第21話 峠の団子屋4

 夕方になって孫六と佐平次が帰って来た。二人より半刻ほど早く戻って来たお藤は醤油を買って来たらしく、壺を抱えていた。

 お藤は凍夜の母と同い年くらいだったが、母よりもずっと垢抜けていた。しのぶの母ということになってはいるが、実際は所帯も持っていないし子を産んだこともない。そういうところが垢抜けて見えるのだろう。

 彼女は美人とか可愛らしいという言葉が似合わない。強いて言うなら『いい女』だ。男なら誰でも放っておかないような色香が漂っていた。

 孫六と佐平次は実に対照的だった。

 孫六は熊のように大きく、動きものっそりとしている。どちらかといえば無口な方で、何か聞かれれば応えるが自分からはあまり口を開かない。

 佐平次の方は小柄で小回りが利く。ちょこちょこと良く動き、よく喋る。立っている姿はてんいたちのようだ。前歯が二本だけ出ていて、それがますます彼を小動物のように見せている。

 孫六は凍夜を気にも留めず持ち帰った藁を薪小屋に運びに行ったが、佐平次の方は「おめえ新しい仲間か?」と声をかけてくる。しのぶが「うん、鬼火だよ」と言うと「そりゃあ、しのぶの命名だな」と笑って「佐平治だ、よろしくな」と凍夜の肩を叩いた。

「さ、ご飯の支度だよ凍夜はかまどに火を入れて」

 言われるままにかまどに火を入れていると、しのぶが野菜くずを洗い、お藤が細かく刻んで鍋の中に入れていく。そこに佐平治が薪を運んで来る。ここの人達は役割が決まっているのか、何も言わなくても自分のやるべきことが分かっているのか、動きに全く無駄がない。孫六は食事作りには参加していないが、薪小屋の方を片付けているようだ。

 それにしても、鍋の味噌汁はできていくのに、ご飯を炊く気はないらしい。

 驚いたことに食事はこれだけだった。麦飯すらなかった。聞くと、どうやらいつもこんな野菜くずの味噌汁だけのようだ。昼間の調査に金がかかるので、食費を節約しているらしい。尤も、調査の時に町で蕎麦を食ったり団子を食ったりということもあるらしいので、仕事をしている時の方がいろいろ食えるようだ。つまり、早く一人前になって仕事をするようになればいい飯が食えるということだ。

 夕餉の時に凍夜は改めて『鬼火』という名前で紹介され、孫六が早速凍夜の小屋を作ってくれることになった。場所は馬小屋の裏側になりそうだ。一人だけみんなと離れていて寂しくないかと聞かれたが、殺し屋になるのに寂しいなんて言っていられないと答えるとみんな納得した。笑われるかと思っていただけに拍子抜けした。

 翌日から佐平次は馬に乗ってどこかへ出かけて行った。馬のいない間にやっつけてしまおうと、孫六は馬小屋の大改造を始めた。裏側に凍夜の住処を作るためだ。もちろん凍夜も手伝った。凍夜に出る幕が無い時は、ひたすら薪割りや水くみをして体を鍛えた。

 お藤に近くの泉で沢蟹の取り方も教えて貰った。これらは良い食糧源になる。

 茂助の団子作りも手伝った。とにかく何でもできるようになりたかった。一刻も早く一人前になって仇討ちをしたかった。

 佐平次が出かけている数日の間に、新しい馬小屋と凍夜の家ができた。畑の方から見ると馬小屋にしか見えないが、裏に回ると引き戸があって、間口一間、奥行き一間の畳二畳分くらいの部屋ができていた。こんなに広い部屋をと恐縮する凍夜に翌日は布団まで貰って来てくれた。この部屋ができるまで薪小屋の干し草の中で眠っていた凍夜には、夢のような話だった。

 その代わりと言ってはなんだが、馬の世話と鶏の世話は凍夜の仕事になった。鶏小屋の隣、馬小屋の裏に住んでいるのだから当然だろう。むしろそうやって世話をすることで動物たちにも凍夜に慣れて貰おうという魂胆もあったようだ。動物は世話をしてくれる人間になつくので、凍夜が馬に乗ることを見越しての判断だったようだ。

 鶏は十羽くらいいて、馬は一頭だけだ。白の多い芦毛で名を吹雪ふぶきという。大人しくて賢い馬だ。

 ここに移り住んで十日も経つ頃には凍夜もすっかり仲間と打ち解け、馬や鶏も凍夜をしっかり認識するようになっていた。少しでも早く一人前になりたいという思いから佐平次や孫六の仕事を進んで手伝った。

 孫六はよく山に入る。食料である山菜の他に、薬の原料となる薬草を収集して来るのだ。その中には毒草もある。それらを採集しながら凍夜に一つずつ教えてくれるのだ。これは口に含んだだけで死ぬ、こっちは触っただけでかぶれる、という具合だ。凍夜も物覚えの良い方で、一度聞いたことはほとんど忘れなかった。

 雨の翌日は山へは行かない。足元がぬかるんで危険だからだ。そんな日は畑の横で護身術を教えてくれる。凍夜は何度も投げられたが、受け身を取りやすいように投げてくれたおかげであっという間に受け身だけは上達した。孫六は熊のように大柄であまり口数の多い方ではないが、教えることはきっちり教えてくれるいい先輩ではある。

 さて、その孫六と一緒に山で採って来た山菜や薬草は一旦日干しにする。これらを干すときの平籠は佐平次が作ったものだという。他にも佐平次は草履もみのも傘もなんでも作ってしまう。とにかく手先が器用なのだ。大柄な孫六の草履も、しのぶの可愛らしい草履も、足を見ただけで完璧な大きさに作って来る。しかも足音のしない草履である。この稼業は足音が命取りになる。その点、佐平次の作った草履なら安心できるのだ。

 凍夜はこれにも強い関心を持ち、佐平次に草履の作り方を教えて貰った。昔からおはじきなどでちまちまと遊んでいた凍夜だけに、こういう手先を使う仕事は得意だった。見る間に草履や籠を作るようになり、仲間を驚かせた。

 凍夜は仲間からいろいろと教わりながら、彼らと本物の家族になって行った。

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