第15話 領地とパフェ

 「── わ、わたし?!」


 ザラクの言葉にアーリナは目を大きく見開いた。


 このフィットリア領が、魔技大会の優勝賞品になっていることの原因──それが突然、彼女自身にあると言われて驚かないはずもない。


 動揺を隠しきれないアーリナの隣では、沸々と怒りをたぎらせたミサラが、勢いよく席を立った。


 「おのれ、アーリナ様に向かって何と無礼な! 原因とは何だ? さっさと答えろ! 返答次第では貴様の首、この場で斬り落とすぞ!」


 彼女は語気を強め、壁に立てかけられた自らの剣を一瞥いちべつした。


 「おいおい、落ち着けよ。ライアット候の狙いをわざわざ教えてやろうって言ってんだ。感謝されてもおかしくないくらいだ」


 ザラクは困ったように両手を振り、眉を顰めた。

 椅子から腰を上げ、窓際に歩み寄ると、青く光る遠くの空をぼんやり眺めた。

 

 「言ってくおくけどな。俺はここをお前の親父から奪い返しに来たわけでもなければ、敵でもない。お前達の稽古を見てて確信したんだ。あの時、ライアットの野郎が言ってたってのは、アーリナ、お前が持つその斧にあるってことをな」


 「……うっ」


 ──やはり、ザラクは斧の存在に気づいていた。


 アーリナの胸は早鐘を打ったが、顔は無理くり笑顔に落とし込んだ。

 

 彼女は一か八か、知らぬ存ぜぬで通そうとした。


 「あれ~? 何のことかなぁ? 私は君が言っていたとおり、魔力のない落ちこぼれだよ?」


 「とぼけるなよ。お前、分かりやすいぞ。何で知ってる?って、顔に出てるからな」


 「……」


 「……アーリナ様」


 だが、ザラクの目は誤魔化せなかった。

 ここで邪険に扱って、口外されたりでもしたら──そう感じたアーリナは素直に認め、彼の話を聞くことにした。


 「ああもう、わかったわよ! そうね、君の言うとおりよ。確かに斧はあるわ。それで? ライアット候は、私が赤ん坊の頃から狙ってるってわけ?」


 「まぁ、そうだろうな。ライアット候アイツが言っていたことは、このノートにしっかり残してある。あの時の俺はまだ7歳だったが、一応領主の息子だったし、読み書きもしっかり習っていたからな。ほら、ここに書いてあるだろ? 」

  

 ザラクは鞄から取り出した一冊のノートをテーブルの上に置いた。


 そして、「ふふーん」と鼻を鳴らし、自信満々な眼差しで該当する箇所を指差した。

 

 アーリナとミサラはそのノートを覗き込む。


 「あ、ええと、これは……か、〝か〟?」


 「アーリナ様、こっちが〝み〟に見えますから、おそらく〝神〟ではないでしょうか?」

  

 まるでわざと殴り書きしたのか、それとも純粋にこの有様なのか──ザラクの文字は劇的に汚かった……。

 

 (こんなんじゃ、1ページを読むだけで一日が終わってしまいそうだわ……)


 アーリナは顔に不満をぶちまけそうになりながらも、テーブルの下で太ももを強く抓って気持ちを逸らした。


 「ねぇ、ザラク。達筆すぎて私たちには読めないみたい。内容だけ教えてもらえる?」 


 相手によっては、皮肉にも取れる言葉だ。

 アーリナのお願いにザラクは一瞬、眉間に皺を寄せるも、その顔はニッコリとほほ笑んだ。 


 「ったく何だよ~、仕方ねぇなぁ。まぁ、俺ぐらい筆も顔も端正だと、凡人には理解できないこともあるだろうしな。で、どこが分からないんだ?」


 「……全部」


 「ああー?」


 ザラクの機嫌の良さは刹那的だった。

 ミサラも初めは釘を刺していたが、次第に口数少なく、いつしか見守ることに徹していた。


 いや、彼のことを呆れ始めていたのかもしれない。


 待つこと数分──。


 アーリナとザラクは互いに不満をぶつけ合い、息を切らしてようやく落ち着いた。


 「はぁ、はぁ……。ま、まぁ、今日のところはこれくらいにしといてやるよ、アーリナ」 

 

