第15話 凍夜4
「初めてお恵と話した日、また口入屋に会ったんだ。その時おいらは気づいた。あいつはおいらを潮崎に送るために、お父とおっ母を殺したんだ。おいらはあいつを絶対に許さない。この手で仇を取るんだ」
「そうは
三郎太に被せるように悠も言った。
「そもそもその口入屋のおこうってのが殺しの下手人っていう証拠なんか無いじゃないのさ」
「なんとかして調べる」
「お前さんみたいな子供に何ができるってんだい」
「わからない。だけど調べてる間ににもできることはある」
三人は顔を見合わせた。
「殺し屋を探す」
それまで岩のように黙っていた栄吉が「おい」とドスの利いた声を出した。
「馬鹿言ってんじゃねえ。殺し屋に頼むのにどれだけ金がかかると思ってるんだ」
栄吉は怒っているわけではなく呆れているようだった。
「殺しを頼むんじゃねえ。修行させて貰うんだ。あくまでもおいらが仇を討つ。誰か殺し屋を知らないか?」
栄吉と目を見合わせた悠が軽く肩を竦め、三郎太は「やめとけ。そんなことに命を懸けるのは馬鹿馬鹿しい」と言った。
「でも……」
「でももヘチマもあるもんかい。おたんこなすびの唐変木とくらぁ」
栄吉はただでさえ漬け物石みたいな顔なのに、ますます梅干しでも漬けているような顔で「あっしは知らねえな」と視線を外す。その栄吉の顔を悠がもの言いたげに見つめていたが、「さて、あたしは帰ろうかねぇ」と腰を上げた。
凍夜は物足りなそうな顔をしていたが、三郎太が腰を上げたので仕方なく立ち上がった。
凍夜と三郎太が家に入ろうとしたとき、悠が「ちょいと凍夜」と呼び止めた。
「うちの水を汲んでおくれでないかい?」
「いいよ。他にもあれば手伝うよ」
「そうかい、悪いね。三郎太の兄さん、ちょいと凍夜を借りるよ」
三郎太は特に気にした様子もなく「おう」と言って先に家に帰った。
凍夜が水を汲んでくると、悠は「ちょいとそこへ座んな」と上がり框を顎で示した。
「一度しか言わないから良くお聞き。ここから柿ノ木川を川上の方へ向かうと山がある。その山を越えちまうと
「峠の団子屋?」
「そう。三郎太の兄さんは知らないし、栄吉さんは知っていても教えちゃくれないだろうよ。あたしはお前さんの心意気を買ったんだ。殺し屋の仲間に入ったらもうここへは戻れないよ。わかってるね?」
凍夜は間髪おかずに力強く頷いた。
「うん、わかってる」
悠は戸口から外の様子を窺うと、凍夜の方に目配せした。
「よし、それじゃ誰にも見つからないように行くんだ。三郎太の兄さんにはあたしから言っておくよ」
「ありがとう、悠さん。おいらここの人たちに良くして貰ったこと絶対忘れねえ」
凍夜はそれだけ言って長屋を飛び出した。
「行ったか」
悠の背後から野太い声がした。
「行きましたよ。さて、あたしは三郎太の兄さんに知らせて来ますかねぇ」
栄吉はそれには答えず、部屋に戻って行った。
「えっ? それじゃあ悠さん、凍夜のやつを殺し屋に紹介しちまったのかい?」
三郎太は興奮を抑えきれずに大きな声を出し、慌てて両手で口元を押さえていた。こんなことをお恵に聞かれるわけにはいかない。
「人聞きの悪いことを言わないどくれよ。あたしが紹介したのは、殺し屋の仲介人だよ。殺し屋ってのは面が割れるとまずいから、必ず依頼人との間に仲介屋を挟むんだ。凍夜が殺し屋に向いてるかどうかその人が判断して、向いてると思えば殺し屋に紹介するし、向いてないと思えば追い返されて来るさ」
「冗談はおいらの顔だけにしてくれよ。じゃ、こうしよう。悠さん、おいらがその仲介人のところに行くから、紹介してくれよ」
「馬鹿をお言いでないよ。三郎太の兄さんみたいな根っからの善人なんか紹介できるかい」
たしかに三郎太は『善』という概念が服を着て歩いているような存在である。概念のくせにせっせと働き、おまんま食って夜は寝る。そんな平和を絵に描いたような男を殺し屋に紹介することほど馬鹿げたことはない。
「もう凍夜は戻ってこないだろうよ。あの子は本気だ。多分殺し屋の親分のお眼鏡にかなうだろうね。三郎太の兄さんに礼を言ってたよ」
「くっそ。なんでそんなところに紹介しちまったんだよ、ちくしょう」
「認めておやりよ。あの子はここでのんびり暮らしていても、心は死んだままなんだ。あの子の思う通りにやらせてやった方が凍夜の為さ。それより……」
悠は思案顔になって呟いた。
「凍夜の家族がなぜ殺されたのか気になるねぇ」
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