第14話 ザラクの思惑とその真実 

 フィットリア領元領主の息子ザラク。

 彼の言う悪巧みが一体何を指しているのか──アーリナには、皆目見当もつかなかった。


 (まさか……。私が領地を奪おうとしている計画がバレたとか? いやいやいや、ないない。そんなことあるわけない。だいたい私はれっきとした領主の娘なんだし、そんなことで脅されたところでどうってことないわ。それにミサラが秘密を漏らすなんてありえないし……。この毛先クルクル野郎め──)


 アーリナが平静を装い黙考していると、


 「お前らさ、狙ってんだろ?をさ」


 と、ザラクは目を細めてニヤリとした。

 

 彼の言葉にアーリナの体はビクッと反応したが、隣に座るミサラは何も動じず、平然と質問を返した。


 「ザラクと言ったか。貴様は何が言いたい?」


 「はぁ、何だよ何だよ。おっかないなぁ~。そんなんじゃ皺は増えるし、おばさんの嫁の貰い手もなくなっちまうぜ?」


 「な、んだと~、このガキィー!」


 テーブルをバンッと叩き、前のめりになったミサラ。


 ついさっきまでの冷静さは完全に吹き飛び、過ぎ去りし過去となった。


 ラドニアルやモーランドと出会ってからというもの、ミサラはまるで子供みたいだ──単純なことで、すぐカッとなる。


 (なんか意外よね……。今までこんなんじゃなかったのに。でもまぁ、度々、そんな気はあったかな? ミサラがこうだと、逆に私が冷静になっちゃうよね)


 アーリナは彼女の肩に優しく手を添えて、「まぁまぁ~」と宥めながら、ザラクの顔を睨んだ。


 「あのさ、一体何が言いたいわけ? 君が思うような悪巧みなんて、考えてもいないんだけど」


 「ったく、まだ惚けるつもりかよ。来年の魔技大会……。狙ってんだろ? 優勝を」


 「……はぇ?」


 「はっ?」


 「お前ら二人して何なんだよ、その顔は」


 両掌を返し、不思議そうに眉をひそめたザラク。


 彼の答えに、アーリナとミサラも呆気に取られていた。

 

 (わ、わかってはいたけど……。やっぱり、全然的外れだったわ。はぁ~、時間の無駄だったね。初めから、私たちの秘密がバレるわけないんだ)


 アーリナはホッと胸を撫でおろし、彼に尋ねた。


 「──何でそう思ったの? 私たち、魔技大会なんて興味もないんだけど」 


 「はぁ? 嘘つけよ。じゃあ、何で二人して森の中で稽古なんかしてんだよ!」


 「んなっ!?」

 「なっ!?」


 アーリナとミサラは、まるでシンクロしたかのように二人揃って驚声を上げた。


 あの場所は誰にも知られていないはずなのに──それなのに何故、この男が知っているのか?


 (えっ? もしかして……。ラドニーの──斧の力を見られちゃったってことなの? ど、どうしよう……)


 アーリナは困惑した気持ちを抑え、ミサラは軽く咳払いをして、再び冷静を装った。


 「いや、あのさ、別に悪気があって見てたわけじゃないんだ。あの場所は、俺の秘密の隠れ場でさ──というか、もう一年近くは住んでるといってもいいか……。なぁ、俺も仲間に入れてくれよ。どうしても出たいんだ。魔技大会に」


 「ちょ、ちょっと待ってよ。まさか仲間になりたいって、その魔技大会に出たいってだけ? だったら、勝手に出ればいいじゃない。私もミサラも、ただ好きで稽古してるだけなの」


 アーリナの返事に、ザラクは顔を曇らせた。


 「『ちょっと待ってよ』はこっちの台詞だ……。お前、本当にクルーセル家の娘なんだよな? 知らないのか? 来年の魔技大会の優勝賞品のことを」


 「優勝賞品? 知らないよ。大会自体、興味ないって言ってるよね? それより──」


 「フィットリア領の統治権……。お前、それでも興味ないのか?」


 「……はぇっ?」


 「な、なんだそれは?」


 アーリナとミサラの冷静さは、立て続けに破壊された。


 心の壁は音を立てて崩れ去り、アーリナの頭は疑問符で埋め尽くされていた。


 (え、な、何? ここが優勝商品? 何がどうなってそうなってるわけ?)


