才能ありの妹を才能なしの姉が守ります ～ 魔力がなくても生まれつき、斧神様に憑かれています！ ～

第13話 悪だくみを知る者

　聞き慣れない男の声──それに反発するように領民達の蹶起（けっき）の声が聞こえてくる。

　「おい！ ここの領主様は誰だって？」

　「そんなのクルーセル様に決まってるっぺ！ワイたち皆にとっての領主様は、クルーセル様だっぺ！ 早くこの街から出て行くっぺ！」

　「そうよそうよ！ あなた達親子は、私たちを捨てて逃げたじゃない。ライアット候の手からこの地を救ってくれたのは、クルーセル様なのよ」

　激しい言い争いだ。

　アーリナは急いで屋敷の外へ出ようとしたが、ミサラの手が彼女を止めるように肩に乗った。

　「──アーリナ様、私が先に出ます。後からついてきてください」

　「へぇ～、ついていってもいいんだ」

　「この場に残ってくださいといっても、アーリナ様が素直にきくとは思えませんからね」

　「さすがはミサラ！ 私のこと、よく分かってるわね」

　二人に続いて、モーランドも意気揚々と立ち上がったが、ミサラのひと睨みで大人しく椅子に座り直した。

　（モー君が少し、可哀想に思えてきた……）

　アーリナとミサラが屋敷の扉を開けて外へ出ると、目と鼻の先で、一人の若い男と複数の領民達が対立していた。

　ミサラは先陣切って走り出し、彼らのもとへと急いだ。

　「一体どうしたのですか？ バスケス、少しは落ち着きなさい」

　領民達を率い、声を上げていたのは魔猟師のバスケスだった。

　ミサラに気づいた彼は、深々と頭を下げた。

　「おはようっぺ、ミサラさん。だけどよぉ～、落ち着けと言われましても……。こやつがこの領地は俺のものだと言ってきかないんだっぺ」

　「この領が彼のもの？ どういう意味ですか？」

　「ミサラさんは知らないっぺ？ こやつの親父、前領主のグゥエイン・アルハザルは、自分の命欲しさに、ワイらを見捨てて逃げたっぺよ。ここは、クルーセル様が命懸けで守ってくれた土地だっぺ。ライアット候は血も涙もない冷徹な男だったっぺ。あのまま、ここさ占領され続けていたら、皆どうなっていたか……」

　バスケスがミサラに事情を話していると、渦中の若い男が、二人の間に割って入った。

　「おい、変な言いがかりはやめろよ。俺の親父は逃げたんじゃねぇ。それにここを返せなんて一言も言ってねぇぞ！ 話を捻じ曲げるな。俺はここの領主に合わせろと言っただけだ。前領主の息子としてな」

　「へぇ～、前領主の息子ねぇ……。私に何か用件でもあるの？」

　ミサラの後ろで聞き耳を立てていたアーリナが、ゆっくりと前に出る。

　彼女の声に反応した男は、アーリナをギリッと睨みつけた。

　「はぁ？ 誰がお前みたいなガキに話があるって言ったよ？──ああ、そうか。お前の親父だったか？ ここの領主様ってやつは」

　敵意を丸出しにして、アーリナへ近づく男。

　ミサラが男の前に立ちはだかり、彼女を守るように身構えた。

　「アーリナ様、お下がりください──ここは私が。貴様、口の利き方には気をつけろ。アーリナ様に敵対する者は、私の剣が排除する」

　ミサラの右手に光が集まる。

　その様子に驚くことなく、男は尚も近づき、小声で呟いた。

　「さすがは噂に違わぬ光の魔剣士様だ。ここで騒いでりゃあ、きっと出てくるとは思っていたが。生憎、争いにきたわけじゃない。だがな、俺の機嫌は損ねない方がいい。お前たちの悪（・）巧（・）み（・）を知っているからな」