 「ふぅ、ふぅ……。それはこっちの台詞だよ。君は本当に17歳なの? 10歳相手にムキになりすぎ」


 「んだと!?」


 「はいはい、そこまでにしておきましょう。ここが何処かお忘れですか? ご家族の皆さんが戻られる前に話を終わらせなければいけません。二人とも、よろしいですね?」


 再開の流れを断ち切るように、ミサラが二人の間に割って入った。


 アーリナとザラクは彼女の顔を見ると「……はい」と一言だけ返事をした。


 「二人とも素直でよろしい。では、アーリナ様。話を進めましょうか」


 ミサラを前に、二人は借りてきた猫のように大人しくなった。


 なぜなら、ミサラの目が笑っていないから──。


 彼らは本能的に危険を回避した。


 三人は再び、ザラクの書いたノートを手に取り、話し合いを始めた。


 というより、ザラクに読ませた。


 (このノート、暗号書でしょ? ザラク以外、誰にも読めないよ)


 書かれていた内容によれば、ライアット候は力を求め、日々頭を悩ませながら書物の山に埋もれていた。


 ある時、彼が手に取った本の中に、神々の力に関する記述があった。


 剣・斧・槍・弓・杖の五つの武器を司る神は、天界においては〝神力〟という想像もつかない力を持っているという。


 しかしながら、その神が下界へと堕ちると神力は魔力へと変換され、力は大きく制限される。


 御神体もまた、それぞれが異なる光を放つ武器へと変化を遂げるという。


 ライアット候はこの本に何かを見出した。

 それまで、険しい表情を崩さなかった彼の口元が安堵に緩んだのだ。


 『こ、これだったのか……。ダルヴァンテあの男とは異なる、一瞬だけ感じた、異様なまでに桁違いの魔力の正体は……。そうか、そうであったのか。フィットリアの地に神が降臨したのだな──フフフフ、面白い』


 ──数日後、ライアット候の呼びかけよって、全領主たちの評議会への召集が決定された。


 元々の実力に加え、国境を守るライアット候の権威は絶大だ。


 王命と同様、数日経たずして、王国全土の領主が【王都バルムト】へと集結した。


 ライアット候の狙いは、彼の地に降りた神の力を手にすることと、もう一つの利権──仮にこの場で審議議題が決定されれば、審判が下るまでの間、領地奪取の法律自体が無効化される。


 (……なるほど。それで今まで、実際に領地が奪われたって話は聞いたことがなかったんだわ)


 当時、大敗を喫したシュトラウス軍は再編の最中であったが、他領や隣国に対しての牽制に手を取られ、思うように進んではいなかった。


 この利権が得られれば、ライアット候が危惧していた侵攻は当面退けられ、軍の再編も大きく前進することになるだろう。


 そこで、彼はダルヴァンテの反乱を審議にかけた。


 焦点となったのは、ダルヴァンテの身分──領主となるには、王国から爵位と統治権を与えられるか、親の爵位と領地を継承すること、または、爵位のみ授かった者が領地奪取の規則に則って奪い取るかが世に知られる正規のルートである。 


 だが元々、ダルヴァンテは領主となる最低条件である爵位すらなく、一領民でしかなかった。


 この問題に評議会は大いに沸いた。


 ダルヴァンテの圧倒的なまでの魔力、そして、ライアット候一強時代の終焉を願う他領主達の思惑が絡み合って、話は縺れに縺れた。


 そんな中、議会を静観していた王国騎士団団長レイハルクが、爵位を得て領主となる方法にはもう一つの手段があることを告げた。


 それは、王国の承認を経て領主投票を行い、領民2/3以上の賛同を得ることだ。


 評議会は集まった領主たちの進言を受け、直ちに王国へ提言、後にフィットリア領の領主投票が実施される運びとなった。


 ダルヴァンテの場合、すぐに結果は出た。

 反対者はおらず、全ての領民が賛同したからだ。


 さらに、領民たちはダルヴァンテをライアット候の腐敗統治から救ってくれた英雄として称えた。


 王国は、その民意を無下にすることは出来なかったが、ライアット候は退くことはなく、尚も正規の法に則った判断をするよう評議会へ強く訴えた。

 

