第3話 枝鳴長屋3

 結局、凍夜の荷物は着替えと夜具だけだった。とは言え夜具はそれなりに嵩張るので、紐でくくって三郎太が背負ってくることになった。

 長屋に戻ると、隣に住むゆうがちょうど家の前で七輪に火を入れていた。

「悠さん、今日から家で面倒見ることになった凍夜だ。よろしく頼むよ」

「へえ、そうかい。おや?」

 悠は火を起こす手を止めて、まじまじと凍夜の顔を見た。

「へえ。随分と綺麗な子じゃないか。三郎太の兄さん、気を付けておやりよ。こんな綺麗な子はめったにお目にかかれない」

「世の中、悠さんみたいな人ばっかりじゃないよ」

「嫌だね、人聞きの悪いことを言わないでおくれよ」

 そこまで言って、悠は顔を凍夜の方へと戻して微笑んだ。

「あたしは悠ってんだ。よろしく」

 凍夜は黙ったまま小さく頷いた。

 悠はちょっと首を傾げたが、何かを察したように「さーて火が点いたかね」と家に戻って行った。

 枝鳴長屋は呉服屋の跡地に建てられたので、土地はそれほど広くない。間口一間半の棟割の六軒長屋と、どぶを挟んで間口二間の割長屋があるだけだ。

 その棟割の溝に面した方の三軒に、井戸に近い方から三郎太、悠、それに夜鳴蕎麦屋の栄吉えいきちが住んでおり、反対側の三軒は空き家になっている。井戸も厠も掃き溜めも溝側で、しかもこちら側は南向きなので、こちらの方が使い勝手が良いのだ。

 割長屋の方は三軒長屋だが、こちらは井戸から一番遠い一軒しか入居者がおらず、ここには表店おもてだなの寺子屋の師匠をやっている夫婦と、その娘のおけいが住んでいる。

 このお恵が凍夜と同じくらいの年頃なので、三郎太はお恵に期待して連れてきたようなものだ。

「なんにもねえがへえってくれ」

 三郎太が促すと凍夜は素直に家に入ったが、上がりがまちに腰かけただけで、上がろうとはしなかった。三郎太も無理に上がれとは言わなかった。

「もう一回おさらいだ。おいらは三郎太、さっきの男前は悠さんってんだ。隣に住んでる。ちょっと変わってるが、子供には優しいから心配しなくていい」

 凍夜はただ頷いた。

「そのまた隣には栄吉さんっていうのが住んでる。所帯は持ってねえ。ここの長屋は三人だけだ」

 凍夜は頷くだけで他の反応は見られない。それは仕方ないだろう。父親を失ったばかりで母親も失い、いきなり赤の他人の家に連れて来られたのだ。今でも戸惑っているに違いない。三郎太はそこら辺を理解した上で、彼に喋らせようとはせずにただこの長屋のことを説明した。

「すぐそこにどぶがあったろ? あの向かいの割長屋にお恵ちゃんって子がいる。お恵ちゃんは九つだが、お前もそんなだろう?」

 凍夜は指を八本立てた。八つということだろう。お恵の一つ年下だ。

「よし、八つだな。読み書きはできるか?」

 凍夜は首を横に振った。

 そこにちょうど表の方で「三郎太さんはいるかい」と声がした。悠だ。三郎太が引き戸を開けると悠が湯気の出る鉄瓶をひょいと持ち上げて見せた。

「お茶を飲もうと思って湯を沸かしてたところに二人が帰って来たもんだから。一緒にどうだい? さっきあんころ餅を貰ったんだ」

 凍夜の表情は変わらなかったが、三郎太は「行こう」と凍夜の手を取った。

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