第11話 天への返り咲きプログラム

 辺りは薄暗い早朝──家族はまだ、ぐっすりと眠っている。遠くの空へ浮かんだ朝と夜の境界に、ほんのりとオレンジ色が混ざりだしていた。


 「ラドニー、我が手に来たれ」


 アーリナは手のひらを上に掲げて、そう小声で呟いた。


 彼女の言葉に応じた、一瞬の閃光。その後、真っ暗だった部屋が一変して明るくなった。アーリナの手のひらの上には、眩い光の球が揺らめいている。


 光球として現れたラドニアルは、すぐに姿を斧の形へと変えると、大きくあくびをしながら、気だるげな目を彼女に向けた。


 「ふわぁ~、小娘。こんな朝っぱらから、何の用だ? 予の眠りを邪魔するとは……」


 「へえ~、神様も寝るんだあ~、まあいいわ。それより、そのって呼び方、いい加減やめてくれる? 私には『アーリナ』って名前があるの。あと、もう一人の小娘は『ミサラ』だからね」


 彼女は斧神に対し、呼び方についてお願いをした。すると、ラドニアルはすんなりと「以後は、そう呼ぼう」と応じ、その意外な返事にアーリナは瞬きを忘れてぽかんとした。


 「あれ? 意外だわ……。偉そうにしてる割には素直なのね。とりあえず、おはよ! そう言えば昨日なんだけど、あれからずっと何をしてたの? まさか、寝てただけとか?」


 不思議そうに首を傾げる彼女に、斧神は「はぁぁ~」と溜息を零した。


 「こむす……いや、アーリナよ。お前は一体、何を言っておるのだ?」


 「はぇ? 何をって……何を?」


 「ああ~、これはダメだ。予は器の選択を間違えたというのか……。まったく、お前が言ったではないか。予に寝ててよいと。自分で言ったことも忘れてしまったのか?」


 「え、そうだったっけ?」


 アーリナは顎に手を当て、上を見上げた。「ん~」と声に出して悩み、頭の中での記憶を辿る。


 そして思い出したかのように、手のひらをポンと叩いた。


 「あ! 言ったかも! ……それで、何?」


 「何とは何だ! はあ……。お前と話してると、溜息が捗って仕方ない。神々の話を、タウロスロードから聞いていたではないか」


 「ん~、そう言えば、聞いたような? 聞いてないような?」


 彼女の惚けた返事に、斧神は「ったく」と嘆息し、「本当に仕方のないヤツだ。お前というやつは──」と小言混じりに、現状の神としての立ち位置について語りはじめた。





 ──神々は数千年に一度、邪心を払うために地上へと降り立つ。そこから再び天上へと戻るためには、御身を託した者と力を合わせ、ポイントを獲得していく必要がある。


 確かここまでは、アーリナの中にも聞き覚えがあった。


 (あぁ~あの、私をしていたくだりね……)


 地上に降り立った神は、自身の使い手となる器を決めた時点で『神』から『従物』へと属性が変わる。言い換えれば、神の力は保持しながらも、アーリナの意志に従う立場にあるということだ。

 

 彼女は先日、ラドニアルに『寝てていいから』と言った。『そろそろ消えてていいよ』とか『用があったら呼ぶから』とか、散々適当な返事をしてしまっていた。


 斧神があれから姿を消していたのは、そんなアーリナの命令に渋々従い、ただ眠りについていただけのことであった。


 ラドニアルが心から従っているわけではないが、これは下界へ降りてきた神の宿命とも言える。とりあえず言えるのは、使い手の意志を汲み取ることが必要だということ。そのうえ、一度器を決めてしまうと変更すらもできない。どうにかうまく斧神自身が、己の心と折り合いをつけていく他ないのだ──このように〝天への返り咲きプログラム〟には色々と制約があるものだ。


 (え? なにそれ? 天への返り咲き……なんだって? ちょっとなんていうか、ダサくない? こんなにも世界はファンタジーしてるのに、まったく世界観に合ってないわ──というか、この話、初めて聞いたことが多すぎなんだけど?)


 ラドニアルは一通りの話を終えると、体の一部である斧の柄で、床に寝ているモーランドの頭をゴツンと小突いた。


 「──モモッ?!」


 「タウロスロードよ、貴様は何を気持ちよさそうに寝ておるのだ! 予はこんな時間に呼び出されて、説明までさせられているのだぞ!」


 モーランドはその声で慌てふためき、天にも昇るような勢いで飛び起きた。


 「モ、モーしわけありません、ラドニアル様! わ、我は──」


 二人の声が朝靄の中に響き渡り、アーリナは「あわわわっ」と動揺しつつ、窓から外に向かって「コケコッコー!」と叫んだ。


 …… 

 ………

 ………… 


 しばらく様子見。黙りこくった斧と牛に睨みを利かせ、静かに耳を澄ませる。


 (ふぅ~、ギリギリセーフ……だよね? 大丈夫、バレてないバレてない……。近くの鶏がいつも鳴く時間だし、何とか誤魔化せた、よね?)

 

 彼女はホッと胸を撫でおろすと、声音を低く、


 「二人とも、いい加減にしてよね。もしバレたら、ここから追い出すからね……」


 「アーリナよ、こやつが悪いのだ。そもそも──」


 「ラドニー。それに、モー君──いいわね? ?」


 アーリナの蛇のような目に、ラドニアルとモーランドは体を固め、二人並んで小さく、


 「……はい」「わ、分かった……」


 「いいわ、素直でよろしい。それとラドニー、彼は仲間なの。私とミサラと同じように、名前で呼んであげて。いい?」


 「うぐっ……。ああ、分かった分かった。こざかしい娘だ」


 朝から騒々しい一日の始まり──良く言えば賑やかだ。


 窓から差し込む朝日は清々しく、アーリナは両手を一杯に広げ、背筋を反って伸びをした。爽やかな風に身を任せていると、澄んだ空気に「トントントン」と軽やかなリズムで、何かを切っている音がのっかる。きっと、ミサラが台所で朝食の準備をしているのだろう。


 その音につられて、家族も次々と起き出したのか、「バタンバタン!」とドアの開閉音がかき消すように響いている。


 彼女は、耳障りなその音に眉を顰めた。

 

 (もっと静かに開け閉めすればいいのに……。気分が台無しね)


 朝食の時間になっても、なかなか下に降りる気になれなかったアーリナ。


 斧と牛のひそひそ話を聞き流しながら、窓辺で一人、ただ思いにふけっていた。

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