　◇◆◇

　「へぇ～、あんまり変わってないんだな。お、このまな板もまだ使ってんだ。これ、俺が作ったんだぜ。結構いい木を使ってんだよ」

　男は台所を慣れた足取りで歩く。

　アーリナはテーブルの椅子を引き、男に声をかけた。

　「あまりうろちょろしないでよね。いいから、ここに座って」

　「お、おう。わりぃ、少しばかり懐かしくなっちまってよ」

　「アーリナ様、よろしいんですか？ こんな輩を屋敷内に」

　「いいからいいから、ミサラもここに座って」

　外の騒動を何とか鎮め、男を屋敷に迎えいれたアーリナ達。

　一階リビングのテーブルに対面で座り、三人顔を合わせて、エランド茶を啜る。

　「ふぅ～、これは旨いな。魔剣士様はお茶煎れまで極めてらっしゃるとは、驚きだ」

　男はミサラを見て、満足げに笑った。

　対してミサラの表情は硬く、男に侮蔑の目を向けていた。

　「これだから野蛮な輩は困る。茶を煎れ、気持ちを落ち着かせるは剣士だからこそだ。迷いや焦りは剣を鈍らせる。まずはこれで、貴様も心を落ち着かせよ」

　男は「はいはい、わ～ったよ」と片手を振り、アーリナの方へ振り向く。

　「なぁ、やっぱりお前がアーリナっていうのか？ 魔力のない落ちこぼれ。つうか、あらためて見てもこんなガキだったのか。それなら──」

　「貴様、アーリナ様に向かって何たる口の利き方か！」

　男の無礼にミサラが怒りを露わにして席を立ったが、アーリナは冷静に彼女を宥め落ち着かせる。

　「ミサラ、いいの。私大丈夫だから、座って。ところで君、ガキで悪かったわね。それで何が言いたいわけ？ 話を続けて」

　「お前も大変だな？ こんな血の気の多いおばさん相手によ」

　「──おばっ！？」

　男の追撃で、ミサラに更なる火がついた。

　瞳を真っ赤に燃やし、腕をブンブン振りながらの猛抗議。

　アーリナはミサラに抱きついて、暴走する彼女をどうにか抑えた。

　「ミサラ！ 落ち着いて。ミサラは可愛いよ。おばさんなんかじゃないんだから。君もいい加減にしてくれるかな？ いちいち挑発してないでさ、早く目的を話しなよ！」

　アーリナの訴えに、男はテーブルに肘をついて頬杖をし、唇の端を悪戯に吊り上げた。

　「そうだな、目的か──じゃあ、教えてやるよ。俺も……」

　男は何かを言いかけ、言葉に詰まった。

　不思議そうにアーリナが、「俺も？」と首を捻る。

　「ああ～、だからその何だ？ 俺も仲（・）間（・）に入れてくれって話だ！」

　「……」

　男は二人の前で、突然、仲間になりたいと願い出た。

　アーリナとミサラは互いに顔を見合わせた。

　あまりにも男の話が飛躍しすぎて、呆気に取られてしまっていた。

　アーリナはブルブルと顔を振ると、目覚まし代わりに頬を叩き、男へと問う。

　「え～と、ちょっとというかさ、全く話が見えないんだけど？ 何でいきなりそうなるわけ？」

　「はぁ～？お前が目的を言えって言ったんじゃないか！」

　「いやいやだからって、結論だけ言っても何が何だかわからないわよ！ 君は、馬鹿なの？ 話を端折り過ぎ。その前にさ、君、名前は？」

　アーリナはいつになく、真面目に返した。

　そもそも男は目的以前に名前すらも伝えぬまま、仲間になりたいと先走っていた。

　「お、そうか。名前を言ってなかったな。俺はザラク、ザラク・アルハザルだ。フィットリア前領主グゥエインの息子。歳は17になったばかりだ。後は──」

　男は自分の名を名乗り、今度は聞かれた以上のことを流暢に答えた。

　片目が前髪で隠れ、俯くと表情がいまいち分からないが、隙間から覗く瞳は茶色がかって綺麗にみえた。

　そんな彼が黒髪をふと耳にかけた時、アーリナはあることに気づいた。

　（ん？ あの 橙色（オレンジ）のものって、耳栓だよね？ もしかして、あれのせいで私の話がよく聞こえてないとか？ いやいや、そんな自虐パターンある？ う～ん、それとも補聴器だったり？ このファンタジー世界に？）

　彼女は疑問を抱きながら、一人考え込むザラクの姿を窺っていた。

　しかし、改めて見ると、意外に美少年なのかも知れない。

　とはいえ、何を言おうか頭を悩ませ、髪をぐちゃぐちゃにする前から、毛先が跳ねまくっていたし、元々、結構な癖毛なのだろう。

　アーリナの持つ美少年のイメージは、センターわけのサラサラヘアーを風に揺らして、爽やかに笑っているのだ。

　断じて、目の前の男のような毛先クルクル野郎ではない。

　アーリナは悩むザラクに、ゆっくりとした口調で話しかけた。

　「あのさ、ザラク。自己紹介はその辺でいいんだけど、取り敢えず聞きたいことが二つあるの。一つは、私たちの悪巧みって何のことを言ってるのか。もう一つは、君が仲間になりたい理由ね」

　ザラクは顔を上げ、彼女たちの顔を流し見ると、ふぅっと一息ついた。

　「──そうか、分かった。じゃあまずは、お前らの悪巧みの件から話してやるよ」