第20話 峠の団子屋3
凍夜が慌ててついて行くと、彼女は団子屋の奥へと入って行き、裏口の戸を開けた。
そこには畑が広がっていた。
街道の方からは森を背にして団子屋が小ぢんまりと建っているだけに見えたが、実は団子屋の裏は開墾してあり、小屋やら井戸やら鶏小屋まで見えた。
「ここは畑。この右手にあるのが鶏小屋でその向こうが馬小屋。馬小屋の向こうが薪小屋で、薪とか藁とか干し草が入ってる。正面に見えるのが厠と井戸、見りゃわかるね。左手行って、手前の家がお爺ちゃんちでその向こうがあたしとおっ母さんの家。覚えた?」
「ああ、その向こうの納屋は?」
「農具が入ってる」
そこまで言って彼女は凍夜の方を向いた。
「あたしはしのぶ。あんたは」
「おいらは」
「あたしが名付けるの。あんたは……そうね、
「鬼火?」
あまりにも突拍子もない名前で、凍夜は鸚鵡返しに聞いてしまった。
「殺し屋としての名前。あんたは今日から鬼火だよ。生まれ変わったんだ。今までのあんたなんか捨てちゃいな。ここに来たからにはもう殺し屋の仲間だ」
「え? そうなのか?」
「そのために来たんでしょ? お爺ちゃんだってあたしの本当のお爺ちゃんじゃないし、おっ母さんも本当のおっ母さんじゃない。みんな殺し屋」
「お爺ちゃんって、さっきの人?」
「そうだよ」
ここには血の繋がった人間は一人もいないのか。
「お爺ちゃんがお
「おいらと同い年だ」
「おいらってのもやめな。今までのことは全部忘れるんだ。あんたは今日から『俺』って言うの」
しのぶはくるくるとよく頭が回る。凍夜はついて行くのだけで必死だ。
「来て」
茂助の家としのぶの家と、その奥の納屋はくっついていて、長屋のようになっている。ところが、しのぶは納屋の奥まで歩いて行くとその裏側に入って行った。
「ほら、畑の方から見るとただの納屋だけど、裏側は普通に長屋なの。ここには
「ここには五人で住んでるのか?」
「そう。これからは鬼火を入れて六人」
鬼火。自分の名前なのに、すぐには慣れられない。
「ここは誰かが来ても、団子屋の爺さんと娘と孫が三人で細々とやってるように見せかけなきゃならないから、万一店の裏側を見られても佐平次さんや孫六さんがいると知られちゃならないの。だから納屋の裏を長屋にしてるの」
なるほど。こんなところに大勢いたら怪しいことこの上ない。
「あとで孫六さんに頼んで鬼火の住むところを作ってもらうね。あの納屋を長屋にしたのだって孫六さんなんだよ。ところで鬼火は何ができるの」
とにかく早い。話題がどんどん変化する。
「何も。読み書きはできる。長屋のみんなの分の水汲みしてた。それと
「火は起こせる?」
「うん」
「煮炊きはできる?」
「できない」
「わかった。教える。あたしたちはご飯は一緒に食べるんだ。煙の筋が何本も上がったら、ここに大勢住んでるのがバレちゃうからね。あと薪割りできる?」
「やったこと無い」
「じゃあまずは畑に水やりしよっか。これで力がつくから」
そう言って彼女は畑の奥にある井戸の方へすたすたと歩いて行った。
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