第14話 ザラクの思惑とその真実 

 フィットリア元領主の息子ザラク。彼の言う悪巧みが一体何を指しているのか──アーリナには皆目見当もつかなかったが、頭の中では困惑していた。


 (ま、まさか、私の領地奪取計画がバレているとか? いやいやいやいや、ないない、絶対にない。だいたい私はれっきとした領主の娘なんだし、コイツが適当にでっち上げたところで痛く痒くもないわ。それにミサラだって、私との秘密を漏らすなんてありえない……)


 彼女が平静を装いつつ黙考していると、ザラクは「お前ら、狙ってんだろ?をさ」と目を細めてニヤリとした。


 思わず体をビクッとさせたアーリナだったが、隣に座るミサラは全く動じず、一口茶を啜ると、「ふっ」と安堵の息を漏らして口を開いた。


 「ザラクと言ったか。貴様は何が言いたい?」


 「何って、そりゃあアレに決まってんだろ?」


 「だから、そのアレとは何だ?」


 「はあ、おっかない顔すんなよな。そんなんじゃ皺も増えるし、おばさんの嫁の貰い手もなくなっちまうぜ?」


 「な、んだと~、このガキィー!」


 テーブルをバシンと叩き、前のめりになったミサラ。ついさっきまでの冷静さは完全に吹き飛び、過ぎ去りし過去となった。


 ラドニアルやモーランドと出会ってからというもの、ミサラはまるで子供みたいだ。単純なことで、すぐカッとなる。


 (今までこんなんじゃかったのに、な~んか意外よね。でもまあ、そんな気はあったのかな。ミサラがこうだと、逆に私が冷静になっちゃうのよね……)


 アーリナは彼女の肩に優しく手を添えて、「まあまあ~」と宥めながら、ザラクの顔を睨みつけた。


 「あのさ、一体何が言いたいわけ? 君が思うような悪巧みなんて、私たち考えてもいないんだけど」


 「ったく、まだ惚けるつもりかよ。来年の魔技大会、狙ってんだろ? 優勝を」


 「……はぇ?」


 「はっ?」


 「お前ら二人して何なんだよ、その顔は」


 両手のひらを返し、不思議そうに眉を顰めたザラク。彼の答えに、アーリナとミサラは呆気に取られていた。

 

 (やっぱそうよねえ~。私たちの秘密がバレるわけなんてない)


 清々しいほどの的外れな答えを訊き、アーリナはホッと胸を撫でおろしつつ彼に尋ねた。


 「で? 何でそう思ったの? 私たち、魔技大会なんて興味もないんだけど」 


 「はあ? 嘘つけよ。じゃあ、何で二人して森の中で稽古なんかしてんだよ!」


 「んなっ!?」

 「なっ!?」


 安堵を打ち砕く猛烈なカウンターが彼女たちに炸裂し、あたかもシンクロしたかのように二人揃って声を上げた。


 あの場所は誰にも知られていないはず。それなのに、どうしてこの男が知っているのか? それに鍛錬中はラドニーの力も使っているし、間違いなくこのクルクルパーマネント野郎はそれを見ている──アーリナは額に汗を光らせ、ミサラは「んふんっ」と口籠った咳払いをして、再び冷静を装った。


 「いや、あのさ、別に悪気があって見てたわけじゃないんだ。あの場所は、俺の秘密の隠れ場でさ──というか、もう一年近くは住んでるといってもいいか……。なあ、俺も仲間に入れてくれよ。どうしても出たいんだ、魔技大会に」


 魔技大会に?──アーリナは目を眇め、「ちょ、ちょっと待って」と続いた。


 「まさか仲間になりたいって、その魔技大会に出たいってだけ? だったら、勝手に出ればいいじゃない。私もミサラも、ただ好きで稽古してるだけなの」


 彼女の返事に、ザラクは顔を曇らせた。


 「『ちょっと待って』はこっちの台詞だ……。お前、本当にクルーセル家の娘なんだよな? 知らないのか? 来年の魔技大会の優勝賞品のことを」


 「優勝賞品? 知らないよ。大会自体、興味ないって言ってるよね? それより──」


 「フィットリア領の統治権」


 「……はぇっ?」


 「だから、この領の統治権が賞品なんだよ。お前、それでも興味ないのか?」


 ミサラは「な、何だそれは」と座る椅子をぐらつかせ、アーリナもまた冷静さを打ち砕かれた。


 (は、え、え~! ここが賞品? ど、どどどどうなってるわけ?)


