第3話 アーリナの日常・魔法薬学

 夕食は、シーモンの焼き魚にもやし草のサラダ──もちろんこれらは、アーリナにだけ与えられた特別メニューだ。


 かたや妹のリアナは、肉汁が溢れんばかりのメドガル牛のヒレステーキに、色とりどりの野草サラダ、そしてスパイス薫る温かなスープと盛りだくさん。


 両親は胃もたれを気にしてか、アーリナと同じ魚料理。


 とはいえ、材料から調理法までまるで違って、当然のように豪華なものだ。


 (──私の焼き魚率、高くね? それに転生しても、もやしって……まあ、この後にもう一食あるしいいんだけどさ)


 確かに不満はあるが、こんなメニューが年単位で続けば流石に慣れるもの。


 本当にミサラがいなかったら、私の体は焼き魚と野草だけで作られていたに違いない──アーリナは日々、彼女に対し感謝の念を抱いていた。


 毎日がそうやって終わり、こうして朝を迎える──。


 「ふああ~もう朝かあ……」


 大きなあくびとともに、起きたらまず、少しだけ窓を開けて辺りを見回す。


 誰もいないことを確認してから一気に全開し、朝の新鮮な空気を思いっきり吸い込む。


 そして、陽の光を浴びながらゆっくりと息を吐く。


 ついでに体操をして、頬をパンパンと軽めに叩き気合を入れる。


 彼女の毎朝のルーティン──心と体を整えて一日がスタートするのだ。


 それでもなお眠たい目を擦りながら、次に向かうのは洗面所……ではなく、夜のうちに汲んでいる水と拾ってきた鏡を使って顔を洗う。


 リアナには必要な物は全て買い与えられるが、アーリナにはそういった支給品はない。


 どこを見ても、大半が貰い物か拾い物ばかりだ。


 我が家が貧乏だからというわけではない。

 領主なのだから、それなりにお金はある。

 だが、アーリナに使われるお金はない。


 ミサラからは『必要な物があれば、いつでも言ってください』とは言われているけど、さすがに高めのものをおねだりするのは気が引ける。


 (普通に貧乏のほうが、気持ち的にはマシなのかも──)


 今日もミサラ以外には誰もいない。

 両親と妹は、領主同士の懇親会に朝早く出かけたそうだ。

 

 毎回、執事のレインを連れてミサラを置いていくのは、アーリナが余計なことをしないように監視するためだろう。


 (まあ~そうねえ。ずっと一人だったら何をするかわからないかな~)


 しかし、逆にそうしてもらえるのは好都合。

 アーリナとミサラは仲良く結託しているし、みすみす両親の思惑通りにはいかない。


 「おはよう、ミサラ。今日の朝食は何?」


 こんな感じで、家族がいない時は家の中でも気兼ねなく話しかけられる。


 それにミサラも、


 「アーリナ様、今日はとっておきです。メドガル牛のステーキとサラダの盛り合わせをご用意しました」


 と、笑顔で返してくれる。


 (やったあー!って……嬉しいんだけど、朝からステーキって胃もたれしそうね)


 夕食時の家族が揃った重苦しいテーブルとは違い、ミサラと二人だけの朝食は気楽でいい。


 料理は美味しいし、陰でこっそりと食べる必要もない。


 テーブルで堂々と食べられるこの時間が、アーリナにとっては至福のひとときだった。

 

 最近の朝は特にこのパターンが多く、『早く朝にならないかなあ』と枕の上ではウキウキしていることも多い。


 妹が物心ついてからというもの、次期領主として他の領主や貴族たちとの顔合わせのため、頻繁に交流の場へ出かけることも多くなったからだ。


 朝食を終えたらミサラのお手伝い。

 食器洗いや洗濯、庭の手入れなどを行う。

 二人でやって、大体2時間ほどで終わる。


 その後はお茶で一息いれてから、ミサラの授業が始まる。


 この世界にも学校はある──けれど、通えるのは魔力を持つ子供たちだけだ。


 実際、リアナは学校に通っている。


 たまにというのは、彼女は特待生として認められていて、自分のペースで研究や鍛錬をし、その成果をレポートで提出するだけで良いからだ。


 (教育の場にまで、差別なんて異世界も世知辛いものよね) 


