第12話 フィットリア大戦力

 皆が笑って、安心して暮らせる場所を作る──そうやって夢を描くのは簡単で、思うだけなら誰にだってできる。


 言うは容易く行うは難し、アーリナは小さく溜息をついた。やる気だけは満ちている……だが、途方もないほど大きな夢には、避けることのできない戦いが待っている。悩みの種は尽きないものだ。


 一人二人が喚いたところで、世界は何も変わらない。声を上げ届けるためには力も必要で、その指標となるのが仲間の数となる──しかし、それでも不十分。この世界にも温情はある。家族と敵対する〝正当な理由〟こそが、最も重要で必要なことだ。


 他国のみならず、領地奪取が認められた王国内では、領主同士が上っ面で平和を語らいながらも、虎視眈々と互いの領地を狙っている。そんな殺伐とした背景もあってか、領民同士はもちろん、家族の結束は非常に強く顕著だ。


 このような環境下で、領民たちの理解も得られぬままに、家族に対し刃を向ければ、ただ身内に仇名す者として、却って多くの敵を生み出すことに繋がりかねない。それでは、彼女の目指す世界は大きく遠のいてしまう。


 アーリナの戦いは、人々の信頼を勝ち取る理由があり、仲間がいて、ようやくスタートラインに立てるものであり、その相手は、この地の領主である父ダルヴァンテ、母マリア、そして妹のリアナだ。


 彼女以外の家族は皆、属性魔力を持っているし、その戦力は計り知れない。


 ダルヴァンテは嵐、マリアは火。さらにリアナは、父同様に最上位属性の一つとされる『氷属性』を宿していた。


 嵐属性と火属性は相性抜群で、驚異的な合成魔法を生み出すこともできる。過去に一度だけ見た、燃え盛る竜巻は凄まじいもので、その圧倒的な破壊力に身震いした記憶は、今なおハッキリとアーリナの脳裏に焼き付いていた。


 リアナついては、氷属性と分かっていること以外は大部分が未知数だ。嵐や雷、氷といった最上位属性の力は、発現自体が非常に稀で、アーリナが実際に見たことがあるのは父の嵐属性だけだった。


 妹は、そんな父を凌ぐ才覚があるとも言われていて、決して油断はできない存在──仮に噂どおりなら、今のアーリナが持てる戦力をすべてぶつけたとしても、到底勝ち目はないだろう。


 その前に、化物じみた父一人でも、私たちの力で勝てるかどうか──彼女は、ふう、と窓を白く曇らせた。


 ダルヴァンテが持つ圧倒的な魔力。王国全土に轟くその力もあって、この地へ手を出す者などほとんどいない。まあ、いるにはいるというか、いまだ狙われてはいるが。


 領主になる前のダルヴァンテは、一般の領民。前領主が治めるフィットリア領で、身籠ったマリアと二人、慎ましい暮らしをしていたそうだ。


 しかしそこへ、北のシュトラウス領を統治するライアット候が突然侵攻してきたのだ。


 戦力は天地の差だった。そのうえ、彼は最上位属性の中でも最強格と謳われる『雷属性』を有していた。


 当然のようにあっと言う間に制圧され、一時はライアット候の支配下に置かれた。けれども、ダルヴァンテは後に、そのライアット候を退けた──それも、たったの一日足らずで。


 父の名が広く知れ渡っているのは、まさにこの出来事が要因となっている。


 ──雷神を退けた嵐神。


 領民たちは総出で、ダルヴァンテを称えた。父が領主に担ぎ上げられ、屋敷に住み始めたのもこの後のことだ。

 

 他にも、現在のフィットリア領の戦力を語る上で、ミサラの存在を無視できない。


 幼少の頃から王国騎士団に所属し、剣の腕は超一流。光魔法の神髄を極め、ついた異名は『光の魔剣士』──王国最強の三煌聖さんこうせいの一人でもあった彼女が、今ではクルーセル家に仕えていることは、領主であれば既知の事実だ。


