第19話 峠の団子屋2

 団子屋の爺さんは余計な事や質問を一切挟まずに、凍夜の話を聞いてくれた。

「どうだい? 殺し屋を紹介してくれるかい?」

「そうさなぁ。おめえが本気だってことだけは十分伝わったがなぁ。一つ試験をしようか。その試験に合格したら殺し屋を紹介するってことでどうだね?」

「なんでもする、お願いします」

 凍夜が頭を下げると、年寄りは団子屋の奥の方へ向かって声をかけた。

「おーい、しのぶ。ちょっとおいで」

 はぁい、と声がして少女が走って来た。凍夜と同い年くらいの子だ。鳩羽鼠の粗末な着物を着て、髪は短く切ってあった。こんな髪の女の子は初めて見た。

「それじゃおめえはここの戸板の前に立つんだ。絶対動いちゃなんねえ。いいか、動いたら死ぬと思え。できるか?」

「わかった。じっとしていればいいんだな」

「そうだ」

 凍夜は戸板の前に立った。しのぶと呼ばれた子は懐から小刀を何本か出してきた。なんだろうかと思う間もなく、彼女は小刀の刃の方を持つと、いきなり凍夜に向かって投げた。

 タンッと音がして凍夜の右耳一寸のところに小刀が刺さった。凍夜は腰を抜かすほど驚いたが、ここで動いたら殺し屋に紹介して貰えない。それ以前に動いたら死ぬ。

 女の子は両手に二本ずつの小刀を持ち、一度に四本凍夜に向かって投げた。さすがに凍夜も目を瞑った。だが、一本が髪をかすっただけで、あとは体から一寸ほど離れたところに刺さっていた。

「一歩前に出て」

 彼女は凍夜に考える間を与えずに言った

「絶対にぶつけないから避けて。前に避けたらぶつかるから、横か後ろにね」

 返事をする間を与えてくれる子ではない。手の中に持った何かを放って来た。一瞬のことで動けなかったが、凍夜の目はそれを正確に捉えていた。

 胸元からすっと手を伸ばした瞬間、手から茄子のような形をした分銅が飛び出し、凍夜の鼻先で止まって戻って行ったのだ。分銅には鎖がついており、その鎖の先を彼女は手の中に握っていたらしい。分銅も鎖もあっという間に彼女の手の中に納まってしまった。

 全く動けなかったのが悔しかった。

 凍夜はまっすぐ彼女を見据えて言った。

「次は避ける」

 団子屋の爺さんがニヤリと笑う。

 彼女がもう一度鎖のついた分銅を投げると、凍夜はそれを躱しざまに手でつかみ、ぐいと引っ張った。想定外の反応にしのぶは「あっ」と声を上げ、自分の持つ鎖に引っ張られた。

 お互いに鎖の先端を握ったまま、しのぶは凍夜に尋ねた。

「あんた、やっとうの師匠についてた?」

「やっとう? なんだそれ」

「剣術」

 凍夜が首を横に振ると彼女は驚いたように目を見張り、団子屋の爺さんに声をかけた。

「合格だよ、お爺ちゃん」

 凍夜はギョッとして分銅を離した。

「合格? この女の子が殺し屋なのか?」

 年寄りはそれには答えず、しのぶに「向こうで教えてやれ」と言った。彼女は凍夜の周りに刺さった小刀を全部抜くと「行こう」と先に立った。

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