 そんな二人の様子に、ザラクはテーブルに両肘をつき、「やれやれ」と首を振ってゆっくりと語りだした。


 「本当に、知らないようだな……しゃあない。いいか? 少し長くなるが、聞いてくれ」




 今から約10年前──ここフィットリア領へ、北のシュトラウス領を統治するライアット候が侵攻を開始した。


 当時の領主であるグゥエイン・アルハザルは、そのことで酷く怯えきっていた。そもそも、この領地を得たのは自らの意志ではなく、先代である祖父から半ば強引に引き継がされたからであり、ライアット候といえば冷酷無慈悲で、飛ぶ鳥落とす勢いの歴戦の猛者として知れ渡っていたからだ。


 王国内のみならず、隣国である【帝国ヴァイゼルシュタン】ですら、国境に隣接するシュトラウス領へは近づこうともしない。


 つまり、国境とは名ばかりで、その全てがライアット候の統治下にあるといっても過言ではなかった。

 

 それほどまでに多方面に影響力のある男だ。ライアット候に目をつけられたとあっては、逃れる術はない──ただ一つ、この場を去る以外には。


 グゥエインは、心優しい小心者だった。子供が道で転んでいたら、どんな身なりの時であっても泥まみれになって助けていたし、領民同士が喧嘩をしていれば、間に入って納得いくまで話し合いもした。


 しかし、この時は侵略──それも、相手はのライアット候だ。


 領民達は『戦おう』と団結し、フィットリア領警団の士気も高かった。だが、グゥエインにはその決断が出来なかったのだ。


 敵の戦力、約50万人。対する我らは領警団に加え、志願する領民を募ったところで、せいぜい5万──これほどの戦力差では魔契戦を挑むことすらも叶わず、多くの者達が無駄に命を落とすこととなるのは、火を見るよりも明らかだった。


 悩みに悩んだ末、グゥエインは領民達の反対を押し切って、ライアット候の軍門に下った。


 領を明け渡す代わりに、領民たちの今ある生活を保証することを条件にして──。


 けれど、約束が守られることはなかった。それ以降、領民達はまるで奴隷のような毎日を送ることになる。


 そんな時だ──クルーセル家当主ダルヴァンテ・クルーセルは、たった一人で反旗を翻した。


 街を占領していたシュトラウス軍を圧倒的な力で次々と蹴散らし、瞬く間に、敵の大将であるライアット候を引きずり出したのだ。


 一対一の魔法戦。この二人の戦いは、街が半壊するほど激しいものだった。だが、ライアット候は形勢が不利になった場合に備え、増援を呼び、街の外へと密かに配備させていた。


 そして、自らが窮地に陥るや否や、躊躇なく増援部隊に進軍を命じた。異変に気付いたダルヴァンテは、空高く飛び上がり、地上へと手を翳して強力な魔法を発動した。 


 街の周囲に現れたのは、いくつもの巨大な竜巻だった。押し寄せるシュトラウス軍を、その風の刃で切り裂き、次々と巻き上げた。


 凄まじい魔力──ライアット候も負けじとダルヴァンテに向けて雷魔法を繰り出すが、彼の周囲を巡る嵐に雷雲は霞のようにかき消された。


 まだ幼かったザラクは、その光景を目の当たりにしていた。


 結果は世に知れ渡っているとおりだ。ダルヴァンテがライアット候を退けた。

 

 ──戦いの後、約一年ほど経ってからのことだ。行き場のなかったアルハザル親子は、急遽、ライアット候の下に置かれることとなった。


 名目上は保護という形であったが、実際の中身はヤツの計略そのものだった。


 フィットリア領の領主は、紛れもなくザラクの父であるグゥエインだ。その統治者から権利を奪うには、領地奪取のルールに則った戦いをすることが王国としての決まりでもある。


 しかしながら、現領主を名乗っているクルーセル家は、そのルールに反して奪った。ライアット候は法律を逆手に取り、この件を王国評議会の審議にかけた。


 評決には長い年月を要し、決まったのはつい昨年のことだった。王国公認の闘技である魔技大会──その優勝者に、フィットリア領の統治権を与えるということを。


 「はあー? な、何なのよそれって! いつの間にそんなこんなであんなこんな?!」


 「ア、アーリナ様、少し落ち着きましょう。しかし、そのようなことになっていたとは……」


 「本当に何も聞いていなかったのか……。ふう~ったく、一体どういう家族だよ」


 ザラクは深く溜息をつき、話を続けた。


 「こうなった原因──それはお前にあるんだよ、アーリナ・クルーセル」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る