 彼の言うとおり、本来、領地奪取に関する法律は、戦いの時点で爵位を持つ者にのみ適用される──。


 「──このような事態は前代未聞だ。審議は予想以上に長引くだろう……ええと、あれ? 」


 ザラクはノートを素早くめくり、何かを確認するように目を走らせた。


 アーリナはその様子を見て、首を傾げた。

 

 「ん?どうしたの、ザラク。他には何かないの?」


 「ちょっと待てよ……。う~ん、後はそうだな……この後はパルフェを食べたとだけ書かれてて、他には何もないな」


 「はぇ?…… パ、パルフェ? え、えっ、パフェー?!」


 アーリナは、鼻先がザラクの顔にくっつきそうなほど身を乗り出し、ミサラと出会った頃のことを思い出した。


 『ねぇミサラ。パフェって知ってる?』


 『パフェ……ですか? ひょっとしてのことでしょうか? クリームに木のみやフルーツ、チョコレートなど、盛りだくさんのデザートなのですが』


 『そう、それ!今度作ってよミサラ、お願い! 私はパフェさえあれば、幸せ満タンなの』


 『アーリナ様。誠に残念ですが、パルフェは私の手には負えません。配分を間違えると爆発しますし、それにクリームや砂糖は王国の規制があるのです』


 『パフェが爆発?! え……何故に?』


 この世界のフルーツは組み合わせや分量によって破裂するものも多く、まともに作れるのは一級料理人以上とも聞いていた。 


 「ねぇ、ザラク。シュトラウス領にはパフェがあるの?」


 「だから、パルフェのことだろ? 元々、シュトラウスはクリームや砂糖の生産量が多いところだ。お菓子の町と呼ばれる場所まであるからな。王都側も取引量を増やしてもらうために、糖類規制には目をつむってると聞く。さすがに値は張るけど、普通に食えたぞ。それに一応、俺も一級料理人だし、たまには自分で作ったりもしてたしな」


 彼の話を聞いて、アーリナの頭の中はパフェで一杯になった。


 とはいえ、一番大事なことを彼女が聞き逃すことはなかった。


 彼が〝一級料理人〟だと言ったことを──。


 「えっ? 今、一級料理人って言った? パフェが作れるって本当?!」


 「ん? ああ、パルフェだろ? そのくらい作れて当然だろ」


 然も当たり前のように答えたザラクに、アーリナはさらに食いついた。


 「やった! 今日は人生最良の日だわ! ねぇザラク、お願い! 私にパフェを作って! クリームたっぷりの苺パフェがいい! パフェなしの生活なんてもう無理なの!」


 アーリナの必死のお願いに、ザラクはニヤリと笑った。


 「ったく、しょうがねぇなぁ……。じゃあ、もちろん、こっちの願いも聞いてくれるんだよな? こういうのはよ、持ちつ持たれつってもんだろ? 条件は二つ──俺を仲間に入れてくれ、それと魔技大会への出場。どうだ?」


 「むぅ……。フィットリア領の窮地……。それにパフェ……」


 魔技大会で優勝すれば領地が手に入るし、ザラクがいればパフェまでついてくる。


 彼の願いを聞き入れることで、アーリナの心の天秤は揺れ動かずに保たれる。

 

 「貴様、いい気になりやがって。アーリナ様、よだれです。早くこれを」


 ミサラが急いで、横から布巾をアーリナに手渡す。


 「そんなにパルフェが好きなのか。確かに俺も作れるが、魔技大会で勝てば、王の饗宴に招かれるんだ。そこなら最高のパルフェが食べ放題だ」


 「えなっ! ほ、本当に~?!」


 アーリナは、異世界に来て未だかつてないほどに興奮していた。


 彼女の中で何かが弾け、瞳の奥は星が降ったようにキラキラと輝いた。

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