称をつけた。
呼び出せばすぐに出てきて、大きさだって思いのままに変えられる。
片手で持てる大きさにもできれば、両手じゃないと無理ってデカさにすることも。
(まあ、重たいし……今の私には軽めが一番よね)
さらに、二つに分けて二刀流にすることだってできるのだ。
(斧でも二刀流って呼び方でいいんだっけ? ま、カッコ良ければ何でもいっか──)
ここまでは所詮、見栄えや重さの問題──この斧の力は、そんなものでは計れない。
まだ試したことはないが、倒した相手を支配することができるらしい。
(ギラギコバッタンと倒して、私の下僕になる。使い放題だ。いやいやいや……そうじゃなくて、仲間だ! 仲間が出来るのよね)
とはいえ、あくまでも本に書いてあったことだし、この斧が本当に神の斧かもわからない。
まだまだ未知数だ。
斧が出せるようになって数か月──アーリナにできることと言えば、未だ振り回すことくらい。
威力はといえば、彼女自身の腕力も影響するのか、正直ない……むしろ、カス。
ミサラとの鍛錬でも、こちらは斧を持っているのに、果物ナイフであしらわれることもある。
こればっかりは、ミサラが強すぎなだけなのかもしれないけど。
アーリナは空を見上げて物思いにふけっていた。
ふと窓から下を見ると、ミサラが両手で箒を横に持って、伸びをしながら上に上げていた。
(──あ、まずいっ!)
これは非常時の合図だ。
家族の誰かが、この窓が見えるすぐ傍まで迫っている。
アーリナは慌てて窓を閉じた。
もし屋根裏をこっそり改造していることがバレたりでもすれば、父に怒られるのは目に見えているからだ。
窓を閉じると、この部屋は真っ暗だ。
他に光が入る場所なんて一つもないから。
「え~っと、ちょっと待って……」
アーリナは闇の中、手探りで襤褸いランプに火をつけた。
(こんなときに火の魔力か、光の魔力でもあれば便利なんだろうけどね……って、魔力があれば初めから、こんなところに閉じ込められてはいないか)
今日のところは、大人しく外の景色を諦めたアーリナ。
収納箱をゴソゴソと漁って一冊の本を取り出すと、静かにその灯りの下で読書を始めた。
アーリナにはお小遣いなどなかった。
もちろん、この本だって貰い物だ。
たまの買い物ついでにミサラが買ってくれたりもするけど、その多くは領民達から貰って来たものだ。
アーリナは実に多くの物を領民達から頂いているが、それらは全部、ミサラがお願いしてくれたお陰でもある。
領主の娘が物乞いのような真似をするのは悪目立ちすぎるし、家族の耳にだってすぐに入ってしまう。
ミサラが不用品をどういった理由をつけてもらってきてるのかまでは分からないけれど、今まで特に問題になったことはないし、きっと上手くやっているのだろう。
(領民の皆、直接は言えないけど、いつもありがとう……)
アーリナは自身が受けた仕打ちは当然のこと、感謝だって忘れないのだ。
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