 最強の魔法使いと、最強の光の魔剣士。他領にとっては、まさに脅威とも呼べる大戦力だ。


 (──そういえば、モー君に喧嘩を売ったのも、たしか……雷が何とか言ってなかったっけ? )


 アーリナにも今は力がある。魔力とは違うのかも知れないが、よく分からない神の力だ。


 いくら魔力にこだわる両親であっても、今の彼女なら受け入れてもらえるのではないか?──斧が戻ってきたばかりの頃は、そう考えたこともあった……。でも、長きに渡るアーリナへの仕打ちを考えれば、必ずしもそうとは言い切れない。


 彼女が魔力を持たないのは紛れもない事実で、今なお不動。魔力を全てとする家族の目には、アーリナ自身に価値がないということに変わりはないはずだ。


 仮にあるとすれば、斧の力を欲するということ。下手をすれば、両親はもちろん、もしかしたら妹すらもこの力を狙ってくる。たとえ奪える力でなかったとしても、力の行使を確実に強要されるだろう。

 

 生まれてこのかた、ずっと虐げられてきたアーリナは、もうこれ以上、誰かに自分の心を縛られたくはなかった。


 どうすればいち早く領地を奪い取ることができるか──アーリナは日々頭を巡らせているが、まだその答えには辿りつけそうにない。


 (まあそれもだけど、相手は家族だけじゃないのよね。加えて、領警団が約10万人か。モー君の軍勢も、数十万いるような話だったけど、すぐに動かせるのが2万頭って言ってたし、ハッキリしないんだよね……)




 コンココンッコッ──ミサラのノック音が、彼女の耳に届いた。


 アーリナは窓を閉め、部屋の入口をゆっくりと開ける。

 

 「おはようございます、アーリナ様。今日はリビングに、朝食をご用意いたしました。冷めないうちにどうぞ」


 梯子に掴まりながら顔を覗かせ、優しい笑みを浮かべるミサラ。


 家族は遠方での社交パーティーに出席するため、日の出前には出発したらしい。


 アーリナはミサラと一緒に1階へ降り、さっそく自分の席についた。家族がいない日は、広々としたリビングで、こうしてくつろぎながらの食事ができる。彼女がフォーク片手に、「いただきます!」と言いかけたそのとき、隣から、野太い声が耳を打った。


 「我の席はここだな」 


 彼女たちの後をついてきたモーランドが、アーリナの隣の椅子を引こうとしたところ、ミサラの圧がそれを阻んだ。


 「おい……。牛が席? なあ、おかしくないか? 牛が椅子に座ると? 誰かに見られたらどう釈明する? いいか? 分かったなら、貴様は床を這いずれ。床だ、床」


 その鋭く蔑んだ眼差しに、モーランドは一瞬にして項垂れた。


 「……はい」


 彼と出会ってから、ミサラの性格は変わってしまったのだろうか? はたまた、これが真の姿? こっちが表でいつもが裏?──アーリナとモーランドは、頬をピクピクとひくつかせ、目の前のミサラから静かに視線を外した。


 そんな二人の様子に、ミサラは慌てて「冗談ですよ。アハハハ……」と笑いかけたが、より一層、アーリナ達の血の気が引いていくのを感じていた。


 「おお、ミサラよ。予の分はあるのだろうな? 腹が減ったぞ」


 ここで、場の空気を読めない斧神が登場した。さも当たり前のようにミサラに対し、自らの分の食事を催促する。


 再び、ミサラの視線が鋭く光る。


 「え? 今何と? 斧が食事をするとでも言うのですか? それこそ滑稽なので止めていただきたい」


 「んなっ……予とて、食事はするぞ」


 ミサラは冷ややかに斧と牛を見ながらも、食事を取り分け、手際よく準備をしてくれた。何だかんだ言っても、結局は優しいのだ。


 皆で楽しく食事をしていると、アーリナは、何やら外が騒がしいことにきづいた。


 「ねえ、ミサラ。外で何かやってるのかな?」


 「ええ、そうですね。お祭りにはまだ早いですし……いったい何でしょうね?」


 行事管理も抜かりの無い、ミサラでも知らないこと──アーリナは、その喧騒に静かに耳を澄ませた。

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