 ミサラの眉間にも荒波のように、険しい皺が押し寄せている。


 二人の様子に、ザラクはテーブルに両肘をつき、ゆっくりと口を開いた。


 「そうか……。本当に知らないようだな。仕方ない……いいか? 少し長くなるが、聞いてくれ」




 ──今から約10年前。


 ここフィットリア領へ、北のシュトラウス領を統治するライアット候が侵攻してきた。

 

 ザラクの父、グゥエイン・アルハザルは酷く怯えきっていた。


 そもそも、この領地を得たのは先代である祖父から引き継いだからであり、自らの意志ではなかった。


 ライアット候といえば、冷酷無慈悲で、飛ぶ鳥落とす勢いの歴戦の猛者として知れ渡っていた。


 王国内のみならず、隣国である【帝国ヴァイゼルシュタン】ですら、国境に隣接するシュトラウス領へは近づこうともしない。


 つまり、国境とは名ばかりで、その全てがライアット候の統治下にあるといっても過言ではなかった。

 

 それほどまでに多方面に影響力のある男だ。

 ライアット候に目をつけられたとあっては、逃れる術はない。


 ただ一つ、この場を去る以外には──。


 グゥエインは、心優しい小心者だった。

 子供が道で転んでいたら、どんな身なりの時であっても、泥まみれになって助けていた。


 領民同士が喧嘩をしていれば、間に入って、納得いくまで話し合いもした。


 しかし、この時は侵略──それも、相手はのライアット候だ。


 領民達は『戦おう』と言っていた。

 フィットリア領警団の士気も高かった。

 だが、グゥエインにはその決断が出来なかった。


 敵の戦力、約50万人。


 対する我らは領警団に加え、志願する領民を募ったところで、せいぜい5万──到底太刀打ちなどできない。


 魔契戦を挑むことすら叶わず、このまま戦えば、多くの者達が無駄に死に絶えるだろう。


 悩みに悩んだ末、グゥエインは領民達の反対を押し切って、ライアット候の軍門に下った。


 領を明け渡す代わりに、領民達の今ある生活を保証することを条件にして──。


 けれど、その約束が守られることはなかった。

 領民達は、まるで奴隷のような毎日を送ることになる。


 そんな時だ──クルーセル家当主、ダルヴァンテ・クルーセルは、たった一人で反旗を翻した。


 街を占領していたシュトラウス軍を、圧倒的な力で次々と蹴散らし、瞬く間に、敵の大将であるライアット候を引きずり出した。


 一対一の魔法戦。

 二人の戦いは、街が半壊するほど激しいものだった。


 だが、ライアット候は形勢が不利になった場合に備え、増援を呼び、街の外へと密かに配備させていた。


 そして、自らが窮地に陥るや否や、躊躇なく増援部隊に進軍を命じた。


 異変に気付いたダルヴァンテは、空高く飛び上がり、地上へと手を翳して強力な魔法を発動した。 


 街の周囲に現れたのは、いくつもの巨大な竜巻だった。


 押し寄せるシュトラウス軍を、その風の刃で切り裂き、次々と巻き上げた。


 凄まじい魔力──ライアット候も負けじとダルヴァンテに向けて雷魔法を繰り出すが、彼の周囲を巡る嵐に雷雲は霞のようにかき消された。


 まだ幼かったザラクは、その光景を目の当たりにしていた。


 結果は世に知れ渡っているとおりだ。

 ダルヴァンテがライアット候を退けた。

 

 ──戦いの後、約一年ほど経ってからのことだ。


 行き場のなかったアルハザル親子は、急遽、ライアット候の下に置かれることとなった。


 名目上は保護という形であったが、実際の中身はヤツの計略そのものだった。


 フィットリア領の領主は、紛れもなくザラクの父であるグゥエインだ。


 その統治者から権利を奪うには、領地奪取のルールに則った戦いをすることが王国としての決まりでもある。


 しかしながら、現領主を名乗っているクルーセル家は、そのルールに反して奪った。


 ライアット候は法律を逆手に取り、この件を王国評議会の審議にかけた。


 評決には長い年月を要し、決まったのはつい昨年のことだった。


 王国公認の闘技である魔技大会──その優勝者に、フィットリア領の統治権を与えるということを。


 「はぁー? な、何なのよそれって! いつの間にそんなこんなであんな?!」


 「ア、アーリナ様、少し落ち着きましょう──しかし、そのようなことになっていたとは……」


 「本当に何も聞いていなかったのか……。ふぅ~ったく、一体どういう家族だよ」


 ザラクは溜息をつき、話を続けた。


 「こうなった原因──それはお前にあるんだよ、アーリナ・クルーセル」

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