第42話 反撃3

 そのときだった。

「凍夜! なんでお前がここにいるんだい!」

 小屋の入り口におこうが立っていたのだ。遅かったのだ。彼女は背後に屈強な男たちを三人ほど従えていた。

「凍夜が逃げるよ!」

 おこうが大声を出すと、表店の方から何人かの男たちが集まって来た。どれもこれも、よくこれだけ凶悪な面構えを集めたものだと呆れるような連中だ。

「松太郎、お清、下がれ」

 無理やり二人を下がらせている間におこうが従えてきた三人が小屋に入って来る。孫六が一人の手首を取り、それを引きながら顎に掌を入れる。男は吹っ飛び、顔から小屋の壁に突っ込む。

 もう一人が突進してくるのを孫六はヒョイと避ける。つんのめったところに凍夜が飛び掛かり、肩に両足を乗せて頭を押さえつけて一気に捻る。

 その隙に孫六が三人目の喉仏に拳をお見舞いし、よろけたところに脾腹ひばらへの一撃を加える。

 松太郎とお清には気の毒だが、見ている方は恐ろしいだろう。だが、そんなことに構ってはいられない。恐れおののいたおこうが一歩また一歩と下がって行くのを見て、凍夜は松太郎の方に向き直る。

「今しかない。逃げろ」

「だけど……」

「妹を見殺しにする気か。今はこの子を守ってやれ」

 松太郎はハッと目を見開いた。この台詞、何処かで――。

「凍夜、まさかうちのお店が火事になった時、私たちを逃がしてくれたのは……」

「早く出ろ!」

 凍夜は二人を押し出した。

 二人が走り出したのを確認して、凍夜と孫六も小屋を出た。

「捕まえるんだ! 子供たちは一人も逃がすんじゃないよ!」

 井戸を通り抜けて裏口へ向かう兄妹の背中を追う。凍夜は背後から迫る口入屋一味から逃れるように、孫六は追っ手を次々にねじ伏せながら。

 しかし、それもお清の悲鳴によって強制的に終了させられた。お清の細い首を片手で掴んで持ち上げている大入道のような男がいた。さすがに凍夜も手が出せずに固まってしまった。

「お清!」

 松太郎は妹の名前を呼びながらも近付くことができない。

「よくやったね。その子ともう一人のガキは逃げられないように縛り上げるんだ。凍夜も動くんじゃないよ。お前が動いたらあの子の首はへし折れると思いな」

 だが、凍夜は何かに気づいたようにニヤリと笑って言った。

「それはどうかな」

 言うと同時に、凍夜のすぐそばをかすめて、井戸のたらいに何かが刺さった。凍夜は盥に刺さった自分のくさびを抜くと、木の上からそれを投げたしのぶに笑いかけた。

 それと同時に何か大きなものが落ちるような音がして、お清を吊るしていた大男が倒れた。倒れた男が小山のようになっているその後ろに、明後日の方を向いた漬け物石のような初老の男が立っていた。

「栄吉さん!」

「お清ちゃんはあたしに任せな」

 栄吉の後ろから現れた悠がさっとお清を抱いて、松太郎に「ついといで」と声をかけ、栄吉と悠と兄妹は裏口から出て行った。

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