 アーリナは学校に興味がない。

 魔法以外のことなら、前世で十分に教育を受けてきたし、彼女にはミサラもいる。


 ミサラは王国騎士団で養成所の教官もしていた。

 剣術指南に加え、様々な知識も幅広く学ばせてくれる。


 教えるのが上手で、彼女にとって優秀な家庭教師でもあった。


 ミサラはよく、『知識こそ最も重要な宝物です』と言っている。


 学校に通えないとはいえ、やはり学がなければこの世界でも生きてはいけない。


 今日の授業は魔法薬学。

 魔法学もあるのだが、魔法を使えないアーリナにとっては、それを補うための知識こそが欠かせないのだ。


 魔法薬学とは、物質の中にある魔力を抽出して薬にすること。


 物質に含まれる魔力は、いわゆる材料や成分と同じようなものだ。


 回復薬や解毒薬など、冒険者には欠かせないアイテムを作るのに必要な知識となっている。


 この世界の魔力は様々なものに宿っている。

 その辺に生えている雑草ですら魔力を持っているのだ。


 石ころだって土だって。

 ほんと、ありとあらゆるものだ。


 色んな種類があって、ひっくるめて【自然属性】というらしい。


 (ホントに何にでもあるんだね、魔力って。それなのに、私にはない……やっぱり転生者って、この世界にとっては異物なのかな?)


 アーリナはミサラの指導通りに薬の調合を行う。


 回復薬と解毒薬を作るのは、今回の授業で10回目となる。最初は失敗ばかりだった彼女も、今ではもう手慣れたものだ。


 「アーリナ様、回復薬と解毒薬は上手にできるようになりましたね。次はその合成です」


 「合成? 回復と解毒を一度でできるってこと?」


 「はい、そのとおりです──でも、欠点もありますよ。回復薬と解毒薬、それぞれの一回分の量を見て、何かお気づきになりませんか?」


 ミサラはそう言って、アーリナが作った青色に輝く回復薬と紫色の解毒薬を指差す。


 一度で使う量は、回復薬も解毒薬も前世の500mlペットボトル一本分くらいある。


 (同時に飲むのは無理だわ……回復薬はまだしも、解毒薬は粘々してるし、吐きそうなくらいゲロ不味なのよね)


 アーリナの口元は想像だけでひきつった。


 「ちょっと一度に飲むにはきついかな……。ねえ、ミサラ、欠点ってやっぱり量が関係するの? 半分にして混ぜるから、それぞれの効果が弱まるとか?」


 彼女の答えに、ミサラは口元の端をニコっと吊り上げた。


 「そのとおり、よくわかりましたね。合成薬は効果を調整して、量を回復薬単体と同じにするのです。当然、効果は調整の比率でも変わりますし、それぞれ別々で飲むよりは確実に落ちます。ですが、毒で体力も奪われている状態で、あの量は……。正直、私でも無理ですね」


 (なるほど……昔、ファミレスでジュースを割って飲んだりしてたよね。それと同じ感覚でいいのかな? カルピスメロンソーダが好きだったなあ)


 アーリナの頭の中では前世の記憶で帳尻合わせすることが多い。前の世界のあれと同じかと、比較するのはよくあることだ。


 彼女はさっそく半分に減らした解毒薬の入った容器に、回復薬を上からゴボゴボと注ぎ入れた。


 それと同時にミサラが、「いけません!アーリナ様!」と慌てて手を伸ばしたが、アーリナの先走りを防ぐことは叶わず、二つの薬液が混ざった容器から鼻を突く悪臭が漂い、泡がブクブクと膨らんで一気に溢れ出した。


 これに対しミサラは、


 「光よ、わが身に降りかかる災いをその魔光で別て!魔光遮壁 ウォーセプトシャイン


 と、咄嗟に魔法を唱えた。


 爆発するようにぶちまかれた薬液は、目の前に現れた長方形の光の壁に遮られ、一瞬にして蒸発した。


 ぎゅっと彼女の衣服にしがみついたアーリナ。

 その頭に手のひらをのせ、ミサラはニッコリと微笑みかけた。


 「アーリナ様、お怪我はないですね。魔法薬学は調合法を間違えたら大変危険なものなのですよ。特にこれからは応用にはいっていくんですから、話はちゃんと最後まで聞いてくださいね」


 アーリナはミサラを見上げ、面目ないと顔に書き、頭の後ろをポリポリと掻く。


 「では続きの前に、まずは片づけをいたしましょう。結構飛び散りましたね」


 ミサラの魔法があらかた消し去ってはくれたが、机の上は毒沼のように気泡がたち、ドロドロになった。


 彼女達は二人して鼻をつまみながら、その沼をどうにかこうにか片づけていった。

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