才能ありの妹を才能なしの姉が守ります ～ 魔力がなくても生まれつき、斧神様に憑かれています！ ～

第26話 振るえ！ 斧神ラドニアル

　しばしの膠着の後、キュートリクスは左手に構えた盾を前に突き出し、彼女の攻撃を勢いよく弾き飛ばした。

　ガガンッ！

　その衝撃に全身を震わせながらも、アーリナは視線を鋭くした。

　「──っく、まだまだぁー！」

　彼女は気合を込めて斧刃を地面に突き立て、後ずさる体を引き留めた。

　そして今度はキュートリクスに向かって、下段から上段へと力強く振り上げた。

　アーリナの素早い攻撃に、魔物も堪らず槍と盾を交差（クロス）させて防御姿勢を強固にした。

　ガギャシシッ！

　直後に鳴り響く、耳を塞ぎたくなるほどの軋音。

　アーリナの一閃は、キュートリクスの槍と盾の上を削り斬るように流れ、二人の距離はその反動で離れた。

　古の魔物キュートリクスは「ヒヒーン！」と高らかに鳴き、再び盾を構えて槍を向ける。

　一方、アーリナは手元のラドニアルを不思議な眼差しで見つめていた。

　「あれ？ 何だかいつもより軽い気が。それに攻撃も……。思ったとおりに体が動いた！」

　「当然だ。これまでのお前は、予の力を引き出せてはいなかったのだからな。予の振りも早く、体もそれについていけるようになったであろう？ これは〝攻撃速度アップ〟と〝体術補助〟の恩恵だ」

　「へぇー、そんな便利機能があるのね」

　「機能などではない、スキルと言え。予を魔器扱いするでない」

　アーリナの願いによって解き放たれた、神の力の一端。

　斧神ラドニアルを振るうことで何を成し遂げたいのか──その込められた意味と強さによって、彼女に多大なる恩恵を齎す。

　（こんなに凄い力があったなんて……。他にももっとあるのかな？）

　アーリナの心は恐怖から一転、浮足立っていた。

　とはいえ、今は詮索する余裕はない。

　じわりじわりと迫りくる魔物の足音を、彼女は敏感に感じ取っていた。

　キュートリクスは槍の柄をがっちりと握りしめ、全身を使い、鋭い突きをアーリナに向けて繰り出した。

　彼女はその突きを既の所で躱し、側転しながら斧を振り切る。

　ギィィーン！

　烈しい火花が金色に靡き、流れるように散った。

　魔物の研ぎ澄まされた銀色の槍は、ラドニアルの光を反射して輝く線を描いた。

　互角の戦いを繰り広げるアーリナだったが、その顔には急に焦りが滲んだ。

　「ラドニー！ ヤバいかも！」

　予想外の反撃に、ついにキュートリクスの本能が目覚めたのかもしれない。

　生命の息吹さえ感じられなかった魔物の瞳は、煮えたぎるほどの怒りに満ちていた。

　己の槍にぶつけられたアーリナの斧を払いのけ、連続して怒涛の突きを放ち始めた。

　「ふん、問題ない。避けよ、アーリナ」

　ラドニアルから溢れ出す光が彼女の体を包み込むと、足元がふわふわと浮いているように軽くなった。

　アーリナは空間を縦横無尽に駆け巡り、槍の乱れ撃ちを次々と避けた。

　まさに疾風の如く、その回避速度は極限まで高められていた。

　「ラドニー、体がどんどん軽くなってる！」

　「ああ、これは〝回避速度アップ〟のスキルだ。無駄口はいい、集中しろ。来るぞ」

　ズサッ！ ズサッ！ シュー……。

　ここからさらにキュートリクスの攻撃が変化した。

　槍による無数の突きの加え、こちらの動きを追尾して放たれる新たな攻撃手段が備わったのだ。

　禍々しく伸びた、蠍のような黒檀の尾。

　その尖端の針が、彼女の避けた先を狙って襲い来る。　

　「やばっ！ ラドニー、あの尻尾って絶対駄目なやつよね？」

　動揺するアーリナに冷静かつ脅し文句で答えるラドニアル。

　「見ての通り、あれは猛毒……。だが、そんな生易しいものでもない。触れただけでも即アウト。お前の体など溶けて無くなるからな」

　「ひっ？！」

　ラドニアルの言葉に顔を引き攣らせたまま、彼女は全力で避けた。

　ほぼ地に足をつける暇もないほどに、連続して宙を舞った。

　「むぅ～、これは厳しすぎるわ。避けてばっかじゃどうにもならないよ」

　アーリナも回避と同時にキュートリクスの隙を窺ってはいる。

　だが、分厚い鋼鉄の盾が魔物の体を隠し、反撃攻勢の邪魔をした。

　「ああ～もう！ 一刻も早く、あの盾を剥ぎ取らなきゃ」

　鉄壁の防御を崩すためにはそれしかない──アーリナは思索の渦に巻き込まれながら、ラドニアルに助言を求めた。

　「ねぇ、ラドニー。あの盾、どうにかならない？ このまんまじゃ、私の体力が持たないよ」

　「まったく……どうもこうもない。予の力を生かすも殺すもお前次第だ。今以上の力を引き出したければ、もっと強く心に描け。お前の願いを」　

　「え～そんなこと言ったって、ザラクを助けること以外にってこと？ う～ん……領地を奪って、それから皆で楽しくパフェパーティーとか？」

　「違う！ もっと未来への連続性を保て。キュートリクスを倒すことで何が得られる？ ザラク（あやつ）の命を救い、その先に何が見えるのだ？ 一気に夢の果てまで飛ぶでない！」

　「……」

　今の彼女にラドニアルの言葉は難解すぎた。

　アーリナは押し寄せる攻撃を避けつつ、奪われる体力と思考力の狭間で限界を感じていた。

　「ああもう、難しすぎるよ。そんな余裕はない！」

　「ならば仕方あるまい、今ある力で戦うのみだ。それにな、もっと頭を使え。本能のままに戦っているだけでは、勝てるものも勝てんぞ」

　「う～ん……。じゃあもう一回、さっきやったみたいに光で照らしてよ」

　「光で照らすだと？」

　「え？ ビームみたいなやつやったでしょ？ それでね、目が眩んでる間に私が叩くの。ちゃんと考えたし、立派な作戦でしょ？ お願い、早くして。私、もう疲れてきちゃった……」　

　キュートリクスの止まない攻撃にアーリナの足も徐々に鈍り始めた。

　斧神の力があるとはいえ、振るっているのは生身の人間。

　当然ながら体力は無尽蔵に溢れるものではなく、動けば動くほど消耗していくものだ。

　しかし、ラドニアルはそのか細くなる声に苛立ちを覚えた。

　「何が疲れただ？ お前はさっきからただ逃げ続けているだけではないか？ はじめの勢いはどうした？ もっと強く願え、そして何度も言うが頭を使え。残念だが〝波天光（はてんこう）〟はもう撃てぬ。予が自らの意志で力を行使できるのは一日に一度きりだ。後はお前の力でどうにか乗り切るしかないのだ」

　「ええ～、そんなぁ……」

　アーリナの悲痛な声が漏れ出たそのとき、

　ブウォン……。

　と、彼女の耳に風切り音が吹き込んだ。

　頬をなぞったのは恐れの雫──。

　アーリナが一瞬目を離した隙に、キュートリクスの魔の手は彼女の背後へと回り込んでいた。