第34話 口入屋2

 目が覚めた。薄暗くてジメジメした場所だ。小さな話し声が聞こえる。凍夜はその話し声の方へゆっくりと顔を向けた。

 女の子が「あっ。起きた」と言って凍夜の方へにじり寄った。

「大丈夫? 痛いところはない?」

 凍夜よりも小さい子だ。

「うん。ここは?」

 起き上がってぐるりと見まわすと、五歳くらいから八歳くらいの子供が十人ほどいる。どうやら牢のようなところに入れられているらしい。部屋の隅に覚えのある顔が見える。しのぶだ。だが知らん顔をしているところを見ると、他人の振りをする方が好都合なのかもしれない。

「あたしたち、売られるんだよ」

「売られる?」

「うん。あたしんちは兄弟が多くて、口減らしのために女の子は永年季奉公に出されることになったの。先週お姉ちゃんが出て行った。今週はあたし」

 隣にいた同い年くらいの男の子も口を開いた。

「みんなそうだよ。おいらは親父の借金のカタに売られることになった。奉公に上がるってことになってるけど、家に戻ることはない。一生ご奉公するんだ」

「ほら、お前たち、あんまり大きい声出すなよ」

 唐突に中年の男の声がした。気づかなかったが牢番がいたらしい。

 凍夜はここへ来る前のことを思い出した。大きな籠を背負った男に声をかけられたんだ。あの籠の中に入れられてここまで運ばれたのだろう。

 ということは口入屋のおこうが噛んでいるといて間違いないだろう。

「なあ、お前、口減らしのために売られることになったって言ってたよな、お前は親に連れられてきたのか」

「ううん、違う。口入屋のおばさんが来て、口減らしに女の子を奉公に出したらどうかっておっ母さんに言ったの。だから大きなおたなにご奉公に上がることになったの。だけど、家に帰ってももう居場所はないし、ずっとお店で面倒見て貰った方がおいしいおまんまも食べられるからって言って、そのまま永年季奉公にして貰うことにしたんだって。そうなったらおうちには帰れないの。お姉ちゃんは柏花楼はっかろうっていう大きなお店にお世話になることになったんだって。あたしもお姉ちゃんと同じところに行けるらしいの。良かった」

 ――柏花楼。もしかしてそれは……。

「遊郭だよ」

 部屋の隅から声がした。しのぶだった。

「姉妹揃って禿かむろだね」

 女の子はきょとんとした顔でしのぶを見た。牢番が「余計な入れ知恵するんじゃねえ」と声をかけてくる。

「三日後に競売せりがある。そこでお前たちは買われて行くんだ。お前たちはご主人様を選ぶこたあできねえ。買われた場所で必死に働いておまんま食わして貰うんだ」

「売れ残ることはあるのか」

 凍夜が問うと、牢番は前歯の欠けた口を大きく開けて笑った。

「うちは必ず完売させるんだ。だが凍夜、お前だけは売らねえ。お前はもう奉公先が決まってる。五日後に潮崎の船戸様のところへ行く。側仕えだそうだ、喜べ」

「じゃあおいらは競売にはかけられないのか?」

 凍夜はわざと『おいら』と言った。相手が自分を凍夜だと思っているなら、徹底的に凍夜でいた方がいいだろう。その代わり、しのぶも赤の他人だ。

「お前はここで留守番さ。コイツらは二貫文程度だが、お前は銀一貫でもまだ足りねえ」

 銀一貫! 凍夜一人で五十人分の値がつくというのか。そういえば母が一年で稼ぐ金を、凍夜が三日で稼ぐとおこうは言っていた。そういうことなのか。

「なぁ、さっきこの子が言ってたけどさ。口入屋が口減らしの必要な家を見つけて声をかけてくるって言ってたよな。あんたたちはどうやってそういう家を見つけてくるんだ? 何か裏技でもあるのか」

「なあに、簡単な事さ」

 牢番が得意気に煙管を咥えた。

「この辺りの年貢は船戸様が管理してる。その年貢の納入が滞っている人の一覧を船戸様のところから貰うんだよ。うちはそれを持って奉公に出る子を探し、斡旋料を貰う。船戸様はちゃんと年貢が取り立てられる。子供を奉公に出した家は、口が減るから満足におまんまが食える。いいことづくめだろ」

 ――それで泣くのは子供だけどな――と言いたいのをぐっと我慢して「そうだな」と心にもないことを凍夜は言った。

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