第28話 柏原の異変4

 根城に戻ると、早速しのぶにどういうことなのか聞かれた。凍夜は大工の父と身重の母が相次いで不審な死を遂げたことを話した。その直前に立て続けに現れた楢岡の口入屋おこうのことや、自分がそのおこうからしつこく奉公の斡旋をされていたこともすべて話した。そして、一人ぼっちになった彼を、通りすがりの三郎太という人が拾ってくれて、同じ長屋の人達から世話して貰っていたことなどを打ち明けた。

「そのこと、お爺ちゃんに話したの?」

「全部は話してねえ。両親を殺されたから敵討ちをしたいってことだけ。口入屋の話はしていないけど、両親を殺した奴の目星はついてるって言ってある」

「それ、みんなに話しておいた方がいい。夕餉ゆうげの時にあたしから話すよ」

「だけどこれはおいらの問題だし」

「おいらじゃなくて『俺』でしょ!」

 先輩はなかなかに厳しい。しのぶが厳しいというよりは、凍夜が甘いのだが。

「あ、そうだった。俺だった。えっと俺の問題だから、みんなに迷惑かけるわけにはいかないし」

「あんたって何にもわかってないわね」

 しのぶは侮蔑とも哀れみともとれる視線を投げてきた。

「素人の癖に自分で処理しようとするのって迷惑なのよ。いい? あんたそれ、誰が依頼人で誰が仕事すんのよ」

 凍夜はそんなこと考えたことが無かった。だが、殺し屋が仇を打つのなら、必ず依頼人がいるはずだ。しかし、依頼人も自分だし、仕事を請け負うのも自分だ。

「えっと……」

「遅い。依頼人は『凍夜』で請負人は『鬼火』なの。鬼火が失敗したら凍夜の恨みはずっと晴らされない。殺し屋が仕事を請け負うってことはそういうことなの」

 凍夜は言葉を失った。自分が失敗して自分が死ぬだけではないのだ。殺し屋は依頼人のその後の人生をも握っているのだ。

「凍夜に教えておかなきゃならないことがある。殺し屋は仕事をしくじって返り討ちに遭っても、誰もそのむくろを回収することはない。野晒のざらしだよ。まんまと逃げおおせたとしても根城には戻れない。仲間の居所がバレてしまうから。だからその時は一人で生きていくしかない」

 頷くしかなかった。合理的な判断だ。

「だから仕事に出かける時は今生の別れを覚悟しなけりゃいけない」

 確かにそういうことになる。しくじったら最後二度と仲間には会えないし、うまく逃げ延びたとしても、町で会ったら他人の振りをしないといけないのだ。同じ釜の飯を食った仲間であってもだ。

「新参の殺し屋は、失敗しないように先輩がきちんと教えて、見守って、手助けしなきゃならない。あたしはおっ母さんから仕込んで貰った。佐平次さんと孫六さんはお爺ちゃんから仕込まれた。あんたに仕込むのはあたしの仕事。だからあたしは絶対にあんたが失敗しないように仕込まなきゃならない。だけど助けるのはみんなの仕事。助けるためには依頼人のことや依頼内容をちゃんと把握しておく必要がある」

 凍夜は自分が如何に仕事を甘く見ていたか身に染みてわかった。これでもまだ十分に理解できていないのだろう。

 凍夜にしてみれば自分が敵討ちをしたいから殺し屋に弟子入りしたに過ぎないが、殺し屋一味にしてみれば新しい仲間が増えたことになるのだ。自分のやりたい仕事ばかりなわけではない、依頼人というものが存在するのだ。それが漠然とわかった今、自分が甘ったれの領域を出ていない事実を恥じた。

 凍夜が俯いているのを見て、しのぶは「だからさ」と明るい調子で言った。

「あたしからみんなに話すよ。あんたは請負人の鬼火として黙って聞いてりゃいいさ」


 その晩、夕餉で全員集まっている時に、しのぶが凍夜のことを話した。あくまでも依頼人としての凍夜の話だ。そして請負人として鬼火が指名されていることも言い添えた。

 話し終えてしばらくそれぞれに何事か考えていたが、茂助が最初に口を開いた。

「もう請け負っちまったんだろう。それなら責任もってしっかり仕事をするこったな」

 頭が認めたということでしのぶはほっと胸を撫で下ろした。その様子を見て佐平次も「じゃ、明日から特訓だな」とからりとした口調で言った。

 お藤だけが悲し気な目をしていた。

「まあ仕方ないさね。あんた、凍夜の恨みを晴らしたら、金輪際恨みの感情なんか捨てちまいな。他人を恨んでいる奴の末路なんざロクなものじゃない。幸せになりたいなら恨みの感情は捨てるんだ。そのために凍夜の無念を晴らすんだね」

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