第39話 口入屋7

 競りの日はみんなが牢から出されたので、凍夜は一人ぼっちで夜を過ごすことになった。もちろん牢番はいるが牢番では話し相手にならない。どうやって潮崎に行くのかなど聞いてみたが、逃亡を図るつもりだと思われてしまい、何も教えて貰えなかった。

 結局しのぶとは全く話せなかった。しのぶの方が凍夜を避けていたのもある。恐らく仲間だと気づかれないようにしたのだろう。ということはしのぶは上手く脱出して、茂助たちに知らせたのかもしれない。希望的観測ではあるが凍夜はそう思いたかった。

 あくる日、男の子と女の子の兄妹がおこうに連れられて牢に入って来た。

「あんたたちの競りは三日後、凍夜は明日だからね」

 投げつけるように言うと、おこうはそのまま出て行った。

 男の子の方は凍夜と同い年くらい、女の子の方は二つくらい下のようだ。その女の子が声をかけてきた。

「凍夜っていうの?」

「ああ」

「あたし、おきよっていうの。明日いなくなっちゃうんだね。今日だけお友達」

「お前たち、兄妹なのか?」

「うん。こっちは兄上」

 兄の方は隙のない目を牢番に配りながら静かに名乗った。。

松太郎まつたろうだ」

 どうやらいいところのお坊ちゃんとお嬢さんらしい。それなら口減らしも要らないだろうに。この二人もかどわかされたのだろうか。

「二人はどうやってここへ来たんだ?」

 これには松太郎が答えた。

「柏原におたながあったんだけど、両親の評判が悪くて、柏原にいるのは肩身が狭かったんだ。それで楢岡までやって来て口入屋に奉公先を紹介して貰おうと思って」

「松太郎がお店を継ぐんじゃないのか」

「お店は少し前に付け火に遭ったんだ。両親はその時に死んで、お店はもう無いんだ。両親は奉公人に辛く当たっていたから、私たち兄妹を助けてくれるものはいなかったんだ。それでこうして二人で奉公先を探してたんだよ」

 付け火だって?

「おいらも柏原から来たんだ」

「じゃあ生薬屋きぐすりや松清堂しょうせいどうは知ってるか」

 知ってるも何も、佐平次がお店に火をつけた時、二人を助けたのは凍夜なのだ。

「ああ、松清堂なら何度か薬を買いに行ったことがあるよ」

「あたしたちの名前をお店につけたの。でももうみんな燃えちゃった。あたしも兄上と一緒のところにご奉公できるわけじゃないと思う」

 それはそうだろう、松太郎はまだ決まっていない、お清は柏華楼で決定だ。こんなことなら助けない方が良かったのだろうか。

 凍夜は牢番に聞こえないように二人に近寄った。

「逃げた方がいい」

 松太郎の方は察して、お清に「喋るな」と言ってから凍夜の方を向いた。

「どうして」

「女の子は女郎宿に売られる。あとで身受けしようなんて考えない方がいい。絶対に無理だ」

「なんで無理だってわかるんだ」

「松太郎は永年季奉公になる。実質的に身売りだ。買われた人間はそこから出ることができないから、身受けどころか自分がそこから出られない。そうなってからではお清を助け出すのは無理だ」

 お清は心配そうに二人を見上げているが、声を出してはいけないということが分かっているのか、じっと我慢している。

「どうしたらいい」

「逃げ出すしかない」

 松太郎は牢番をチラリと見た。牢番は詰将棋と格闘中のようで、こちらには興味が無さそうだ。

「どうやって」

「明日、おいらは潮崎に連れて行かれる。その時にこの牢の鍵が開くはずだ。逃げるならその時しかないだろう。お清と一緒に逃げるのが無理だったら一人でも逃げるんだ。二人で売られてしまうよりはいい。松太郎だけでも逃げられれば、あとでお清を助けに行けるかもしれない」

 凍夜は不安そうなお清にも声をかけた。

「いいか、お清。兄ちゃんと一緒に逃げられなくても、必ず松太郎はお前を助けに来る。だから、逃げられなかったとしても心配しなくていい。松太郎は必ず来る」

「うん」

「女の子は仲間がいっぱいいるからな。心配しなくていいぞ」

「うん」

 下見が必要だな……そう考えたのが分かったのか、松太郎がボソリと言った。

「今日は何度も厠に行った方が良さそうだな」

 凍夜は松太郎に視線を戻して目だけで同意した。

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